不親切




雨が降っていた。ざあざあと降る雨は、さした傘に当たってぼつぼつと煩い音を立てる。高校から出て、駅へと向かっていた。
今日は母の知り合いが家を尋ねる日で、その知り合いに俺は会わなくてはならないらしい。
長男である俺は、将来父の事業を継がなくてはならず、最善の交流は今しておいて損はないのだと、昔から言い聞かされていた。
母に迎えを来させようかとも言われたが、電車で家に帰っても来客時には間に合うからと断った。

そして今俺は駅へ向かっている。いつもは遊星、クロウ、鬼柳らと一緒に駅へ行くのだが、二人は鬼柳の補習に付き合って学校へ残った。普段なら俺も残る所を、今日は早めに帰らなくてはと先に一人で帰る事にしたのだ。

こう降られては敵わん、と俺は傘を握り締める。駅までそうはかからないが、何分服が濡れてしまう。ああ迎えに来て貰えば良かった。と頭を垂れ、溜息を吐き出しながら顔を上げる。

ふと少し先の、左側にある公園へ目が行った。小さくてベンチが一つあり木が数本生えただけの、遊具もない空き地に近い公園。その隅に、見慣れた青年が居たのだ。

(……何をしてるんだ)

友人、鬼柳京介とよく似た容姿をしている青年、鬼柳狂介だ。
鬼柳の弟で、確か学年は一つ下の一年。同じ高校に通っている事と、鬼柳の家によく遊びに行く事から面識がある。あまり話した事はないが。

彼は制服を来て、通学の鞄も持っていた。俺同様に下校中だろう。だが傘を持っていなかった。制服や薄白銀の髪は濡れている。

首を傾げつつ、その公園へ入った。下を俯いたままの狂介は俺には気付かずに、その場へ座り込む。
どうしたのかと様子を伺い、俺は吃驚した。

餓死、だろうか。目を見開き、舌をだらし無く口から垂らした猫の死体。鳥にでも啄まれたのか、皮はめくれている。
酷い有様なその死体をしゃがんで見下ろし、狂介は酷いな、と悲壮の篭った声で呟いた。

雨の中、傘もささずにしゃがみ込み猫の死体を哀れむ。その光景はとても不可思議で雨の降る現実とは掛け離れて妙な相違を浮かべ、そしてどこか神秘的であった。

俺は声を掛けれずに佇む。なんと声を掛ければいいのか。

俺と狂介は仲が良くない。
寧ろ、俺は狂介が苦手だった。
鬼柳の様に分かりやすく突っ掛かりやすい性格でなければ、鬼柳の兄の馨介さんの様に接しやすく話しやすい相手でもない。
思考が読めないのだ。何をされたいのか、とか。俺は家柄、人の動向を常に読み気持ちを考えるよう教えられて来た。
しかし狂介にそれは通用しなかった。だから、話し難い相手だと、そうとだけ俺は思っている。

「……可哀相に、な」

狂介はぽつりと雨に掻き消されそうに小さくそう言い、有ろう事か鞄を濡れた地面に置き、その猫の死体を両手で持ち上げた。
思わず目を見開き、半歩下がってしまう。何をしているんだと咎める事も忘れ、俺は呆然とその様を見た。
狂介はそのまま猫を公園の隅へ運び、木の下へ置く。そして落ちて居た拳程度の石を拾い上げ、木の根より手前に穴を掘り始めた。


俺は始終それがとても神秘的に見えていた。昔初めて有名な絵画を見た時や、コンサートで壮大な音楽を鑑賞した時に感じた感覚。それらによく似ている。
狂介が木の下の地面に指先や制服、頬に土が付くのを躊躇わずに穴を掘り、猫の死体をその中へ埋める。
その様を俺は傍観して、何故だかバレないようにと気をつけながら狂介の鞄に歩み寄り、拾い上げた。雨のせいで水を吸ってずしりと重いが、中に何も入っていないのか、俺の鞄よりは軽いようである。


ぽんぽん。猫の死体を埋め終え、狂介は地面を慣らす。大分びしょ濡れになってしまった狂介は、しかし気にせずに立ち上がって振り返った。

「……あ」

「ご苦労だな」

振り返った狂介と目が合い、笑い掛けて遣る。狂介はとても気まずそうな苦い表情をして見せ、ず、と鼻を啜ってから俺を睨んだ。
……泣いて居たのだろうか。鼻頭は赤い。雨で涙の跡は分からないが。

「……鞄」

「ああ、持っていて遣った」

「……あんがと先輩」

ぶっきらぼうに言い、狂介は俺の手中にあった鞄を奪うように取った。そのまま公園から出て行こうとするので、俺はその後を追う。

とぼとぼと歩いていた狂介の肩を引き、持っている傘の下へ無理に引き寄せた。がくんと酷く無抵抗に体は引かれ、想像より華奢な印象を残す。吃驚したように俺を見上げて狂介は傘から出ようとした。

「入れ」

「っ…嫌だ…!」

「いいから入れ」

距離を置いたまま俺を睨み上げる。そして走り出そうとするものだから、俺は狂介の首辺りの服を掴んで捕まえた。同時に走り出すので首が絞まったのだろう、ぐ、と情けない声が上がる。

「離せよっ…!くっ、そっ…!」

ずるり。そのまま傘の下へと引きずり込んだ。
もう一度小さく、くそ、と呟くと狂介は溜息を吐いて大人しくなる。手を離して歩き出せば、狂介は俯きはすれど同じように歩き、傘から逃げようとはしなかった。

「……存外、優しいんだな」

「…あぁ?」

俯いたまま狂介はガラ悪い声色でそう返す。まるでいじけた子供のようなそれに苦笑して、水を吸った薄白銀の髪を見下ろした。

「あの猫の事だ」

「………猫じゃねェ」

「……?」

ぽつり。狂介は俯いていた顔を上げ、道の横脇にある電信柱から垂れる電線を見上げた。俺から視線を反らしたいのだろうか。
猫じゃなくて、と狂介はもう一度呟く。それが泣きそうな声なので、俺は極力優しい声色になるよう気をつけて、ああ、と返事をした。

寒さからか、小さく肩を震わせる狂介の返事をゆっくりと待つ。少しずつ歩幅を縮めた狂介は、最終的には立ち止まってしまった。それに合わせて俺も立ち止まると、少し間を空けてから狂介は小さく、えるっていうんだ、と言った。

「……エル…?」

「……ああ」

「…あの猫の名前か?」

こくん、狂介は頷く。
もしかしてもう泣いてしまっているのだろうか。普段はクソナマイキなガキという印象しかないのだが、今の弱々しい姿はまだ可愛げがあるように思える。

「飼い猫だったのか?」

「違ェよ…っ捨て猫だ…!」

勢いよく顔を上げ、狂介は俺を睨んだ。きんと耳をつんざくくらいに大きな声に俺は吃驚する。いやそれより、ボロボロと涙を流す顔に驚いた。

「ぁ……っ帰る…!」

「待て」

顔を覆い隠し、いきなり再び走り出そうとするので、また首周りの服を掴む。がくんと体が引かれ、先程同様に首が絞まったのだろう、なかなか苦しそうな小さい悲鳴を上げた。

「濡れるだろう」

「いっ…まさら、関係ねェよ…!!」

自らの首を絞めるというのに、狂介は何度も走り出そうとする。その度に小さく悲鳴を上げ、文句を叫んだ。それに呆れ、ほんの少しばかり思案してから、引っ張って体を引き寄せる。
ぼす、と俺の胸元に狂介の額が当たり、ひ、と小さい悲鳴を上げてから漸く大人しくなった。

「……泣きたかったら泣け」

「……ふざけんな…!泣く訳ねェだろ…!たかが、猫で…」

そう言いながらも胸元の服に縋り付く。掴んでいた首辺りの服から手を離した。
そして声も上げずに肩を震わせるので、濡れた髪を撫でて遣る。少しずつ嗚咽を上げる声が聞こえて来て、その弱々しい声に慈しむ事が当たり前なような感覚になった。ただ優しく頭を撫でて遣る。

始終ごめんな、と呟くので、俺は何回も頭を撫でて遣った。




***



この後狂介を家まで送り届けたジャックは帰りが遅れるとかそんなです。力尽きたので書きませんが←

猫の名前はギガントLから取りましたすいませんorz

あの猫はあれです、捨て猫で狂介に異様に懐いてて、餌をたまに上げてたら狂介以外から餌を貰っても食べなくなっちゃってて、狂介はそれに気付かないまま暫く学校サボったり寄り道してたから餓死したとかそんなです。そして狂介はそれに気付いた、みたいな。

狂介は茶目っ気のある道化ぶりっ子しながら、色々苦しんでれば可愛いと思います。
そして某素敵サイトの某M様の影響で最近ジャ狂が素晴らしい(^p^)







小説置場へ
サイトトップへ


 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -