3








苦手だった夕方の色が、最近では少しばかり馴染んで来た。町長の仕事を終えて職場から外に出て見上げる空は、いつも雲が疎らに浮く夕焼けの空である。見上げて深呼吸出来る程度には落ち着いていた。
二ヶ月前の自分はこのオレンジ色の空を見上げては罪悪感や絶望や虚無感にずん、と、押し潰されそうになっていたのだから、随分と進歩したのだろう、と、思う。まあ、ざあざあ降りの雨はまだ苦手なのだけども。

「ああ、ラモン。作業終わったのか?」

「あ、はい。作業員に報告したら終了です」

何十人と人の集まる空地、多分、この町の男衆の殆どがこの空地に今居るんだろう。町の復興の為に即席で組ませたグループ構成ではあるが、存外作業はさくさく進んでいるようで、毎日ラモンから受け取る作業報告書を見ては肩を撫で下ろしていた。
だらだらと整列らしい整列を始める一同は、俺に気付くと小さく頭を下げる。その姿が元ラモングループも元マルコムグループも入り混じっていてなんだか安心した。しかし元マルコムグループの連中は何人か人数が足りないようである。
俺をよく思わない人間が居る事に、焦燥に胸が痛むが…焦ってはいけない。ゆっくりと和解していかなくては。

(…力で押し切って勝ち得た統一に平和なんてないから、な…)

慎重になり過ぎては進めないのも確かだが、しかし過去の自分のチーム統率は間違っていたと確かに言えた。しかも今は4人ばかりのチームではなく、俺はこの町全体を統率するのだから、慎重に、慎重に。…ああ、なんだか胸が詰まりそうだ。

「それじゃあ、明日は全日休みで…集合はまた明後日だ。じゃあ解散解散」

上げた片手でしっしっと周囲の人間へ示し、ラモンは解散を告げる。数十人の作業員達が疲れを表しながら開放感に満たされてこの空地から町へ歩いて行った。
二ヶ月前同様、この町は作業員達の休息の為に夕方から広場が騒がしくなる。あの頃よりずっとずっと健康的な理由で、なんとも嬉しい限りだ。
横を擦れ違う奴らが挨拶するのを、丁寧に返す。ご苦労様、と伝えれば清々しい笑顔を返された。今この町の要で居られる俺はきっと、今生一番で幸せかもしれない。

「おらルドガー、鬼柳さんについて行けよ」

どき、と、心臓が跳ねた。ルドガーという名前を聞くだけで心音が煩い、列の後方からのそりと姿を見せるルドガーに下唇を噛み締める。

「結構筋がいいみたいですよ、まあガタイいいから当然っちゃあ当然ですがね」

「そうか…よかった」

ラモンから話しながらに渡された今日の報告書を受け取り、頭に入らないのに癖でパラパラとめくって確認した。ああ心臓が煩い、今からルドガーを家に連れて帰るのだと思うと気が気でない。仕事中でさえ思考が浮ついてしまっていたというのに。

「明日は作業が休みなんで、まあ…ゆっくりと家に馴染ませるといいですよ」

「ああ、そうだな……ありがとう、ラモン」

最近のラモンは俺によく気遣ってくれる。正直それはとても嬉しいし、喜ばしい。だから笑顔でもって礼を言うのだが、今回は上手くいっただろうか…引き攣っていたかもしれない。
しかしまあ不安も杞憂か、ラモンはそのまま「じゃあ俺経理さんに用があるので」とひらひら手を振った後、他の作業員同様に町の方へ去って行った。
好んでこの空地に残る人間も居ない為、その場に俺とルドガーだけが残る。正面にルドガーを見遣り、暫し黙ってしまった。が、すぐに慣れた笑顔を向けて見る。引き攣っていなければ良いのだが。

「それじゃあ、今から俺の家に行くからな」

「ああ」

言って、俺達も町の中へ向かって歩き出す。俺の、というか、町長の家は町の外れにあった。ロットンの爆撃から逃れた一番大きな屋敷を見立てたからだ。
きちんと着いて来ているか、少しだけ振り返って確認する。なんだとばかりに目をこちらに向けるルドガーに、いや、と返してまた前を向いた。
ルドガーが後ろにいる、なんて、段々夢を見ているような気分になってくる。
ルドガーのずっしりとした安心出来る雰囲気が好きだった。あまり記憶にない父親と似ているかもなと考えた事もあった。守ってくれる人間だから好きなのかもなと考える時もあった。
でもそんな理屈通した感情なんかじゃなくって、俺はただルドガーが好きだったのだと思う。そう思えたのが、確かダークシグナーだった時に遊星と戦う為に巨人の塔の前で待っていた時だった。

ルドガーが何故生きているのかわからない。でも、このルドガーがもし死体が勝手に歩いているような存在でも、俺は構わない。なんとも自分勝手な考えだが“ルドガー”がそこに存在しているのなら、それだけでとても嬉しくてならないのだ。
記憶が無くても、俺を忘れていても、少なからず俺を愛してくれていたのだろう感情を忘れていたのだとしても。

(……あれ)

胸がきゅーっとした。いっちょ前に傷心してるのか、なんて、他人事に感じる。
俺はルドガーの親友で良かった筈だったのに、なんか決意が脆いというかなんというべきか。情けない。
記憶が戻ったルドガーに拒絶されたら、と考え傷心もした。だがそれならまだ諦めも付くかもしれないが、記憶が一生戻らなかったら。
何度も何度も抱かれた事がある事実すら消え失せてしまう。仮初とは言えども、体を合わせた瞬間に確かにそこに存在した愛情すら、なかった事になる。それはとても辛い。
一生でこんなに人を愛した事はなかったというのに。

「一人で暮らしているのか?」

「んあ、いや。子供が二人居る、ぜ?」

「子供…?」

唐突に話し掛けられ、なんとか言葉を続けた。振り返って見ればルドガーは話の先を促すよう、不機嫌にも見えてしまう表情で俺を見ている。
あの眉根が穏やかになる日なんて滅多に来ないんだよなぁ、なんて考えて「ああ」と返した。愛しくてつい声が弾む、不自然に取られてしまうかもとなんとかごまかす。それこそ不自然に聞こえたかめしれない。

「10歳の男の子と15歳の女の子だ。ワケあって一緒に暮らしてる」

「…お前の子供ではないのか」

「んなわけないって。俺まだ20歳だからな」

そうなのかとばかりにルドガーは頷く。何歳に見えていたのだろうかと考え、確かルドガーに一度「貴様は幼い餓鬼にしか見えんな」だとか言われた事があったなと思い出した。
そんなルドガーが、今の俺を見て子持ちかもだなんて考えるって事は…多少は大人っぽくなったって事、だろうか。
ルドガーに成長したなと褒めて貰えたらな、なんて考えて胸がぎゅうと痛んだ。

「……まあ、二人共いい子達だから、ある程度仲良くしてやってくれよ」

「…あ、ああ」

「ん?…子供は苦手か?」

「……いや、違うが…ただ」

「ただ?」

ぐう、とルドガーは俯き加減でやはり眉根を寄せている。何か不都合でもあるのだろうか。
少し不安がってルドガーの返答を待てば、ちょっとだけ落とされた声量で答えが返った。

「私は子供に嫌われ易かった気が、する」

「え?」

「いや、わからんが…そんな気がする…人相もよくないようだしな」

言われ、ルドガーの顔を覗き込む。まさか喪失した記憶に少し触れたのだろうか。
ものすごく一生懸命な顔でそう言うので俺も同じように真剣に考え、しかしすぐに、ぷっ、と吹き出してしまった。

「っ、はははは…ルドガーお前…ッ」

「なんだ…」

思わず笑い続けてしまう。あのルドガーがそんな、子供相手に自らの事を悩むだなんて、なんて微笑ましんだろうか。笑ってしまった俺を睨むルドガーをどうどうと両手で制して、暫く笑った後に口角を押さえて笑いをなんとか止めた。

「悪い悪い…いやまさかルドガーが、んな事言うなんて…」

やはり怪訝そうに顔をしかめるルドガーへ笑い掛けて、「大丈夫だよ」と一言言ってやる。
あの子達は、ニコとウェストは見掛けで人を判断するような子達ではない。死人みたいな俺に愛情をくれたように、どんな人間にでも自分なりに感情をぶつけられる子達だ。

「他の子供はどうかはまあ、わかんねぇけど…あの子達はルドガーを人相で推し量ったりなんかしない」

「……そうか」

「仲良くしてやってくれ」

ああ、と返事を返される。やけに穏やかなその返事にルドガーの顔を見上げれば、異様に微笑ましそうな顔でこちらを見られた。
なんだなんだ、と数回瞬きをしてしまう。そんな暖かい眼差しのルドガーだなんてとてつもなく居心地が悪くて、目線を前方に戻してしまった。
その反応で気付いたのかはわからないが、ルドガーは「愛してるんだな」と言う。それはニコ達に対しての事、なのだろうなと考え「まあな」と笑いながら返した。

(………平和なやり取りだな…)

記憶のあるルドガーとこうして過ごせていたら、なんて。頭がぐらつく、胸も痛い、涙が滲みそうだ。馬鹿な考えだと頭を振る。勢いよく上げた視線の先に自分の馬鹿でかい屋敷が目に入った。

「あれな、俺の家」

「……なるほど、確かにデカいな…」

二階建てで、遠目からでも左右に広がる壁は広い。庭や玄関への道を設けられたりはしていないのだが、しかしまだ復興途中の町並みからすればあれは大層大きな家だ。
先月、町の中に身寄りのない老人や子供を引き取る為の施設を作ったのだが、あの施設の半分くらいの大きさがある。あの施設が定員オーバーしたらこちらで引き取ろうかと考えているくらいであった。





「ルドガー、ニコとウェストだ。ニコ、ウェスト、こちらはルドガーさん、今日から一緒に暮らすんだ」

ニコとウェストの肩を抱きながら、ルドガーを指す。リビングはやはり無駄に広く、その真ん中で紹介を始めた。家事途中だったニコとその手伝いをしていたウェストは互いにエプロンを付けたままで、所在無さそうにそわそわとしながらもルドガーへペコリとお辞儀をする。
やはりルドガーへ警戒心や不安はないらしく、それどころかニコは自分のエプロン姿という格好でルドガーに挨拶するのが嫌なようでそわそわとしていた。

「鬼柳兄ちゃんの友達なの!?」

「ん、あ、ああ。そうだが…」

「そうなんだ!」

きらきらと目を輝かして、ウェストは目一杯背伸びしてルドガーの全身を見遣った。人見知りなんか丸きり知らないようにウェストはルドガーへ質問を繰り返す。
そこで、ああ、と一番説明しなくてはならない事があったのだと気付いた。ウェストにも言おうとしたのだが、ルドガーに色々と聞くのに夢中のようなのでニコに言う事にする、か。

「ニコ、実はな…」

「はい…?」

「ルドガーは記憶喪失でな…思い出だけ丸きり消えてるんだ」

「それって……」

聞き、ニコは目を丸くする。しかしすぐにきゅっと眉を潜めた。泣き出しそうな表情に思わず「ちょ、え!?」だとかマヌケな声が出る。こんなに間の抜けた声を上げたのは随分と久しぶりだ。

「すぐ戻るん…です、か?」

「あ、いや…わからない」

「……早く治るといいですね」

心配そうに、哀れむようにニコは言う。心底ルドガーが心配かのように眉を潜めて悲哀の表情をして見せるニコに、俺はすごいなぁと肩を落とした。ニコは本当に良い子だ、自分の家にいきなり来た男性へ不信感を抱く瞬間も見せずに、すぐに心配する対象にしてしまうなんて。
本当に良い子過ぎて、それこそニコが心配だ。こんなに良い子で大丈夫なんだろうか。あ、なんか親馬鹿っぽい、な。

「じゃあルドガー、部屋に案内するな?」

「あ…ああ、わかった」

ウェストの質問攻めに少し困っていたのだろう、助かったと言いたげな目線を寄越された。
それじゃあこっちだと階段のある方向へ歩を進め、ニコとウェストにひらひらと手を振る。同様に手を振り返してから家事を再開する二人の姿を見て、それからリビングを出た。
やっぱり、なんだかんだで子供が苦手なんだろうな。扱い方を心構えていない、というか。…ルドガーに子供という取り合わせは、酷く和む気がする。微笑ましかった。
上がる口角を抑えながら、2階への階段を上がる。ぎしぎしと軋む階段を上りきれば広い廊下が広がった。1階はリビングや客間や風呂があり、2階は部屋が沢山ある。ニコもウェストも俺も、2階に1つずつ部屋を持っていた。

「階段上がってすぐの部屋がウェストの部屋で、その右隣がニコだ」

「ああ」

「で、3つ飛ばして一番奥の部屋が俺の部屋な」

どの部屋も広さは同じである、が、俺は夜中にも持ち込んだ仕事を消費する事があったので一番奥の部屋を貰っていた。仕事の物音でニコ達を夜中に起こさないようにという配慮である。

「3つ空き部屋あるんだけど、好きな部屋使っていいぜ?」

「わかった」

言って、ルドガーはスタスタと歩を進める。真っ直ぐにウェストとニコの部屋の前を過ぎるのを俺は後ろに着いて行き、眺めた。どの部屋にするのだろうかと見ていれば、ルドガーは俺の部屋のすぐ隣の部屋の前に歩を止める。
え、と声が漏れた。多分今すごく吃驚した顔をしているだろう。なんで真横、なんか。

「此処で平気なの、か?」

「?ああ」

「……俺の部屋の隣?」

「あの子達も、部屋が離れていた方が気兼ねないだろう」

いやだからニコもウェストもそんな気にしないって、と、言おうとしたが止めた。まあ確かになんであってもルドガーはいきなり来た良い歳した男性だしな、なんてそれらしい理由を唱えて肩を撫で下ろす。

「……そんじゃあ、この部屋が今日からアンタの部屋だ」

「ああ」

「勝手に寛いでくれ、飯になったら呼ぶから…風呂とかはまた追い追い説明するな」

「わかった」

部屋の中に入っていくルドガーへひらりと手を振り、手を振り返される。ぱたんと部屋の中へ消えたのを確認した後に、はぁと小さく小さく溜息を吐いた。
同じ屋根の下生活が始まった、なんて、ああ胸が痛い。
がしがしと乱雑に頭を掻いて、そのまま再び一階へ向かった。

とんとんと階段を降りてリビングに入ればニコとウェストがやはり家事をしている。一生懸命背伸びして食器をしまうウェストを見遣り、歩み寄った。
落としてしまいそうになっていた大皿を手から奪い、定位置の上段へしまってやれば振り返ったウェストが「ありがとう!」と可愛らしい笑顔で言う。わしわしと頭を撫でてやった。

「ニコ、客間使うな」

「お客さん、ですか?」

「ああいや大事な電話するんだ…だから、あんま入らないようにしてくれ」

「はい。わかりました」

二つ返事。さらりと了解して見せてから、ニコはウェストへコップを渡す。ウェストは受け取ったそれを食器棚へしまうのだが、どうにも大皿をやりたがるようだ。受け取ってはふらついている。なんとも危なっかしい。

そのままリビングを出て、すぐ横の客間に入った。本当に、部屋数が多い。この町がまだ鉱山の主権争いが無く、町長が町をおさめる形であった頃にこの屋敷は町長が住んでいたらしい。鉱山の主権争いが行われてからは、町から離れた場所にマルコムとラモン、双方が新しく館を作ってしまったのだが。

やはり広い室内に入り、そこまで材質が良い訳ではないソファにに座る。はぁ、とまた溜息を吐いてから、最近買った携帯電話をポケットから取り出した。

(……ふどう…)

そんな何人も番号を登録していない携帯電話の登録事項から、不動遊星の文字を探す。そしてその不動遊星の電話番号へ電話を掛けた。
コール音が鳴る、耳元をくすぐるこれにはまだ慣れない。町長になるまで携帯なんて持ってなかったのだから、しょうがないだろう、多分。

(……何から説明するかな)

驚いたと話し込んで、結局最善を提案するだろう遊星を俺は頼りにしてしまう。でも他に頼れる人間はいなかった。いつでも俺を救ってくれるのは遊星で、遊星は、ヒーローだ。
申し訳ないと思いながら今回も電話してしまう。早く出てくれよ、と小さく願いながらコール音を聞いた。

なあ遊星ルドガーが生きてるよ、遊星、どうしようか。




***


…方向性がorz









小説置場へ
サイトトップへ


 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -