幼少期のクロウと鬼柳



*



クロウの入っている施設の近くにある花壇は、疎らに色々な種類の花が咲いていた。クロウに花を眺める趣味はないけれど、ただ疎らで統率がないように思える花達が、案外丁寧に手入れをされているのを見るのが好きだった。
その花壇は施設自体を他所から孤立させる塀が途切れる位置にあり、花壇を眺めると自然と荒れた町並みが見える。綺麗な花壇にサテライトの風景、ギャップというのか、クロウにはそれが綺麗に思えた。

ある日、意味もなく花壇近場に佇んでいたクロウは花壇を見遣ると見慣れない風景に首を傾げた。花壇の奥に情け程度に設けられた古く軋んだ金網。施設側ではない反対側に佇む、薄い白銀に水色を乗せた綺麗な髪をした人物が居たのだ。クロウは施設の子でないと思うと同時に、女なのか男なのかわからない顔立ちに小首を傾げる。年上だという事だけはわかったが。その子は金網を両手で握り締めて、クロウと目が合うと微笑んだ。金網越しのその表情にクロウは迂闊にも顔を赤くする。

「お前が世話してるのか?」

「え?あ…いや、俺は見てるだけ」

いきなり話しかけたその声色は、少しだけ高みがありながらも落ち着いた音をしている。声変わりは済んでいるらしい。クロウはまだ声変わりが訪れていない為よくわからないが、クロウの声変わりの来た金髪の友人もこういった声だ。つまりは男のようだ。金網の反対側にいるという事は、施設外の子供なのだろう。施設にずっといるクロウには施設に居ずにサテライトを生きる感覚を知らない。生活や考え行動。例えば彼がこうしてふらりと花壇を見に来た理由もだ。少年は花壇を見下ろして、そうして穏やかに笑う。

「綺麗だよな」

少年はそう言い、クロウを見た。クロウは照れ臭くて頭をかく。他者との取っ組み合いの喧嘩や罵詈雑言、そういった事は日常茶飯事だがやんわりと笑顔で話すのは新鮮であった。

「お前、名前は?」

「……クロウ」

「そっか、クロウか」

フレンドリーな性質なのだとクロウは思った。そうしてクロウも名前を聞き返そうとする。しかし少年は勢いよく後ろを振り返った。

「あ…悪いクロウ。俺帰らないと…」

「え?」

「……怒られる」

そう言って少年はクロウを一瞥し、それから金網越しに伺える荒れた風景の中へ走って行った。彼が走って行く方向にはガタイの良い男性が居て、あまり穏やかそうには見えない。急いで彼が男性の元へ行くと男性は歩いて行き、少年はその後ろに数歩間を空けて着いて行った。

それ以来、少年は施設に来る事はなかった。季節が変わり、花壇の彩りも変わる。いつも花壇は綺麗に世話されており、クロウはというと毎日花壇を見に来て、花壇を少し眺めた後にずっと金網を眺めていた。

月日が流れ、クロウの記憶に彼の声や仕種や表情や姿が鮮明に残る事はなく、ただ数分の出来事は思い出にはならなかった。


その後、施設を出たクロウは鬼柳京介という青年にチームの勧誘をされた。断ろうとしたクロウだったが、嬉しそうに「クロウ」と名前を呼ぶ鬼柳の笑顔に、クロウは何故か断る事が出来なかった。



 

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