怯える白堊に鐘の音





※暴力表現有
微妙に性的描写有



冷たい床に横倒ってくすんだ天井を見上げる。吐き出す息は切れ切れとしていて我ながらに哀れだと思えた。天井の隅には蜘蛛の巣が張っているのになぜか肝心な蜘蛛は不在のようで、四隅に点在する大きな巣が主もなく揺れる様がどうしてだか自分の眼には酷く滑稽に写った。
窓もない独房の中、注す光と云ったら格子越しであちら側にある所謂“外”から注すそれのみ、それを眺めれば自ずと少しだけ好きだったサテライトの泥のような澱んだ色をした空を想ってしまう。けれど目の前に広がる汚らしい色をした天井を見ては気分は滅入り表情はほくそ笑むばかりであるが、どうやら表情筋すら悲鳴を上げているようでなかなかどうして口角は上がらず仕舞いだ。
大罪を犯したと言い渡された俺が此処から出る事の出来る条件等、ない。大金を積めばクソ野郎共の集まりであるセキュリティでは二言で釈放するなんて事はあるのだろうが、財産と呼べるものであった制覇した地区も沢山の金達も大切な友人らも無くした俺に渡せる物はなけなしの欠片だろうとなかったのだ。空虚な両腕にあるのは失望か絶望かあるいは両方か、寧ろどちらも疾うに消え失せたのか。はっきりもしないしはっきりとさせられもしない。本当はどちらもあって、いっそ更に何か持っているのかもしれないが、ただ、見えない。
……この場所から出れる方法を一つ上げるとすればそう、死ぬくらいだろうか。死体は近場の集合墓地(きちんと埋葬されてるかなんて、否定以外の言葉は浮かばないのだが)に運ばれるからだ。相手に魔法カードの効果で取られたモンスターをわざと破壊し、墓地に戻ったところを蘇生…とまあデュエルで例えればそうなるだろうが、人間ではそうはいかない。死人は生き返えらないというのは、何も知らないシティのガキじゃないのだから勿論重々承知していた。しかし生き返えると云う事は一先ず思考から外し、死ぬというのは随分魅力的に思える。今のこの状況から逃げる事が出来るからだ。
死んだ先が真暗で何も無くて、生を失うのだとしても、今が無くなるのであれば構わなく思えた。死んでしまえば、死んでしまったらもう自分は無くなる。しかし自分なんて、もう自分にはとっくにないのだ。破片も残ってはいない。リーダーであった自分、周りに沢山の人間が居た自分、隔たり無く何人も愛せた自分、その時々を目一杯大切に出来た自分。その自分はもう何処にもいない。あの自分は消えた、死んだ、いない。だったら死んだって同じ事なのではないだろうか?ああもう良く分からない。
強く瞼を閉じればいい加減腐り落ちそうだと前々から思ってばかりいた胃が空腹を訴えた。音はしない、ただ、すとんと空気の落ちる音がする。
もう昼だろうか。ぼんやりと考え、随分と肉の落ちた腹部に触れたが、どうにも骨の感覚が指先に伝わるばかりであった為に指先は床へと移した。そうして数分ばかり瞼を閉じていると、昼だと云う事を伝える放送が施設内に響いたのが僅かに聞こえた。
ああもう昼なのか、とても残念だ。今日もまたくだらない時間が始まるのだと息を細々と吐き下せば、期待を裏切らない下卑た口調の高飛車な声と共に、きぃと錆びた格子が鳴る。数人の足音は無駄に手入れをしたのだろう質の良い靴のそれで、世間話をしながら歩み寄る男達の声はシティ独特な悠長で呑気で、ただただカンに障る声色だ。
仕方なしに瞼を開くと、薄暗い室内に数名の男が居るのが分かる。どうにも普段より人数が多く、少しげんなりとしてしまったが本人らは気にしないように、一人がまるでダッチワイフを相手にしているかのように俺の腕を遠慮なく力強く握って引っ張り、そのまま寝台へ放った。寝台に隣接したコンクリートの壁に額をぶつけ、一度跳ねた頭はそのまま壁に寄り掛かりながら体同様に沈む。額の痛みは勿論、脳も頭蓋もガンガンと痛みが走った。頭の中が熱い。血流が騒ぐので、まさか鼻血でも出たのだろうかと思う。が、しかし思うには思うがこの時間の自分はスイッチを切ったように自暴自棄になってしまっている為、まあいいか、そんな一言と共に脱力しきって寝台に体を委ねた。
俯せになったのが大層気に食わなかったのか、一人の男が俺の髪を鷲掴みにして体制を仰向けに変える。ぶちぶちと頭髪が抜ける音がして、皮膚の裂ける痛みがした。先程の痛みと合間って流石に喉からだが小さく悲鳴が漏れる。そうすれば男達は楽しそうに笑った、加虐性愛者共は俺が大好きのようで、数えればもう両手足りずになる程に手酷く抱かれた。
彼らからすれば俺は人ではなく、性欲を発散させる為の道具であってそれ以上でも以下でもない、それは初めて抱かれた時によくわかっている。人権を踏みにじるのがセキュリティの得意技で趣味であるのはよく知っていたが、此処までとは思わなかった。

「んだよ肋骨が大分見えてんなぁ」

「痣も多くないか?こりゃ萎えるだろ」

強姦してる気分だ、なんて男は笑って他の奴らも笑った。これは強姦ではなく和姦であったのか、と俺も嘲笑でもって彼らの笑い声に加わりたかったが上手くはいかない。
痣を付けた張本人はその痣を一撫でして、それから爪を立ててぎりりと音を上げながら俺の痣の上から俺の皮膚を押し潰した。鬱血したその箇所にその行為はあまりに酷で、酷い激痛に歯を食いしばりながら俺は悲鳴は上げまいと息を殺した。
それが楽しかったのか、気に入らなかったのか、別な男が寝台に身を乗り出して見せる。何をする気だろうか、と俺は薄く開いた瞼の隙間から男を見上げた。男は俺と視線がかちあった瞬間に気色の悪い笑顔でもって俺の気分を害した後に、勢いよく上げた右足で腹部へ蹴りを入れる。肉の音と骨の音、混じり合ってとても気持ちの悪い音だった。それが体中に響いて、痛くて、腹部からせり上がる気持ち悪さに口元を抑えて寝台上でうずくまった。ぐ、とぐぐもる声色はとんでもなく気色悪くて可哀相で、我ながら笑い飛ばせる程に哀れに思える。

「鬼柳君?生きてる?」

「死んじまったら明日から新しい奴見付けなくちゃいけねーなぁ」

ああ何か言っている。代わりは幾らでも居るとか、そういうのは何回も聞いた。鬼柳君きみの代わりは何人も居るからきみが壊れたって私達はいっこうに構わないんだ死にたくないならお利口にするのが一番なんだよわかるかな、もう反抗はしないね。ああ脅されたのはマーカーを付けられてすぐの日、生まれて初めて男と性交を行った日だったか。頭を殴り煙草を押し付け、余った珈琲を頭にぶっかけた上で足を折る勢いで蹴り飛ばしたクセに、何が「わかるかな」だ、セキュリティはクソ野郎ばかりだ、本当に。

行為が進むと俺が大人しくさえしていれば暴力が減った。挿れられてしまえば安全度は特に高い。
俯せの状態で揺れる寝台の音を遠く聞きながら、俺はただシーツを握りしめて瞼を閉じた。行為に慣れた後孔は痛みはするが裂けるまでには至らずに男の精器を受け入れていて、口元に運ばれた精器を器用に奉仕するのも当初に比べれば大分上手くなったものだろう。情けない話だ。
ふと、頭を抑えられ、奉仕していた男がまるで後孔を貫くように咥内へ律動を繰り返した。喉奥を突かれる感覚は吐き気を催し、行為が始まってから一番の抵抗だろうと思える程に俺は涙を零しながらシーツを何度も何度も握り直す。裂けそうな程にシーツを握り、じりと綿の音がしたと同時に男は低い呻き声を上げて俺の咥内へ精液をぶちまけた。喉奥に直接注がれる精液は不快以外の何ものでもなく、精器が咥内から抜かれると同時に俺は激しく噎せ込んだ。その間も律動は続き、あまりの目まぐるしさに吐き気に見舞われた俺は病原体に蝕まれたように体をガタガタと震わせる。頬をシーツに擦り寄せ、馬鹿みたいに悲鳴を上げた。
そうして焦点の合わない視線で見遣った室内の隅に不可思議な物が伺えたのだ、涙が滲んでぐらつく視界では断言出来ないが確かに見える。あれは蜘蛛だ。大きな蜘蛛だ。
天井の四隅にある、主不在の巣の主だろうかとも考えたこの位置から見えるあの位置にいる蜘蛛の大きさは遠近法を用いてもあまりに大きく、四隅の巣には不釣り合いなサイズである。その蜘蛛は不気味に大きく、ただただこちらを見据えて居た。真っ黒な蜘蛛がただただこちらを。ガタガタと震えていた体はピタリと止まり、指先が自然とそちらに赴く。黒い蜘蛛は置物のように体を動かさずただこちらを見ていて、俺と視線が合っても尚以前としてそこに居た。俺はただ必死に片手をその蜘蛛へ伸ばした、必死に必死に何回も何回も求めるように伸ばす。

「ふ…、ぅあ…たす、け…」

ぼろり。温い液体が眼から溢れて頬を伝ってシーツに落ちた。譫言のように何回も助けを呼び、そして男達は普段静かに行為に堪える俺と違う様子に興味を持ったのか、加虐心を煽られたのか、気にせず行為を進める。
何故俺は虫なんかに助けを求めたのだろうか、なんて分からずじまいだろう思考がぐるぐる回りながらも俺はまだ懲りずに蜘蛛に向かって助けを乞うばかりだ。あの蜘蛛なら助けてくれる気がしただとか、そういう事ではない。ただ傍観するあの蜘蛛に何故かどうにも助けを乞いたくなったのだ、深い理由はない。あの蜘蛛が奈落へと一本の糸を垂らしてくれる神だと信じた訳でもないが、ただ、手を伸ばさなくてはならない気がしたのだ。





冥府よりの使者だと名乗る声が俺へ死を要求したのはその日の晩の事だった。



***



なんか夜中にいきなり鬼柳さんボッコボコにしたくなって書いたら全くそんな感じにならんかった。何故なの。

蜘蛛はあれルドガーさんです。様子見てましたっていうね。









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