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青い空が頭上に広がる、長閑な朝。町の隅の空地で積み上げられた木材に座り込んで欠伸をして自分のだらし無く垂れた黒髪をわしわしとかいた。
ふと、町を歩きながら要所要所で鳥に餌を遣る少女と目が合い、ひらひらと手を振って遣れば控え目な笑顔で手を振り返してくれる。
あの少女は唯一の身内であった兄が随分と前に鉱山に送られ、まあ、死んだ。その為、一人で生きていた。今は鬼柳さんが提案して町の中に無理に作った身寄りのない子供や老人を預かる施設で暮らしている。
懐いた鳥が辺りを飛び回るその後ろ姿を見送って、今日の予定はなんだったけなぁと人員の名前の書かれた名簿に目を遣る。備え付けのペンを取り、こんこんと指差しで横並びに書かれた日にち毎の予定を確認して行き、今日は鉱山付近に管理用の建物を建てる作業と、鉱山内の不要な場所と不要なレールの撤去をする日だとわかった。
それと、一日に取れる鉱石の量を千単位で明らかにするのも確か今日中にやらなくてはいけなかった気がする。データを出したら、鬼柳さんの所の経理さんに出さなくては。
はあ、と握っていたペンの後ろで後頭部の辺りをかく。そろそろ作業開始の時間だ、と、大体集まって来ているメンバーを一瞥した。
今この町の復興作業には、20人程度で1つのグループを作り、それが計4つ、その団体で取り掛かっている。その4つのグループにはそれぞれ頭が居て、そいつがメンバーを統率していた。
そしてその4人の頭を、俺が統率している。ミスも手柄もなんもかもが俺にのしかかる、存外厳しい立ち位置だ。
鬼柳京介――あの人は、俺をセキュリティに渡さずに俺をこの役割につかせた。ロットンより危険分子でなく、反省しようもあると思われたのだろうか。
俺がこの仕事で大変なミスをやらかせば、あの人はきっと俺へ厳しい罰を与えるだろう。さしずめ、今の俺はあの人に試されてるという事だ。
まあ、以上のように言ってしまえば彼が冷酷な人間に聞こえてしまうが、簡単にいえば彼は「正直お前がどんな罪人かわからねぇ、だからこの仕事をやるから真剣にやってみろよ。ダメだったら、まあそれからだ」的な事を言いたいんだろうと思うのだ。
死神と称されたあの根暗な鬼柳京介とは違い、今の彼はとても前向きである。あの時の先生は、俺にとって大嫌いな人種であった、が、今は違う。正直一緒に居たいと思っていた。
明るい彼は魅力的である。弱い部分を知っているからこそ尚更、一緒に居たいと思える。守って上げたくなるんだ、と鬼柳さんに正面きって言ってしまえばきっと、笑い混じりに一蹴されるだろう。だけど自分には珍しく、人に愛情を抱いていた。

「ん?結構集まってんな」

ふと辺りを見回せば、メンバーの大体が集まっているのが分かった。時間を確認すると作業開始時間より数十分早いのだが、それだけ彼らにも仕事への責任感が培われたという事だろうか。
ほんの二ヶ月程前までは偉そうに酒を煽って、一人の未熟な青年を死神と称して売り物にして楽をしていた奴らが、こうも仕事に集中するとは。少し感心だ。まあ、それの親玉であったのに毎日40分以上早く集合場所に来てしまっている奴が何を言うかという話だが。

「まだ納得いってないマルコムグループの奴らは集まり悪いですけどね」

金髪の元部下がぽつりと冗談みたく言って見せる。確かに、辺りを見回せば痩せ型の奴らの方が多い。俺の作ったグループは鬼柳さんが来る以前は負けが続いていた為に、体付きの良い輩は大半が削り取られていた為に痩せ型の奴らばかりがグループ内に残っていた。そして今集合しているこの現場、来ていない奴らは全員元マルコムグループの奴らである。

「おいおい、“元”マルコムグループだ。間違えんなよ元ラモングループさんよ」

冗談っぽく屈強な体付きの男が言った。「あ、悪ィ」と吹っ掛けた俺の元部下も冗談っぽく笑う。
マルコムグループだった奴にもこうして冗談のきける奴、というか、新しい可能性にかけて前向きに生きている奴がいる。しかし中には俺達ラモングループへまだ憎しみを持っている奴らも居た。
二ヶ月以上鬼柳さんが勝ち続けて俺達が良い暮らしをしていた事実は消えない。そうでなくとも、何年といがみあっていたグループ同士だ。仕方ないと言えばそうなのだろう。
鉱山の仕事だけじゃなく、俺の役割にはこの関係を緩和させる仕事も含まれている気がする。元ラモングループも元マルコムグループも入り混じった4つの作業チームの作業を監視して、そして温和に進ませなきゃならない。ラモングループの統帥、ラモンである俺の言葉を素直に聞く元マルコムグループはほんの一握りだ。最近では胃薬が俺の常備薬で、なんというべきかか……本当、二ヶ月前の俺では想像出来ない状況である。

(それでも、あの人の為になると思えば頑張れんだから…なんつーかなぁ…)

本当に、二ヶ月前の自分では想像出来ない。愛想笑いも出来ない死人みたいな商売道具、だなんて印象を抱いていたあの人が、自分の中で今何より守りたい人になっている。
あんな、生きる事に希望を持てない人間の出来損ないみたいな奴は俺の一番嫌いな人種だった筈のに、そんなガタガタな負の感情を持ち合わせているくせに人一倍誰より明るく振る舞っている鬼柳さんに酷く惹かれた。彼は魅力的である。人として最上級だろう。
勿論、それが同性を好いてしまった言い訳になるだなんて、そんな甘い考えを俺自身抱えちゃいない。
なんとか誰にもバレないよう、自分の中で、尊敬出来る人レベル、くらいまでには鎮火しなくては。自分は最近そう必死になっていた。
しかしあの人に話し掛けて、話し掛けて貰えればそれだけでもう何も考えられなくなる。なんだか初恋を嫌でも思い出してしまった。頭痛い。純情乙女かっつーんだ馬鹿が。

「ラモン、ちょっといいか?」

ああもうほら、鬼柳さんの声が聞こえただけでこれだ。胸元がドキドキと煩い、全く馬鹿げている。出そうになった溜息を堪え、呼ばれた方向を見遣った。
そこにはやはり普段通り人当たり良さ気に少しばかり口角を上げた鬼柳さんが居る。よく見ると、その後ろには今朝早くからこの町に来た記憶喪失らしい男が居た。屈強な体付きであるにも関わらず、なんだか雰囲気が賢い奴って感じがする。気に入らない正直、気に入らない部類の人間だ。……まさかこの町に滞在するのだろうか。

「どうしました?」

「今大丈夫か?」

「作業開始までまだ20分以上ありますから、構いませんよ」

そうか、と鬼柳さんは笑んで見せる。鬼柳さんは会話の中で当たり前の装飾品として笑顔を見せるのだが、本当に二ヶ月前では想像出来ない話だ。

「コイツを作業のグループに混ぜて仕事をやらせてやって欲しいんだが、平気か?」

「コイツって……」

言って、鬼柳さんは自らの背後に居た男を指す。それは記憶喪失者でこの町に流れて来たあの男を指し仕種だ。

「…ソイツですかい?」

「ああ」

「この町に住むとか、そういう事で?」

「俺の家に住む事になった」

は。言われ、その男を見遣る。俺の視線に気付き、そうだが、と言わんばかりに頷かれた。
なんだってそんな、記憶喪失者だとか胡散臭い流れモンを?理解出来ないが、まあ、鬼柳さんが考えたなら仕方ない…か。いや、納得出来ない。
俺の苦悶に気付いたのか、鬼柳さんが「ああ」と笑って見せた。なんだなんだと鬼柳さんを見遣れば、鬼柳さんはやはり少し笑みを見せながら言う。

「コイツ、俺の知り合いなんだよ」

「え?」

「名前はルドガー。コイツはなんも覚えてねぇんだけど、実は身寄りがある奴じゃないんだわ。俺の家ならまだ部屋あるし、仲も良かったから、な」

知り合い、とな。たまたまこの町に流れ着いた、しかも記憶喪失者が、たまたま鬼柳さんの知り合い。なんつー確率だ。とことんこの人は常人離れしている気がする。…笑えないか。

「……いやまあ……はい、大丈夫ですよ」

「ん、あんがとな」

じゃあ仕事終わったら迎えに来るから、と言い残し、鬼柳さんは颯爽と去って行った。まあ、あの人には沢山の仕事があるから仕方ないだろう。今朝だって早目に職場へ行こうとした彼を無理に止めてこの記憶喪失者と面談させたのだから。

(……にしても)

コイツが鬼柳さんの知り合い、か。ジロジロと遠慮なく真っ正面から見遣れば、男も身じろぎせずそれを受ける。逆に訝し気に見られるくらいだ。本当、食えない奴だ。苦手な人種である。

「……んじゃ、アンタは…Bのグループに分類するからな」

「ああ」

名簿の一番下に名前を書き足す。ルドガー、だったか。ルドガー、とまで書き「名字は?」と尋ねる。ゴドウィン、と淡泊に返った返事に従い名字も書いた。
それから、名前の横にBとグループ分類を印す。人数はこれで奇数になったが、ロクに来やしない奴らが奇数である為、ちょうどいいだろう、なんて考えた。

「…鬼柳さんの所住むなら、毎日の作業は必須だ……あー、だから、とりあえず最初は段取りを教える」

「わかった」

「それから、作業についてなんだが…まーそれはアンタの入るグループの頭に教えて貰ってくれ」

アイツな、と元マルコムグループの中でも一番好感を持てる奴を指差し。こちらに気付いたのか、そいつは小さく一礼した。そんなんいいから、と示すように手を振れば恐縮するように肩を竦められる。元マルコムグループが皆アイツみたいな奴ならいいのにな。

「…そういえばアンタ、鬼柳さんの知り合いなんだよな?」

「ああ、そうだが」

「……どういう関係なんだ?」

鬼柳さんの友人らは三人見た事がある。最近WRGPで活躍している奴らで、なんでも昔サテライトを統一したチームらしい。あのサテライトを統一、とは、とりあえずすごさは伝わった。
それ以外、となると、なんだろうか。そういえば鬼柳さんとたまにだべったりするが、統一した後の話やこの町に来る前の話はあまり聞かない。…もしかしたら、その空いている期間を知っている人間なのだろうか。

「どうと言われても、私自身彼に話を聞いただけだからな…」

「…まぁ、そうだな」

「だが、同じ職場に勤めていたと言っていたな…私が上司だったと」

同じ職場に。言われ、考える。なんの仕事だろうか。だがまあとりあえず、空白の数年間はそれを当て嵌めて大丈夫そうだ。
こちらが色々と教えなきゃならない立場なのに、あまりズカズカと質問するのもよくないだろう。聞きたい事は山ほどあったが、どうせこの町に住み着く男なのだから急ぐ事もない。またいつかゆっくり聞くとする。

「じゃあ、まあ、今は俺が上司だ。よろしくな、ルドガー」

「…よろしく、…」

「ああ、ラモンだ」

「よろしく、ラモン」

さっき鬼柳さんが名前呼んでたろ、と顔が歪みそうになったが堪える。やはり食えない奴だ。
軽く握手をして、一礼。ずっしりとした厳かな雰囲気の高い高い身長であるルドガーを見上げ、肩を落とす。こいつが部下かよやりづれぇ。胃薬が増えそうだ。



***



ラモンフェイズでした。








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