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日の落ちた夕方、ポッポタイムのガレージでブルーノとクロウと話していた。と言っても、なんともくだらない話でしかないのだが。
その日はいつものようにゾラに昼食を作り過ぎたからと昼食を分けて貰い、龍亞と龍可が遊びに来て、アキが決まった時間に顔を出すという普段通りの一日だった。今のこの談話もそうだ。明日からのいきなりの予定が嘘のようである。
そろそろ夕飯の話をするかなんて考えていた最中、ポケットに入れていた携帯電話が鳴った。味気ないコール音が鳴り、話の途中であった事もあり暫し間を空けてから携帯電話を取り出す。

「誰からだ?」

クロウが電話をかけてきた尋ねたのは、多分、俺の携帯電話へ連絡があるのが珍しいからだろう。言われ、携帯電話を開いて表示される名前を確認した。

「鬼柳だ」

「あ?珍しいな」

「…ああ」

言って、通話ボタンを押す。耳元に付けてその場を立ち上がった。奥の部屋へ歩を向けて「もしもし」と決まり文句を言って見せる。すると聞き慣れた鬼柳の声が聞こえた。

『あ、遊星?今平気か?』

はみかみながらの表情が浮かぶような、笑い混じりの声。携帯電話独特のガサガサと音の遮られた音質ではあるが、それはよく伝わった。鬼柳が相談事等ある時の雰囲気だ、と考えながらも一週間ぶりの電話にこちらも少し笑んでしまう。

「ああ、大丈夫だ」

『そうか…調子はどうだ?』

「上々だな…ああ、予選も通過したんだ」

『あ、え、マジか!?すげぇ流石だぜ、やったな!!』

なんとも嬉しそうな声だ。思わず綻ぶ頬をそのままに、ありがとう、と伝える。
…イリアステルの事は鬼柳には伝えなくていいだろう。こういう隠すような行為が兄貴肌である彼に無理な心配を掛けてしまうのはよく分かってはいたが、しかし今は町の復興に専念して欲しかった。世話焼きな鬼柳に伝えてしまえば、鬼柳も一連の事件に巻き込んでもしまうだろう。
現にジャックなんかはカーリーがこの一件に少しだけ顔を突っ込んでいる事が心配でならないようだ。ジャーナリストという職業柄とは言え、確かに彼女の無鉄砲さすら感じる関与の仕方は危なっかしい。ダークシグナーの時の事といい、とジャックは俺達によく言っていた、本人には言わないが。

『予選、かぁ…テレビ中継してたよな…多分。悪ィな見てなくて』

「ああいや、構わないさ。鬼柳も忙しいだろう?」

『ははは、まぁな。あー……やっとちょっとは町らしくなってきたかな』

困ったように笑い、鬼柳は『まあ頑張るよ』と言ってみせた。声色は少し疲れが見える。先週電話した時には毎日仕事が山積みでさ、と弱音も吐いていたのだが今回はないようだ。
…溜め込むと縺れるのが鬼柳の性格だから、な。多少は弱音も吐いて貰わなくては心配の一言である。

「それはそうと、鬼柳」

『ん?なんだよ』

「……何か相談があったんじゃないのか」

言うと、鬼柳は息を詰まらせた。吐息が途絶えるのを聞きながら、やはりそうなのかと俺は俯く。
ちらとクロウ達の方向を見遣ると、互いに話をしながらもこちらが気になっているようでたまに視線を向けていた。一瞥した後、足元に目線を移す。

『…実はさ…結構大事な話なんだよ、その、まあ、なんだ…』

「ああ」

『出来れば会って話した方がいいかも、なんて…つっても遊星も忙しいよな』

会って話し、は、俺もしたい。鬼柳がこんな風に相談を持ち掛けるのはとても珍しいからだ。
彼は溜め込んで溜め込んで躁鬱病のような鬱状態へと落ちるか、楽しい事で忘れてしまおうという、そんな人間である。
聞いて欲しい、と持ち掛けるのは珍しいし、それに嬉しい。鬼柳が自ら頼ってくれるというのは滅多にしない事だ。
なのに、だ。なんてタイミングが悪いのだろうか。

「……実は明日からジャックと二人でボマーの故郷へ行く事になっているんだ」

『…え?ボマー?』

「D・ホイールを運べる飛行機の席を取るのにも時間がかかってしまって…帰るにも早くて3日はかかってしまう」

よりにもよって何故明日からなのか。
ボマーから連絡が来たのは今朝だ。ボマーが言うには今のジャックに足りないものをと助言する、そういう事なのらしいが。
ボマーとはメールで友好関係も深いので、流れで俺が着いて行く事にはなっていた。

「いや、だがボマーの故郷へ俺の代わりにクロウが行くのでも」

『ああああ、いい、いいって、別に電話で話すんで済む話なんだ』

「いやしかし…」

『大丈夫だ…ただ、説明するよか見てもらった方がいいなぁと思っただけなんだよ』

見てもらう。なにをだろうか。
つい電話越しだというのに顔を顰てしまう。そんな雰囲気が伝わったのか、鬼柳は困ったように、あー、と声を上げた。

『…俺の家に一人、新しい同居人が来たんだよ…今日』

「同居人?子供を引き取ったのか?」

『いや違う…子供はあいつらだけで充分だ』

という事は、身寄りのない老人か。いや確か町に身寄りのない子供や老人を引き取る施設を作ったと聞いた。つまりどちらも違うのだろう。
という事は恋人、だろうか。いやまさか。ならこんなに困ったような声色ではない筈だ。なら、何故だろう。

『ルドガーだ』

「え?」

『ルドガーだよ、ルドガー。町に来たんだ…で、一緒に暮らす事になった』

「…いや、何を言っているんだ鬼柳…ルドガーは…」

『冥界に逝ったよな、分かってるよ』

ルドガー。ゴドウィンの兄だ。ダークシグナーの長であり父の友人であった男、そして歴史に悪戯に人生をいたぶられた、哀れな被害者だ。残酷な被害だった。
彼は弟と共に、ケリを付けるのだと冥界へ落ちた筈だ。ダークシグナー達を呪縛から解放した彼らは、シグナー達と関係者以外は知らない影の救世主、そうであった。消えたのだ、この地球上から。

『俺にもよく分からないけどな…確かにルドガーだ、アイツは』

「…そんな筈は」

『でも記憶がないんだ。俺達みたいに、ダークシグナーの時だけじゃなくって、全部』

「記憶が?」

『頭はいい。きっと、遊星の父さんと一緒に研究してた時の頭脳は健在だと思う』

でも思い出がない、と、鬼柳は辛そうに言った。
ルドガーが戻ってきた、とは、どういう事なのだろうか。何もかもがイレギュラーでしかない。彼は自らの弟と共に、あちらへ行ったのだ。そして復活したのだとしても、ダークシグナー時のみならずまさか全ての記憶がないだなんて。
もしかしたら、こうかもしれない、だなんてそれらしい理由すら見つからない。あるとしたらあちらの世界の事情なのだろう。

「……冥界で何かあったとしか考えられないな」

『そう、だな…』

「記憶が戻りそうな瞬間は?あったか?」

『いや…』

「そうか…」

ルドガーの記憶が戻ったら、理由の全てがきっと解明するのだろう。そう信じたい。
にしても、何故ルドガーは鬼柳の居る町へ着いたのだろうか。あそこに着くという事は、周囲の砂漠地帯に目が覚めた時は居たという事なのか。
それから、何故鬼柳はルドガーを同居人として迎えたのだろうか。鬼柳はルドガーと仲が良かったのか…ダークシグナーは互いに互いを利用しあっていたのだと思っていた。ルドガーの挙動からも、自分以外のダークシグナーへの愛情は見受けられなかった。
ダークシグナーらは全て自らの激情のみで動いていたように見えたのだが…案外、お互いにそれなりながらに交遊があったのかもしれない。

『あ。クロウって、遊星達に着いて行かないよな?』

「ん?ああ、そうだな」

『じゃあクロウにデリバリー頼んで平気か?』

いきなり話題が変わるな、と目を瞬かせてしまう。電話を代わるかと聞くと、頼んだと言われたのでクロウを手招きで呼んだ。
先程からこちらを伺っていたクロウは、ブルーノに一言いってからこちらへ駆け寄る。

「仕事を頼みたいらしい」

「あ?仕事?いきなりどうしたんだ、鬼柳の奴…」

「さあな」

「つかなんかルドガーがどうとか言ってなかったか?」

「……鬼柳に聞いてくれ」

意味がわからないとばかりに首を傾げつつ、クロウは俺の携帯電話を受け取る。そして「おっす」だとかクロウらしい挨拶をしてみせた。
俺はそれを見ながら、元々クロウの居た場所、ブルーノの隣の椅子へ腰を掛ける。

「遊星、クロウとも話してたんだけど、そろそろ夕飯の準備した方がいいんじゃないかな」

「ああ、そうだな…今の内に決めないと、ジャックがカップヌードルだと言って聞かないからな…」

ちらとクロウの方を見遣ると何やら吃驚している様子が伺えなた。ああ、ルドガーの事を話しているのか。
話の長さからするに、クロウにも相談しているのだろうか……鬼柳が悩みを誰にでも打ち明けられるようになって、本当によかった。

「と言っても…ジャックが勝手にカップヌードル箱買いしたりブルーアイズマウンテンを12杯飲んだりするしで食材買い損ねちゃったんだよね…」

「WRGPの経費から少しくらいなら回しても平気じゃないか?」

「僕もクロウにそう言ったんだけど…明日からの旅行、経費から出したんだって」

それくらいギリギリなんだよ、とブルーノは心底困ったように言った。そうして少しばかりわざとらしい溜息を吐いてみせる。俺はそれを、今ここに手の早いジャックが居たら頭を殴っているだろうな、と考えながら眺めた。

「それじゃあ仕方ない…ジャックが箱買いしておいてくれたカップヌードルを有り難く頂こう」

「そうだね、賛成」

とは言うがブルーノはカップヌードルにありつけて多少嬉しそうだ。かくゆう俺も、まあ下手な料理よりはカップヌードルが好きである。
ただWRGPに向けて、あまりに不健康な食生活だ。ゾラの料理が無ければあまりに食生活が傾いている。それに、ジャックやブルーノはともかく、俺やクロウは育ち盛りを過ぎようとしていて、正直多少は焦りを見せた方がいいだろう体格だ。栄養は付けたい。
しかし機械以外はどうにも苦手で、料理は出来なかった。たまの料理はクロウとブルーノに任せっきりである。

「おーいブルーノ」

「ん?なに?」

ふと、クロウがこちらに歩きながらブルーノに声を掛けた。電話が終わったのかと思いクロウを見遣るが、クロウは携帯電話の通話口を抑えながらブルーノの前に立つ。

「鬼柳がジャックの声も聞きてーらしいから、ジャックの部屋に持ってって遣ってくれないか?」

「あ、うん。わかった」

「悪いな」

ブルーノは言われ、素直に携帯電話を受け取った。これがジャックなんかからの頼みなら「自分で行けばいいのに…」なんて文句も垂れるだろうに、クロウの本当に申し訳ないという雰囲気には負けたのだろう。
ブルーノは受け取った携帯をクロウ同様に通話口を抑えながら持ち、2階へ上がって行った。

「……鬼柳はなんだって?」

「ん、いや、宅配の頼みだよ」

上がって行くブルーノを何気なく眺め、見えなくなったと同時にクロウは俺に向き直る。
真剣そうな表情なので、少しばかり椅子に座り直した。するとクロウも椅子に座る。クロウは一度だけ、溜息を吐いた。

「……ルドガー、生きてんだな」

「しかし…記憶がないらしいが」

「…でも、確かでもないだろ」

「…?クロウ?」

「なんかなぁ…」

クロウは何が言いたいのだろうか。がしがしと後ろ頭を乱暴に乱し、頭を振る。クロウが何かを複雑に考えた時にするそれだ。
クロウ、と一度名前を呼ぶと、クロウは「悪ィ」と呟く。だらん、と頭を垂れた。

「治安維持局で保管されてるルドガーの私物、持って来てくれって頼まれたから…明日行って来るわ」

「……ああ」

「牛尾に頼むんで平気だといいけどな………あ、で、ついでに鬼柳達の様子見て、遊星に連絡するからな」

はぐらかされた、だろうか。
先程の釈然としないクロウの様子はなんだったのだろうか。納得の行かない、というか、なんというか。
クロウは何に引っ掛かったのだろう。ルドガーが生きているという事だろうか。いやそこに文句はない筈だ。
クロウは警戒心の強い性格である。だから、そういう事なのだろうか。

「何持ってくかね」

「…白衣や、あったらデッキも持って行くといいだろう」

「そうだなー…あと、旧モーメントで見掛けたあの写真もあるといいんだけどな…」

もう普段通りのクロウだ。
先程のクロウの様子は、なんだったのだろうか。少し気になるが、あまり詮索するのも良くないだろう。クロウはクロウなりのペースがあり、そしてそれはいつも最善だ。あまり顔を突っ込んでは逆に最悪になり兼ねない。

「あ、そうそう。荷物数点と、このクロウ様の配達で沢山の代金を頂く事になったぜ」

「それは…助かるが、鬼柳は大丈夫か?」

「おう、余り余った金より時間が欲しいくらいだってよ」

役職上、給金は沢山という事だろうか。…というより時間が欲しいというのが気になった。あまり身を粉にして欲しくない、な。
鬼柳は熱中すると倒れるまで必死にやってしまうし、熟してしまうのだから。
そして周りの人間も、鬼柳の異常に倒れるまで気付かない。気付けない。
鬼柳には、抱擁する勢いで甘やかしてくれる人間が近くに必要だ。あのニコという少女が、もう少し大人になれば最適な人材に思える。

「クロウ…ついでに鬼柳を元気付けてやって来てくれ」

「ん?アイツそんな辛そうでもなかっただろ?」

「そう、だな…」

そう、辛くないんだ。本人は辛くない。辛くなく見せて、実際本人も辛くなくて、たまにふっとそれに気付く。そして、気分が落ちる。鬼柳の性格パターンはそれだ。
それから、辛くないしキツくない。なのに体が付いていけなくて、突然に体を壊す。それが鬼柳の体のパターンだ。
自分が気付けていないのが一番恐ろしい話だ。俺は付き合いが長いから分かるが、今の鬼柳の周りにそういう人間は少ないだろう。…俺が女か、もしくは鬼柳が女であったら相性は良かったのだろうが。生憎と同性であり、親友以上には歩み寄れないし寄りたくはなかった。

誰か鬼柳を支えてやれる余裕のある人間が居ればいいのだが。なんて、何回思っただろうか。
早い所、鬼柳がそんな人間に会えればいいのだが。




***



これもし更にクロ→京だったらドロドロですね。まあ違うんですが。

そして無理に原作に沿うという荒業。矛盾とか食い違いあったら申し訳ないです。









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