クラッシュタウン編前
ルドガーを思い出した鬼柳



*



「お前ら本当、働けって」

クロウはそう言って京介とジャックの座るソファを小さく蹴った。二人はと言うとだらけて読んでいた雑誌から目線を反らさずに「あー」やら「おー」やら呟いている。
クロウは立派に包装された段ボールを抱えたまま肩を竦め、諦めたようにそのまま配達へと出掛けた。

「働きたいのはやまやまだよなー」

「その通りだ」

「あっちが雇ってくんねぇんだしさぁ」

「ああ」

「つうかマーカー持ちってやつぁ特技なきゃ雇われねぇし」

「…………」

「あ、ごめん」

いきなり黙り込んでしまったジャックに気付き、京介はそこで漸く雑誌から顔を上げた。ジャックは瞼わ強く閉じ、わなわなと雑誌を掴んでいる。
京介はやっちまった、と苦笑して、地雷を踏んでしまいながら爆発に巻き込まれないようにとソファから逃げだそうとした。
が、それは間違いで(そもそも地雷は踏んで、足を離した瞬間に起爆するものだ)、ソファから立ち上がった京介の体はジャックの長く逞しい腕でソファに戻されてしまう。

「鬼柳!貴様自分の事はマーカーのせいだと言い訳をして棚に上げ、俺の事はただのグータラだと言いたいのか!」

「いやそこまで言ってねぇし…」

静かに奮えたかと思えばいきなり怒る、なんてまるで火山のような奴だなぁ、と京介は自分の顔を見据えて怒鳴るジャックから視線を反らし、色落ちしたソファを身ながらぼんやり考える。昔からジャックはそうだった、喜怒哀楽の喜怒楽が激しい奴だったと京介は思う(哀は残念ながら、見る事はなかった)。

「鬼柳、ジャック、どうした」

「お、遊星いい所に。ジャックが八つ当たりすんだよー…」

「おいこら鬼柳!顔を反らすな!話は聞け、というか八つ当たりだと!?元はと言えば貴様が、」

「はあああ!?俺はただマーカーについて悲観しただけだろ!?だいたい、本来あれはお前が俺を慰めるポイントだっつの!」

遊星はキョトンとして、二人のやり取りを眺めた。そして暫くその口論を聞き、おおよそ内容の無い喧嘩なのだと理解して、そのまま本来の目的であった予備の工具セットを手に取り、すたすたとガレージへと帰って行く。
二人はそれに気付かぬまま、大体の人類が仕事に勤しむその時間を無意味な喧嘩で過ごしていた(勿論内容は堂々巡りの中身の無い話だ)。






「今日さ、変な夢見たんだよなぁ…」

「変な夢?」

ぽつり、京介は呟く。雨の降る日だった。
定休日を満喫するクロウは冷蔵庫から取り出した缶コーラを開け、興味なさそうにして京介を見遣る。京介は心底理解に苦しむように、夢の内容をぽつぽつと、それこそ雨のように呟いた(外は土砂降りだ)。

「……誰か分からねぇけど、目茶苦茶好きな奴が居たんだよ、あ、夢の中の俺な?」

「はいはい分かってるよ」

京介は色恋から掛け離れた生活をしていた。少女漫画は勿論、他人の色恋話すら嘲笑する京介の事だからとクロウは理解しきったように肩を竦める。

「キッツイ奴だけど、本当は結構優しくてさ…」

クロウは言われ、面倒見の良さそうな女性を脳内に思い浮かべた。なるほど、鬼柳の好みはそう子なのな、と一人頷いてコーラをようやっと一口飲む。

「ついこの間まで抱きしめる事が出来たのに、気付いたら消えてたんだ」

「……夢らしい、いきなりな展開だな」

「しかも、夢の中の俺はアイツの事忘れてたんだ」

今にも死んでしまうかのような、京介はわなわなと震えながら口元を覆う。
クロウはコーラの飲み口に付けていた唇を離し、京介の顔を覗き込んで見遣った。

「目が覚めて…怖かった……すっげぇ怖かった…なんでアイツの事忘れちまったんだろうって」

「……鬼柳」

「アイツは俺達の為にああしてくれて、自分の事なんか省みないで……なのに俺アイツの事忘れて、」

「鬼柳!!」

「……ぁ」

「………泣いてる」

クロウは苦笑に成り切らない苦笑をして、京介の目元を近くにあったティッシュ箱から二三枚取り出したティッシュで拭って遣る。京介は放心したようにそれを受け、そしてその間も唇を震えさせていた。




京介が「旅に出る」と書き置きを残して居なくなったのは、翌日の朝だった。



 

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