そつなく万事
しんと静かなオフィスにガツガツと勢いよくペンを走らせる音がする。パソコンのキーを打ちながら片手に書類へ、走り書きにならないのかと心配になる程素早く文字を書く鬼柳さん。室内にはパソコンのどーどーと起動している事を証明する低い唸りと、キーを叩く音と、ペンの音なんかのつまらないサウンドのみしかしない。かくゆう俺だって馬鹿みたいにキーを打ち続けて無機質な音を生産してはいるが、しかしやはりロックやらポップスやらを流して良いのであればよし来たと大音量で流してしまいたいものである。
今現在自分は残業をしていた。今の時刻のオフィスは定時前の人員からくる騒がしさはなく、ただただ怖いくらいに静かだ。どちからと言えば騒がしいのが馴染む自分としては少し寂しい訳なのだが、ここで弱音を吐かない辺り俺も現金である。
なにを隠そう、今日の残業は鬼柳さんと俺で二人きりなのだ。広くとも狭くともないオフィスに今は二人っきりである。しかし一応、上司の鬼柳さんと部下である俺ではデスクの位置に距離がある為に上手くこう、二人っきり特権、というか。そういうのが体感出来ない。
彼と俺は恋人同士であり、休日にはデートもするし部屋にも呼ぶ。手は繋ぐしキスもするし、まあ他にも色々するような仲なのだ。
しかしやはり互いに社会人であるから、職場では控えて人として当たり前に社会人として振る舞おうと言われている。同性愛に優しい社会でもないのだし、露見せずになとよく釘は刺されていた。
そうだから、今回のこの二人っきりでの残業はその普段の常識を打ち破れるチャンスだったのである。いや別になにも職場で絶対にイチャイチャしたいだなんて言いたい訳ではない、決して違う断じて違う。ただこう普段と違う場所でなにか出来たらいいな、なんて好奇心が旺盛なだけだ。キスくらいはしたい。なんて考えているのだと鬼柳さんに知られたら叩かれるだらうか。
書類にある文字と数字をパソコンに入力するだけの作業の為思考に左右され易いのか知らないが、よくよく見返せば真面目な文章の中に、馨介、だなんと打ち込んでいた。うわぁ自分の馬鹿野郎がとその書類を纏めたデータにはあってはならない文字を消し、何事なかった顔をして作業を続ける。
まあとにかく、距離があるから上手く二人っきり特権が使えない。もう少し近ければ仕事中の鬼柳さんの顔を覗き見たりも出来るだろうに、今の俺の位置ではチラ見しただけでも顔を横に向かせなくてはならないので「なんだラモン」だなんて言われるのだろう。畜生。
(………そういえば、最近キスしてないな)
ふと思う。というのも鬼柳さんのキスする際の臆病に様子を伺うあの雰囲気を思い出して満足するしかないだろうと考え、最近のその姿を思い出そうとしたが上手くいかないからこそ思い至ったのだ。そう、最近キスしていない気がする。
忙しいからと言われ続けていたような気もする。部屋に呼んだってノートパソコン抱えてるし、デート先の喫茶店でも同じような様子だった。いやまあ忙しいのは仕方ない、不景気は誰のせいとも言えないのだから、今日の残業だって仕方ない。のだが流石に考えてしまえば欲求不満だ。キスがしたい。何もべろちゅーしたいだなんて言わないから、掠めるだけで良いから、とまで考えて小さく小さく溜息を吐いた。わかった自分、だからパソコンにキスだなんて打ち込まないでくれ。あーあーと寂しくその二文字を削除した。
もうそこからは一心不乱で仕事した気がする。自分には大変珍しい傾向であるのだが、もうどうでもいい。買って置いた缶コーヒーは余裕で空になり、捨てに行くかと残りの書類を確認した所で、ぉ、となんだか妙な声が出た。
(……終わってんじゃねぇか)
いつの間にそんなに進んだのだろうか。がくんと痛い程に軋む首をあげて時計をぼーっと眺める。2時間以上の集中を熟したのか、と自らに感心してしまった。
「ラモン」
「はい?」
「……終わったのか?」
「あ、はい」
「そうか…俺もだ」
疲れが滲む、けど嬉しそうな笑顔でもって言われて俺の頬も思わず緩む。久しぶりに聞いた鬼柳さんの声はやはり綺麗で聞き惚れるなと考え、それからすぐに思い出したように「お疲れ様でした」と言った。
しかし鬼柳さんは首を傾げて見せる。
「いや…まだ見直し、あるだろう?」
「え?」
「俺のやったやつと、ラモンの。疲れてたしミスあるかもしれないからな……ああ、ラモンは先に帰っていいぞ?」
データをフロッピーディスクに移して渡してくれ、と微笑んだ鬼柳さんに言われ、俺ははあと曖昧な返事をしてからとりあえずとフロッピーディスクにデータを移し始める。ああそういえば、前の上司はそういう最終確認だとかをしなかったから田舎に飛ばされたのだったか。最近俺自身が進んで残業をしていなかったから忘れてしまっていた。
フロッピーディスクに完璧にデータが移ったのを確認してから抜き取り、パソコンの電源ん落とす。どーどー言ってた起動中の雑音が勢いをなくして消えた。
「はいどうぞ」
「すまないな…それじゃあ、お疲れ様」
フロッピーディスクを受け取り、鬼柳さんは自らが書いた書類を丁寧に確認しながら俺へ小さく手を振る。ものすごく真剣な眼差しで書類の文字を眺めており、それはそうだが書類作成中よりは早いスピードで次のページへ進んだ。この調子じゃ時間がかかるだろう。別に鬼柳さんに任せる必要性はないのだから手伝ったって一向に構わない筈だ。
「鬼柳さん、よかったら俺手伝いますよ」
「ん?」
さぞ集中してたのか、鬼柳さんは書類を見ながら俺がなにを言ったか分かっていない様子でこちらへ目を遣る。しかしすぐに書類をデスクに置き、「なんだ?」と俺を見上げた。
その表情が仕事中にしてはあまりに穏やかで綺麗であったからなのか、俺は残業で二人っきりである事をその瞬間思い出す。
「馨介、さん」
「?どうしたんだいきな、」
衝動とはひどいものである。あどけなく心配そうに俺を見上げる鬼柳さんの後頭部と肩を抑え、俺は鬼柳さんの唇へ自らのそれを重ねた。柔らかくて冷たいそれを食むように貪れば、鬼柳さんは少し間を置いた後に自体を理解したようにゴスッと俺の頭へチョップを叩き落とした。
存外それはダメージが素晴らしく、俺は咄嗟に唇を離してしまう。瞬間、唇を掌で拭う鬼柳さんの姿が目に入った。酷いです鬼柳さん…。
「痛いですよ…」
「―――ッ馬鹿かお前は!!こ、ここは職場だ大馬鹿が!!」
「いやでも誰もいないしいいかなって思いまして」
わあ鬼柳さん顔真っ赤だ。腫れそうなくらい痛い頭を摩り、無理にべろちゅーしてたら頭叩かれた衝撃で舌噛んでたかなぁなんて考える。
唇を抑えながら、鬼柳さんは恥ずかしいのか怒ってるのか呆れてるのかわからない顔で声にならない憤慨を「〜〜っ…!」と足をジタバタさせながら表していた。まさかそんなに嫌がられるとは。
「……最近、鬼柳さん忙しい忙しいって、キスしてなかったじゃないですか」
「……、…」
「だからって訳じゃあないけど、こう、したいなって思ったんですよ」
「あ、う、」
「まさか俺の事嫌いになりましたか?だからキスしたくないとか、」
「っ、それは違う…!俺はお前の事は、好き、だ…」
こんなに愛らしい人間にこんなにも顔真っ赤にさせて好きだなんて言われるだなんて、幸せ者確定だろうか。思わず口角が上がる。恐る恐るとばかりに顔を上げる鬼柳さんのさらさらとした髪を撫でて遣った。安心したように、鬼柳さんも小さく微笑んで見せる。花も綻ぶような、とは、まさにこれだろう。
「じゃあ、キスしたいです、今」
「あ、う…わかった」
きゅ、と、服の裾を掴まれる。座ったままの鬼柳さんの膝に手を着き、屈む形で顔を覗き込んだ。水色をした長い睫毛がふるふると震えており、頬が上気している。片手でその頬を撫でると小さく体を震わせて見せた。
「舌入れていいですか?」
「う、ぁ……いい、から…」
とうとうぎゅうと瞼が閉じた。やはり瞼を閉じても長い睫毛は揺れている。
わかりました、と小さく小さく耳元で言うと鬼柳さんはびくっと体を震わせた。なんだかキス以上の事したくなってしまいそうだなぁと他人事のように考えて、鬼柳さんの体を背もたれへ押し付けるように唇を重ねる。途端に控え目ながら開かれた唇に舌を差し込み、更に体を背もたれへ押し付けた。
「ん、ぅ…ん、ん」
角度を変え、咥内で縮こまっている鬼柳さんの舌へ自らのものを絡ませる。ひく、と体が跳ねたのがひどく愛らしく、俺は煽られるように鬼柳さんの体を服の上から愛撫するように撫でた。
「ん、っぅ、んんっ…!ん、ん…ッ」
シャツの隙間から手を差し込み、冷たい肌へ手を這わす。そうして胸の突起へ弾くように指先での刺激を与えた。すると鬼柳さんはぐぐもりながらもとても愛らしい嬌声を上げる。
と同時、再びゴスッと頭にチョップを入れられた。先程より強い威力で、しかも舌を差し入れていた為に思いっきり噛んでしまった。
「痛っ、痛ッ!なにするんですか!!」
「っこっちの台詞だ、キスだけだと言ったのに…っ!」
かぁあっと更にどんどん赤くなる鬼柳さんの顔。うわぁ可愛いなぁと考えるも、鬼柳さんの顔は今度こそ怒っていた。
仕方ないだろう、鬼柳さんの愛らしい声を聞いていたらシたくなってしまったのだ。キスすら暫くしていないのだから、勿論夜のアレやらソレやらだって暫くしていない。浮気するつもりなんかないが、余所の女やらにクラっとも来なかった俺に少しご褒美をくれたっていいじゃないか。まあ場所が職場だったのは誤算だったが。
「だ、第一お前は…いつもそうやってすぐ…抱こうとして、くる、じゃないか…」
にしても今日の鬼柳さん取り乱していて可愛いなぁと説教地味た反論をする鬼柳さんを眺める。職場でちょっかい出すとこうなるのか、なんて反省せずに俺は多分ニマニマしていたと思う。
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現パロでラモ馨(ラモンが馨介さん大好き)in馨介さんらの職場 との事で、こんな仕上がりです!
ラモ→→←馨くらいにしたかったのですが、案外これはラモ→→←←馨ですかね(^ω^)
コンセプトとしてはとにかくラモンさんがキスしたい系です。意味不ですね←
それにしても尻切れ過ぎますね…申し訳ないです…!
苦情、受け付けておりますので…!
では、リクエストありがとうございました!!
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