現パロ
春を売るバイトしてる狂介君と兄達



*



一仕事終えて、どうやら寝てしまったらしい。気怠い体を撫でながら、のそりと寝台から起き上がる。今日の相手は羽振りが良い為に、今居るのは結構広めなホテルの一室だ。代金は支払ってあり、どうやら相手さんはもう先に帰ようで、走り書きのメモと封筒に入った後金がサイドテーブルに置いてある。
2時間程度寝ていたのか、と壁掛け時計を見遣る。欠伸が自然と漏れ、そのままごろりと寝返りを打った。
枕に顎を埋め、首を座らせて俯せの体制。そのままひょいと手を伸ばし、サイドテーブルに置かれた文字の書かれた紙切れを手に取る。

(…字ィ綺麗だな…)

どっかのリーマンでもしてんのかなんなのか。次に機会があったらまた会いたい、と回りくどく書かれたそのメモを読み終え、くしゃくしゃと丸めて放った。くしゃり、と不快な音をたてて紙クズは床に落ちる。

今回の奴にはもう五回程会っていて、正直悪い奴ではないと思えていた。いや悪い奴ではない、というか、俺には悪くしないというか。えすえむぷれい、だとか、そういう事もしないし。代金はきちんと払うし、たまに上乗せもしてくれる。
こういう定客は多いに越した事はない。だけどただ、情を注がれると迷惑だ。

(そろそろ切り時かな…)

寝台から起き上がり、立ち上がる。床に立ってシーツが剥がれて、そこでやっとほぼ裸の状態である事に気付いた。しかしまあ誰か見ている訳でもないだろうと一人頷き、そのままソファに投げ捨ててあった自分の服を掴み上げ、シャワールームへ向かう。


帰路に着いて、駅前の店が目に入った。ドーナツ専門店だそうで、なんだか甘い香りがする。

(……腹…減ったかもな…)

さすさす。腹部を摩ると見計らったように、ぐう、と音が鳴った。
ホテルでルームサービスでも頼めばよかった、とそう思いながらも俺はふらりとその店へ入る。たまには甘い物を進んで食べるか、なんて珍しく考えた。

店内は混んでいる。どうやら、何かキャンペーンでもやっているようだ。そういえば店先にポスターが貼ってあってそんな事が書いてあった気がする。
なんだったか、と壁に貼ってあるポスターを見遣った。
“7個セット、持ち帰りでお得”だとか、綺麗なデザインなポスターである。でかでかと書かれたその文字を読み終え、俺は苦笑した。
一つしか食うつもりはないから、7個セットでお得と言われてもなんら関係のない話だ。その筈だ。

しかし何故だか俺は、7個のドーナツが自由に選べるのだという事をポスターで確認した後、どれにするかと考えていた。




「お帰り!」

「お帰り、狂介」

「……ただいま」

リビングの扉を開けた途端、にこやかに挨拶。変に微笑ましい兄達が、少し嫌いだった。でも、少し羨ましくて、それから少し、ほんの少しだけ愛しかった。
今日も社会人の馨介より遅れて帰った俺を、二人は責めない。何も言わない。
京介は俺が友人と遊んでいたのだと思っている。馨介は、なんだろうか…わかっているのかいないのか、よくわからない。とにかく二人は程よく俺の世界に顔を突っ込まない。ただ、構っては来るが。

「これ、土産」

片手に持っていた袋をどんとテーブルに置く。ついでに荷物も置いて、洗面所に向かった。
しかしリビングを出る前に京介が袋を開けたらしく、呼び止められる。嬉しそうな声だ、とうんざりして振り返った。うんざりとしている筈なのに、少し嬉しいのは何故なのだろうか。

「うわぁあ!甘い物食いたかったんだぁあ!ありがとうな狂介!!」

「…いや別に…俺が食いたかったから買ったんだよ。セットなら安いし…」

京介の表情は満面の笑み。本当に嬉しそうだ。思わず口角が少し上がり、それから胸も暖かくなる。
ふと馨介も見てみると、京介程とは言わないが深い笑顔で俺を見ていた。

「……なんだよ」

「いや…ありがとうな。すごく嬉しいよ」

「……おう」

なんだかいたたまれない。そのまま逃げるように洗面所へ向かった。
思えば、二人の為に何か買って来たのは初めてだ。あんなに喜んで貰えるんなら、たまに何かしら買って帰ってもいい気がする。

(……マトモな金なら、もっと気分もいいんかね…)

ふと、なんだか胸が重くなった。それもそうだろう、もっと京介みたいにコンビニのバイトやらを熟して手に入れた金だったら、もっともっと純粋に嬉しいんだろうに。
ドーナツ買ったって余りに余った今日のバイト代はまだ封筒に入っている。

(……でも今更やめらんねぇしな…)

ははは、と一人で苦笑して、一つだけ溜息を漏らした。



 

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