merde!




※少しだけ注意




俺は鬼柳が好きだ。堪らなく好きだった。過去こんなに人を好きになった事はないと俺は思う。気が付けば鬼柳を目で追っていて、鬼柳もたまにこちらに目線を遣って、目が合うと微笑んでくれた。それがとても嬉しかった。

サテライトは汚い場所で、悲しいくらいに汚い場所で、目を反らす場所もないくらいに汚い場所だった。そんな中で汚れずに居る鬼柳は、俺にはまさしく救世主のような存在であった。
笑顔がよく似合い、包容力があり、夢がある。鬼柳は昔拾った雑誌で見た漫画のヒーローそのままで、俺は酷く憧れていた。
しかし日を重ねる毎に、憧れの感情だけでは足りない気がしてしまったのだ。気付けば鬼柳を思って胸が痛むくらいになっていて、いい加減自分自身の気持ちに向き合ってなんとかしなくてはと感情を抑える事に必死になった(溺れないようにと水中でもがいた、という比喩がよく合う)。



ある日の事だ。自分の住家の寝台で横になりながら拾った雑誌を読んでいた時の事。
無理に直したランプはちかりちかりと明かりが不定期だが、夜闇の中には十分な光源だった。そうして文字を追っていた時に、扉変わりの布が控えめにぱさりとめくられた。
最初はもう寝かしつけた子供達の誰かかと思ったが、月明かりを受けたそいつは長身で、それから俺の名前を呼ぶ声は声変わりを果たして尚綺麗で透き通ったそれである。

「鬼柳、どーしたよこんな時間に…?」

この、俺の憧れの人間――鬼柳が此処に来たのは初めてだった。作業の都合上、遊星やジャックの住家に出入りしているという話は聞いていたが、俺の場所に来る理由もない。
どういった用件なのか、内心喜びや焦りを感じながら俺は雑誌を床に落としてベッドに胡座をかいて座る。
鬼柳はぐるりと室内を見回し、部屋の中心まで行くとちかりちかりとするランプの光を受けながら、整った歯並びを見せる普段の元気な笑顔をしてみせた。

「悪ィな、夜遅くに」

「いやガキ共も寝かした後だし、大丈夫だけど……どうした?」

「結構片付いてるのなー、偉い偉い」

「鬼柳」

「…んだよ、用件がなきゃ来ちゃダメってか?」

肩を竦めておどける調子。真意の読めないそれに俺は少しだけ黙って、あー、と喉から声を上げて立ち上がる。始終俺の動きを眺めていた鬼柳は、立ち上がった俺に手招きをして見せた。
まるで子供が近くに居た友達を遊びに誘うような無邪気さで、長身で艶のある鬼柳に似合わないその仕種に俺は首を傾げる。
しかし他ならぬ鬼柳からの「近くに寄れ」という命令を拒む事はまあまず出来ず、俺は渋ったようにすっきりとしない返答をした後に数歩ばかり寄った。

「なんだ?」

「…クロウ」

先程から質問してばかりのような気がする。思いながら、高い位置にある鬼柳の顔を見上げた。ランプがちかりちかりと時折鬼柳の顔を照らし、血色の悪いその顔が何回にも展開されていく。その都度変わらぬ、うっすらと笑みを浮かべた表情であったが、再び俺の名前が呼ばれた後の鬼柳の顔は違った。

いや、言い方を間違えた。鬼柳の顔は見れなかった。

見えたのは一面の黒。目の前は黒だが、だが代わりに鬼柳の息遣いがこの上なく近くで行われる。肩に両手を置かれ、ほんのり潮の匂いが染みたシャンプーの香りがする髪が、鼻先を擽った(鬼柳の家は、確か海から近くはなかった筈だ、)。

鬼柳がかなり接近している。そう理解した時には、俺の小さな体は簡単にベッドに倒されていた。頭が着いて行けていないのに、ベッドに押し付けられた痛みから声は上がる。「ぐえ」だとか、なんて情けない悲鳴だろうか、他人事みたいに俺は声を上げた。
その開いた唇を撫でられ、ちかりちかりとスライドショーのそれのように光を受ける鬼柳を、俺は他人事のように見上げる。
鬼柳はベッドに寝た俺の腰に跨がっていた。

「好きだ、クロウ」

だから、

そう呟く唇はルージュを塗ってもいないだろうに、淫猥に光を帯びていた。俺は衝動でその唇を貪り、それからは、暗転。

今度は唇も何も全部まとめて、鬼柳を好きに貪った。




ざぁとシャワーの水が跳ねる。床から跳ねた水は古い浴槽に辺り、パタパタと音を立てた。
古く、あまり広くない浴槽からただ頭に冷水を受けているだけの鬼柳を見上げる。暖かい湯舟に、時折鬼柳の体から水が跳ねて、冷たい水が入った。湯気が立つ程熱いのに、顔に当たる水は冷たい。

細く白い体が、冷水を受けて青白くなる。俺はただそれを見上げた。なんだか、魅入ってしまう。白い体の首から背中には、俺の付けた赤い痕が幾つも散らばっていた。見ていて気分がいいし、正直ドキドキしてしまう。
しかし先程散々に性を放った為か、心とは裏腹に体は静かだ(酷く不思議な感覚である)。
水を吸ってくたりと下がる髪から、黄色い双眼が垣間見える。光が入らずに薄められたその眼を横から眺めると、黄色の眼はこちらを見た。眼が合うと、鬼柳は一拍追いてから口元を笑みに変える。

「シャワーが水だと、冷たいな」

「……そうだろーよ」

「うん」

きゅっきゅっ。シャワーの水力が弱まり、最終的に止まる。シャワーヘッドからはパタパタと水が垂れていて、鬼柳は暫くそれを見た後はくるりとこちらに向き直った。
そして俺に笑い掛けて、「よいしょ」という掛け声と共に湯舟へ入って来る。
浴槽からばしゃあとお湯が溢れた。水を含んで普段より色の濃い髪をかき上げ、前髪を耳に掛けて鬼柳は浴槽の縁へ顎を乗せる。

「クロウの家はいいな、浴槽でけーしシャワーもある」

「まあ…子供達が汚れて帰ってくるからな。頑張って作った」

「ははは、やっぱり母ちゃんだな、クロウは」

「うっせ」

くすくすと鬼柳の声が風呂場に響く。そして笑いながら、鬼柳は俺に背を向けた。それを不思議に思って見ていると、その背中はどかりと俺の胸の中へ凭れ掛かる。俺はというとそれを押し退けられる筈もなく、寧ろ受け止めた。

「……鬼柳?」

「京介、な」

「あ、お、おう…」

ヒンヤリと冷たい体は、俺の広くもない胸元に満足したらしく、くたっと力を無くして寄り掛かって来た。
冷たいのはシャワーのせいだろうか。ぼんやりと考え、気遣って水面から突出した肩にお湯をパシャパシャと掛けて遣る。すると鬼柳は擽ったそうに笑った(物理的な意味でも心理的な意味でもだ)。

「…やっぱ、誰かと風呂入んのいいなぁ…」

「誰かっつーと……普段は、彼女とかか」

「ははは、さぁな」

鬼柳は俺を好きだと言った。だが鬼柳が女を取っ替え引っ替えしてるのはよく知っていたので、あまり実感は湧かない。信じるつもりしかないが。
俺を好きだと行為中に何回も言われた事を思い出し、少し恥ずかしくなって来た。俯くが、鬼柳はキャッキャッと笑って俺の頭を後ろ頭で撫でる。

「なんか、髪下りてるクロウは新鮮だなっ」

「……そうか?」

「おう。カッコイイよ、エロい」

「……えろ…?」

「男の色気だよ、さっすがクロウ」

笑い混じりのそれは、茶化しているのだろうか。困って頬を掻くと、それと同時に鬼柳はぐるりとこちらを振り返った。
間近にある鬼柳の顔にドキマギとして息すら止めると、鬼柳は一瞬真剣な顔をした後、にかりと笑う。俺はその口角を暫く見ていた。

「キスするぜ?」

「え、あ、あ、お…おお」

「クロウ可愛い」

本当に可愛い、ともう一度押すように言った後鬼柳はそれこそ可愛いらしく、ちゅっと音を立てて俺の唇のすぐ横にキスした。
頭が真っ白になりそうだと困惑して苦笑するが、鬼柳は気にしないのか俺の首へするりと腕を回して俺の唇に噛み付くようにキスをする。時折歯を立てるのだから、茶化しているのか真剣なのかよくわからない。

その態度は見方を変えれば、鬼柳の優勢がずっと続いているからこその状況なのだと、ふと気付いた。なので今更気付いたように鬼柳の後頭部を引き、深いキスをしてやる。
すると鬼柳は楽しそうに口角を上げていた。脇腹を撫でられ、浴槽の縁へ押し付けられる。

「んっ…ん、ぅ…ふ…ぁ」

ぱしゃりと水の音が鳴り、頬や肩にぴっとお湯が掛かった。気にせず鬼柳は身を乗り出してキスを貪っている。その頭を撫でるも、やはり鬼柳は余裕そうに見せていた。首筋を撫でられ、肩が跳ねるのを小さく笑われたのがどこか遠くに聞こえる。
ぱしゃり。また音がした。俺の脇下にある浴槽に手を着き、鬼柳はキスを止める。眼前に留まる顔は冷たそうに白かった筈だが、真っ赤に上気していた。息も荒い。

「ん、ぁ…くろー…しよ?お風呂で、くろーとしたい、な?」

「……鬼柳、」

「京介、な?」

ぽつり。音になるかならないかの音で下の名前を呼ぶと、鬼柳はとても嬉しそうに笑った。なので、俺も笑みでもって返す。そのままもう一度、自堕落の極みだと言えそうな程にだらし無い、貪りあうキスを再開した。






鬼柳と体を重ねるようになってから、8日が経った。恋人関係だと言い切るのもなんとなく擽ったいが、それでいいのだろうか。
鬼柳に好きとは言われるが、恋人だ、と断言された記憶がない事に気付いた。しかしさして気にしなくていいだろうとも思う。

チームメイトとして顔を合わせる際は、あまりそういう態度は互いに取らなかった。たまに目が合ったら互いに微笑みあったり、誰も居ない時に触れ合うだけの口付けをしたり。
遊星やジャックに隠している訳ではないが、ただ俺があまり積極的ではないからこうなっている。二人きりになれば甘えて擦り寄るのは鬼柳からだった。



ある日の事だ。その日は次の地区制覇の為の会議だけがあって、午前で解散の形であった。
俺は子供達の世話があったのでさっさと帰る事にし、遊星もその日は収集されたジャンクが広場に打ち捨てられる日であった為に、ジャックと鬼柳をアジトに置いて解散した。
だが俺は、朝方アジトに向かう途中に子供達にと買った紙袋に入った菓子をアジトに置いて来てしまった事に、帰路について暫くしてから気付いた。なので、慌ててアジトへ向かった。
けどまあ、俺はすぐにそれを後悔してしまう。

アジトに入り、2階へ上がった。置いて来た場所は屋上であるから、まだまだ階段を上るつもりである。しかし、2階に上がった瞬間に俺は足を止めた。
2階の部屋から声が聞こえたからだ。聞き覚えのある声。

言い合いをしていて、息を荒げていた。
ジャックと鬼柳が喧嘩をしているのかと思い、俺は焦りながらも冷静にその部屋へ近寄る。そして聞き耳を立てると同時、俺はさぁと自らの血の気が引く音を他人事のように聞いた。

「ひぅ、ぁあぁっ…ぁあっ、ん…ジャックっ…やぁあ、っ…!」

「…暫く顔を見せなかった仕置きだ…」

ぐちゅ、と卑猥になる水音。コンクリ質の壁を引っ掻く音。甘く嬌声を上げる鬼柳の声。責めるように、しかし愛しそうなジャックの声。
室内に響くそれは、廊下にも漏れていた。俺は事態が読めず息を止める。頭がくらくらとした。

「京介、好きだ…」

「あっ、ぅあ……ぁああっ…俺、も……っだからぁ…もっと…優しくっ…して…」

丸きり恋人同士のそれ。鬼柳は確か俺と昨晩体を重ねた筈だ。何故ジャックと?何故そんなに愛し気に?わからない。頭が痛い。
ふらりとそのまま二人の居る部屋から離れようと振り返ると、そこには遊星が居た。目が合い、思わずびくんと肩が跳ねる。
遊星は真剣な表情で俺を見た。そして奥の二人が居る部屋を見て、悲しそうに眉根を寄せてから俺に手招きをして見せる。
そうして遊星は、そのまま無言で廊下を歩いて階段を降り、アジトを出た。俺はその遊星に着いて行く。
近場の廃墟ビルに入り、漸く遊星は口を開いた。

「鬼柳は病気なんだ」

「…は?」

開口一番何を言うのか。意味が分からず、俺は原因のはっきりしない苛立ちも交えて口調悪く言う。遊星は宥めるように片手を上げ、続けた。

「過去に何があったかも俺は知らない。だが、何かがあってああしている」

「…ああ、って、なんだよ」

「見ただろう?」

「何を、」

わかっているが、言えない。頭の中にジャックと鬼柳の艶っぽい声が響いて、響き渡って消える。
口の中がからからで、頭がわんわんと煩い。思いだしたくない。遊星は俺の肩を叩き、口元だけ笑みにした。

「鬼柳は沢山の人間に愛されないと、生きれないんだ」

「……」

「ジャックもそうだが、俺もだ。鬼柳と体を重ねた」

「……は」

「チームメイト同士でいけない事だとはわかっている。しかし鬼柳は放って置けば見ず知らずの人間に体を明け渡す…見ていられなかった」

「……鬼柳、が?」

「………近い日に、クロウ、お前にも言うつもりだった。いきなりあんな現場を見て驚いただろう…」

同性同士だしな、と辛そうに遊星は言った。
遊星は俺が、鬼柳は普通のリーダーだと思っていて、チームメイト同士がそういう関係である事に嫌悪感を抱くと思ったのだろう。

鬼柳は、俺だけではない。何人の奴にも体を開いている。
何人も何人も。愛されたいから。俺はその、何人も何人も何人も、の一人だったという事か。

柄にもなく甘酸っぱい初恋だとかしてしまった自分が可哀相で、恥ずかしくて、痛々しくて、俺は笑うしかなかった。くつくつと肩を揺らして笑うと、遊星が心配そうに俺へ声を掛ける。
俺は溜息混じりに笑って、その場にずるりと座り込んだ。

「……くそっ」

座り込んだ瞬間に、一気に鼻頭がつーんとする。涙が有り得ないくらいに溢れ出た。遊星が俺の名前を呼び、屈む。
顔を伏せると頭を撫でられた。ぐしゃぐしゃと乱雑だが、何処か優しい。

「……クロウ、お前も…」

慈しむように、辛そうに言われる。頷けずも声も出せずに居たが、遊星はその間も頭を撫で続けてくれた。

それでも俺は鬼柳を思えば愛しくて胸が痛んだ。なんであっても仮であっても嘘であっても、鬼柳と恋人気分で過ごした数日はとても幸せであったからだ。



***



尻切れ。超短書にて書きたいとほざいていたクロ京。
鬼柳はチームメイト皆とセフレだよっていう酷い話。









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