BRAIN SUGAR






「うげ」

ぽつり。先生が俺の手元を眺めていると思ったら、可愛気の無い声を上げた。
俺はというと食後の珈琲にスティックシュガーを入れている所で、何が「うげ」なのかが分からず首を傾げる。
自分の恋人である筈のその人はしかめ面で俺の珈琲を見下ろし、それから侮蔑する目で俺を見た。

「甘過ぎじゃないかそれ」

「え、そうですかね」

「スティックシュガー5本とか…うげぇえ」

口元を抑え、先生は嘔吐する仕種を表現して見せた。甘過ぎ、だろうか。一応飲んでみるが、確かに甘くはあっても甘過ぎるという事はない、と、思う。

「ラモンは甘党だと思ってたが違ェ。全世界の甘党に謝らなくちゃあな…」

「?俺は甘党ですよ?」

「違う、それはただの味覚障害だ」

びし、とハッキリと言って見せて先生は珈琲を見てから再び顔をしかめた。そうは言われても幼い頃からこれくらいであった為に今更そんな数を減らすのも難有りだという話である。
そういえば先生は味は薄目が好きなような気がする、というか、濃いのに免疫がないというか…。

(…サテライトってのは味覚まで貧相にされんのかね)

ただまあ、確かに多少自分の甘党っぷりが周りに温度差を生じていた事はあったかもしれない。手下共に苦笑されたのも少ない経験ではないか。…。

もう一口飲んでみるが、やはり支障はない。色々と考えていたが、先生はまだ「第一お前の料理は味も濃い」だとか高齢者のような事を言っていた。




ふと目が覚めた。ああどうやら寝ていたようだと身を起こし、自分がソファに寝ていた事が分かった。ジャケットを着たまま寝てしまったのかと眉根を潜め、それから更に肘掛けに頭を置いていた為に首が痛い、肩も痛む。軽く体を解すようにストレッチ地味た行動をして、それから横のテーブルに置きっぱなしにしてしまったマグカップと新聞紙を手に取った。

(……ああ、でもまだこんな時間…か)

外が真っ暗であった為に一瞬焦ったが、しかしまだ時計の針は頂点を指してはいなかった。少し安心してから新聞紙を雑紙入れに放り込み、それから小さいキッチンへマグカップを運ぶ。

キッチンには先客がおり、それは先生だった。パジャマに近いくらいにラフな格好のまま、火にかけた小鍋をじっと見ながらマグカップを片手に欠伸をしている。

「先生」

「う、お、あ」

「……?」

普通に声を掛けたつもりであったが先生は思いの外、吃驚したように体を跳ねさせた。どうしたのだろうか、と伺いつつもマグカップを流しに置く。
よく見ると小鍋にはミルクが入っていた。…ホットミルクか、これが見られたくなくて動揺したのだろうか、別にそんな恥ずかしくもないだろうに。

「俺が作りましょうか?」

「あ、じゃあ…ああ、いやいい要らない」

「なんすかその顔」

パッと一旦は嬉しそうに明るくなった顔が、ふと嫌そうに歪んだ。「甘いから嫌だ」とまるでピーマンやタマネギなんかの野菜を「美味しくないから嫌だ」と拒否する子供のように言う先生は、俺を無視して止めてホットミルクを持っていたマグカップに注ぐ。

「お前のは…甘過ぎる」

「そうですか」

飲んだ事もないクセにと思いながら苦笑して、俺は先生が当たり前のように差し出した小鍋を受け取って流しに置いた。
ついでだから俺のマグカップと一緒に洗おうと水を出すと、先生は後ろから小さく礼を言う。
マグカップを洗い終えた辺りで、先生はぽつりと会話を始めた。

「第一…あんな甘いと体に悪いだろ…胸やけしないのか?」

「そんな事ないですよ、俺は別に」

言い掛け、手が止まる。今の先生の口ぶりは、飲んだ上でのコメントのようではないだろうか。…少し引っ掛かるが、そのまま洗い物を続ける。飲んでみたのだろうか、スティックシュガーを5本入れた珈琲を。少し気になり、俺の後ろで壁に寄り掛かりながらホットミルクを飲んでいる先生に、あの、と声を掛けた。

「なんだ」

「えっと…さっきの言い方からするに…俺の入れた珈琲、飲んでみたんですか?」

「……………あ」

一言間の抜けた声を上げた後、先生は随分大きな間を空けてから「そうそう!」と大袈裟に大きな声を上げて俺の肩を叩いてみせた。

「さっき、寝てるお前のやつが余ってたから飲んでみたんだよ、うん」

「ああ、成る程」

「ほら…あれだ、甘過ぎだから本当に砂糖減らせよ、寿命縮むぜ?それじゃ」

「あ、はい」

それじゃあ、と言って見せた先生を振り返ると先生はホットミルクを無理に一気飲みして俺にマグカップを渡した後、さっさとキッチンから出て行った。仕方なくそのマグカップを流しに置き、それから意味が分からず俺は首を二、三回傾げる。前々から思ってはいたが、愛しい恋人はやはり少し変な人だ。あんなそそくさ居なくなるとは、いやまあ仕事溜まってるし、仕方ないか。
一人頷いて、渡されたマグカップも洗い始めた。




昼にも「うげ」だとか言ってしまったが、やはりラモンは甘党過ぎると思う。調理用の砂糖はさっさと無くなるし来客用のスティックシュガーもガムシロップもさっさと消えてしまうのだから、迷惑というかなんというか。
あの大量の砂糖の事を考えただけでなんだか胸やけしそうだ。ブラックでコーヒーでも入れようと思いたち、どうせ今日も町の仕事で夜更かしだと思いながらキッチンへ向かう。
途中、リビングのソファで寝ているラモンを見掛けた。見上げた壁掛け時計の針は真左を指していて、部屋に帰って寝ろと注意しようかとも思ったが、これから自分は仕事をするのにと思うとそのまま首を痛めてしまえという意地悪な心が勝ってしまった。まあラモンは現場指揮が主なのでしょうがないと言えばそれまでなのだろうが。

キッチンに向かうから、ついでにテーブルに置いてあるラモンの甘過ぎるコーヒーが入っていたマグカップを持って行ってやろうと近寄る。マグカップを覗き込むとコーヒーは飲み干されていて、あの甘過ぎであろう液体を飲み干したのだと考えるとそれだけで吐き気がした。

(いずれは糖尿病で死ぬよな、このおっさん…)

呆れた顔でジャケットも着たままのラモンを見下ろす。子供舌(をも超越している味覚障害者だが)なのだからさぞ間抜け面で寝ているだろうと自分の恋人を見下ろして見ると、案外大人しく寝息を立てていた。

「……ぉ…」

あれなんかコイツ結構美形なんじゃないか、だとか、三枚目だとばかり思っていたけど実は二枚目なんだな、だとか。大人しく瞼を閉じた恋人のその姿は存外凛々しくて、思わず一歩引いてしまった。
普段はこう、言動がヘタレているというか。言動に乗じて顔までヘタレいるように見える、というか。…なんだかドキドキしてしまう。かもしれない。ラモンはたまに俺を綺麗だとか歯の浮くような称賛の言葉で讃えるが、ラモンも結構そうなのではないのだろうか。

(……カッコイイ、な…)

キョロキョロ。辺りを見回してしんと静まる周囲に人が居ない事を確認してから、ラモンを見下ろす。
そうして、ラモンの頭の置いてある肘掛けに手を着き、身を屈めた。鼻先が掠めるくらいにまで近寄り、静かに静かに寝息をたてるラモンの頬に手を添えようとして、止める。
触れるか触れないかくらいの手前の位置で留まらせ、そのままラモンの唇に自分の唇を押し付けた。
瞬間、ラモンは身を攀りはしたが目を覚まさない。そのままラモンの唇を割開き、恐る恐る普段ラモンがするように舌を差し入れて見た。もう起きたって構わないと思いやったが、ラモンが起きる気配は全くない。
心臓が物凄く煩く、ラモンの咥内は酷く甘い。胸やけしそうな程に甘ったるい砂糖の味しかしない。
もう色々限界だとそのままばっと勢いよく身を起こして俺は熱い頬を抑えてラモンのマグカップを忘れ、そのままキッチンへ走っていった。


ふと気付けばブラックコーヒー片手に自室に居た。仕事が山積みで、コーヒーは大分減っている。口の中にあの甘ったるい感覚は残っていないが、ただ感触と感情が鮮明に残っていた。
すごくドキドキした、死んでしまいそうなくらいに顔が熱くなっていた。恥ずかしい。畜生。
ふと時計を見上げると、まだ針は頂点を指してはいないが中々よい時間だった。仕事は全く終わっていないとブラックコーヒーを一気飲みし、溜息を吐き下す。

(……甘かったな)

酷く甘かった。吐きそうなくらいに甘かった。まだ咥内のあれは薄まった方なのだろうが、だがそれでもあれだけ甘いという事は………。

(…仕事出来ないな)

実は深く気付かない所でこんなにもあの恋人を愛していたのだと、なんだか再認識させられた気分だ。
するりと唇を撫で、それから少しだけ甘いホットミルクでも入れに行こうと俺は立ち上がった。



***



ラモンさんが辛党でも鬼柳さんが甘党でもなんでも好きだし自然だと思いますY子です(^^)

たまには甘々とか書いてみました。難しい。文字通り過ぎる気もしますね、自覚はあります←

実は日記にSSとして上げようとした話だったのですがなんだか長くなったのでこちらに…。私に要点を短く綺麗に纏められるだけの力はないです(^^(←









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