内々浪々


 


※1/20に超短書にて語った、鬼柳さん記憶喪失ネタの設定



俺は記憶喪失らしい。実感は湧かないが、まあ、ここ一週間の記憶しかない辺りそういう事なのだろう。ぼんやりとソファに座りながら、俺はテーブルに並べたカード達を見下ろした。

(字も数字も読めるし、理解も出来る。知識はあるのにな…)

不思議だ。脳みその中から、すぽんと記憶ばかりが飛んでいる。俺の名前は鬼柳京介。チームサティスファクションのリーダーなのだと言う。チームメンバーの名前と顔は一致するまで覚えた。
どいつも、記憶喪失な俺にだってわかるくらいにスキンシップが過剰なフレンドリー(抱きしめたりフレンチキスしたり、腰を抱いたり)な奴らである。

カードを一枚一枚手に取って40枚きっちり手の内に収め、底面をトントンとテーブル上で整えてホルダーに仕舞った。ホルダーはぱちりと小気味よい音を立てて閉まり、そうしてそれはテーブルの上へ置く。

最近は毎日、闇医者、とやらの所へ通っていた。まあいつも聴診器を当てられて診断するのみで、解決には及ばないが。今日はもう行った後だ。昼下がり。
今は、メンバーの中で一番背が小さいけれど一番優しくて面倒見の良い奴――クロウが、昼飯を作っている。台所の設けられた奥の部屋からは良い香りがした。

そろそろ飯かな、と考えて、手伝おうかと立ち上がる。すると同時か、肩を優しく2、3回叩かれた。くるりとそちらを向くと、そこには腕を組んで立っているジャックが居る。
ジャックはメンバー内で一番背が高くて、一番偉そうな奴だ。けれど寛大で、不器用で、その分信頼が厚いのはよく分かった、人望のある奴である。

「……どうした?」

「……少し話がある。大丈夫か?」

「……構わないけど、どうしたんだ?」

顔が怖い。何か思い詰めているようだ。見上げたジャックの顔は、酷く切羽詰まったような様子である。首を傾げるも、座るように促されたので、まあ、ソファに座った。ぎしりと音がする。

「ジャック?」

「……京介」

俺の座ったソファ。の横、床に膝を付き、ジャックは俺を見上げる。大分低い位置にあるジャックの顔を眺め、俺は暫く意味が分からずに首を傾げたままでいた。
ちなみに、名字呼びは改めてさせた。きっとリーダーだから尊敬の意味を込めて名字で呼んでいたのだろうが、今の俺はただの記憶喪失者だからだ。敬われる理由はない。

「真面目に聞いて欲しい」

「ん、あ、ああ」

いやに真面目な声色だ。つられて出た俺の声は同様にとても真面目そうな声色である。
返事をして、それから遅れて数回頷くと、ジャックは身を乗り出して俺の体を抱きしめた。

ぎゅうと力強くて、俺は暫く意識が飛ぶ。鼻先に香る匂いはほんのりと嫌味のない香水と、ジャックの匂いが入り混じった落ち着く香りだ。
恐る恐る指先を伸ばし、ジャックの肩を叩く。ジャックは返答はせず、そのまま俺の鎖骨辺りへ沈めていた口元を俺の耳元へ移した。
吐息が耳へかかり、思わずびくりと体が跳ねる。

「……ジャック…?」

「京介、俺達は」

「……あ、ああ」

先程の芯のある揺るぎない声色とは変わって、今度はとても弱々しい口調。不安になって、どうにかジャックの表情を覗こうとするが、耳元にある顔は死角になってしまい伺えない。
そのままジャックは俺の首筋をするりと撫でて、言った。

「俺達は、付き合っていたんだ」

「……へ」

意味が分からずに何回か息を分けて吐き出し、顔を上げたジャックと目を見合わせる。辛そうな表情に胸がどきりと跳ねた。
そうして頬を撫でられて、俺は目の前の端正な顔立ちを眺める。頬が熱い。

「覚えていないのは承知だ、だが、知って置いて欲しかった…すまない」

頭を垂れ、ジャックは辛そうに何回も謝罪を繰り返した。俺は何か言おうと口を開くが、上手い言葉が見つからず、思わず眉根が寄る。
嘘ではないと思う。確かに、ジャックを見ると胸の鼓動が高鳴る。触られた場所も暖かい。愛しい、と、思う気がする。辛そうなジャックを見ると、胸が痛む。

「……ジャック、俺、……」

とりあえず声を掛けようと手を伸ばした。すると腕を引かれ、ぽすんと床に座るジャックの体に俺の体は受け止められる。
そうして正面にジャックを捉え、俺は瞬きを繰り返して目の前のジャックを眺めた。ジャックは一度笑んで見せてから、掠めるように俺の唇に自分の唇を重ねた。

キスされた。







「昼飯出来たぞー」

置いておいたタオルで手を拭きながら、普段皆の集まる部屋へと入る。あまり材料はないが、病人には栄養だろうと張り切って作った飯だ。鬼柳に是非食って貰いたいと、俺は部屋へ入った。
しかしそこには鬼柳しかおらず、見回してもジャンクをいじる遊星も鬼柳に馴れ馴れしいジャックも居ない。
折角飯を作ったのに、という思考もあったが、まあ邪魔なのが居ないという事が嬉しいのも事実だ。
俺はこちらに背を向けてソファに座る鬼柳の肩を、とんとんと叩く。すると鬼柳はビクリと肩を震わせてこちらを振り向いた。

「うっ、わぁ、あ…?クロウ…?」

「あ、ああ。俺だけど…大丈夫か?」

目を丸くしてあからさまに動揺している鬼柳。吃驚して引いてしまった体を戻し、「大丈夫だ」と笑う鬼柳に昼飯の事を告げた。
鬼柳は、ははは、と記憶喪失になる前とそう変わらない明るいそれで笑って見せ、ソファから立ち上がる。

「わざわざ悪ィな、今行くよ」

「おう」

遊星はジャンク漁りに区切りが付かず、帰っていないとかだろう。ぼんやりと考えてから、ではジャックはと思い至った。
ジャックが時間に不規則になるのは基本夜で、日がある内から居なくなるのは珍しい(しかも俺も遊星も近くにいない鬼柳を放って、だなんて有り得ない)。

「鬼柳、ジャック知らないか?」

「え?あ、え、あ……夕方また来るって言ってた、けど」

「夕方?またなんで?」

「あ、うん、…急用とかって」

そう急用、と鬼柳は笑った。自分に言い聞かせるようなそれは、表情が気まずそうで、それから顔は真っ赤である。
俺は違和感に首を傾げた。鬼柳は気にしないようにと努めて見せて、そのまま飯を食う為に部屋の移動をする。俺はその後を追い、結局飯を並べたテーブルを前にするまで悶々としたままだった。



「……なあ」

「ん?」

がたがたと忙しく椅子に座り、鬼柳は顔を上げる。俺へ輝かしいまでの笑顔を向けていて、俺はとりあえず遊星とジャックの分の飯をキッチンの流し台へ置き、同様に椅子に座った。

「……ジャックになんか言われたとか…されたりとか、したのか?」

「…う」

ぼん。顔が真っ赤だ。ああああアイツ何しやがった。告白とかか?有り得るな。今の鬼柳になら上手く事を運べるだろうからな。全く質の悪い奴だ。
口元を抑えて顔を赤くする鬼柳を見るに、キスまでしやがったんだろうか。あのタラシめ、一回殺してやろうか。

ふと、俺は嫌な事を考えてしまった。ああこれでは、告白をしたかもしれないジャックより酷いか。いやでも、俺だって鬼柳が好きだ。愛してるし大切に出来る自信だってある。
だからいいじゃないか、とは失礼な話だが、しかし思い立っては考えが止まらなかった。

「あのな、鬼柳…いや、京介」

「…なんだ?」

顔を赤くしたまま、鬼柳は俺は見る。熱い頬を何回か触り、なんとか平常心を保とうとしているのがよくわかった。俺はそれを見上げ、そして手元にあったプラスチック製のフォークを手に取り、唇を開いた。

「俺達、付き合ってたんだよ」

「……へ?」

「…いやまだ付き合って日は浅かったんだけどな?その、なんつーんだ…うん」

なんつー嘘を言ってんだ俺は。言ってて恥ずかしくなって来て、俺は俯く。顔が熱い。鬼柳をそろりと見上げると、鬼柳は心底吃驚した顔で俺を見ている。
なんだよそんな吃驚する事かよ、と思った。しかし口にしていたらしく、鬼柳はブンブンと頭を右左に振って何回も「そうじゃない」と言う。

「…クロウはいい奴だし、一緒に居て暖かくなるし…抱きしめて欲しいとも、確かに…思うから、嘘じゃないと思う…んだ」

「……本当か?」

「……うん、でも…うん…」

わからない、とばかりに鬼柳は唸り、頭を抱えた。記憶を無理に掘り返そうとしているのだろうか。辛そうな鬼柳が痛々しくて、俺は鬼柳を手招きする。
俺は今内心とても晴れやかだ。先程の言葉はつまり、鬼柳は俺に対して少なからず好きな感情があったという事だろう。とても嬉しい。

手招きに応じ、鬼柳はテーブルに手を着き少しばかり身を寄せた。そして従順に俺の反応を見るので、それがあまりにも愛しくて俺は笑んでやる。

「無理に思い出さなくていい。お前はお前らしくあればいいから、辛くなったら言えよ?」

ぽんぽんと頭を撫でると、やはり複雑そうな顔をしながらも鬼柳は笑った。その持ち上げられた形のよい唇に、触れるだけのキスをしてやる。鬼柳は顔を真っ赤にして吃驚していた。
とても可愛くて、記憶を取り戻した時にもこういられたらと思い、妙に胸が暖かくなった。







俺の部屋は酷く閑散としている。物が少ないから、汚れようもないようで閑散とした室内はスッキリとしていた(清潔とは言えないのが生々しい)。
コンクリに貼付けられた窓から、オレンジ色の夕日が差し込んでて、俺はぼけーっとそれをベッドで寝ながら眺めている。
唇に触れて昼の事を考えるととても胸が痛くなった。

(………ジャック、クロウ…)

二人を思うと良い気分になる。あの二人に好感がある証拠だ。笑い合っていたいという感情がむくむくと沸く。記憶を無くしたって、頭のどこかで覚えているんだろう、その、二人と付き合って居た事を。

(……二股…か……俺…最低だ…)

あんなにいい奴らに、無垢なアイツらに、優しいアイツらに、俺は二股を掛けていた。二人を騙して弄んでいたんだ。最低だ。なんて奴なんだ俺は。
記憶喪失だって関係ない。これはれっきとした俺の、鬼柳京介の罪だ。最低だ。酷い行いだ。
ボロボロと涙が溢れる。横向きで寝ていた為、シーツに涙が何線も落ちた。

(……泣く権利だってないんだ…)

そう考えた途端、醜い涙だだと胸が痛む。ずずっと鼻を啜って、むくりと体を起こした。ベッドに体育座りで座る。はあ、と溜息を吐いて、身を縮こませた。

暫くそうしていると、コンコンと扉が叩かれた。控え目なそれの後、がちゃりと扉は開く。そこから顔を覗かせたのは、遊星だった。
顔を上げて伺えば、見事に目が合う。遊星はやんわりと笑って見せた後、ベッド横まで歩いて来た。

「京介、どうしたんだ?」

「…どうもこうも…」

「泣いてたのか…?」

心配そうに問われ、ベッドに乗り上げていた遊星に俺は思わず抱き着いてしまう。心がぐらぐらする。痛い。どうすればいいのかわからない。思ったら、居ても立ってもいられなかった。
抱き着いた遊星は暖かい。

(…遊星に、相談……しようかな)

二股の事を。遊星は、冷静で無表情で一見冷たそうな奴だ。だけど情に厚く優しくて良い奴。人を大事にする事が上手な奴で、一緒に居て安心する。だから、遊星になら。遊星になら相談出来る筈だ。

「……何かあったなら、相談してくれないか?」

「………ゆーせ…っ」

ああやっぱり優しい奴だ。ぎゅうと強く抱き締められながら、俺は涙を流しながら額を遊星の胸元になすりつけた。呼吸が整わない。涙が止まらない。

「あのな京介」

「ん…な、んだ?」

わしゃわしゃと頭を撫でられ、俺は頬が緩む。記憶をなくす前は、良い親友だったのだろう。信頼出来る奴だ。胸が暖かい。

「俺達は、付き合っていたんだ」

「……へ」

「だから遠慮なく悩みは言ってくれて構わない」

頭がぐわんぐわんする。流れていた涙も止まった。今、なんと言ったか。
がばりと顔を上げると、実に真剣な顔をで俺を見る遊星と目が合った。遊星は一度笑んで、それから俺の頬を優しく撫でる。

「覚えていないだろうが、そうなんだ」

「……遊星」

「愛している、京介」

心底愛しそうに言われ、俺の体はそのままベッドに押し倒された。よくわからない。頭が混乱する。
他人事のように遊星を見上げ、俺は遊星の名前をぽつりと呼んだ。遊星は同じく名前を呼んで返す。優しい声色だ。

(……三股、か…)

はははは。最低だ。ああ最低だ。じゃあ俺は、チームメイト全員をたぶらかして居た奴だったのか。ああ。最低だ。
胸が痛い。またぼろりと涙が溢れる。

「……ごめん遊星…ごめん」

「覚えていない事か?大丈夫だ、ゆっくり思い出せばいい」

「っ……ごめんなさっ…い」

両手で涙の溢れる目元を抑えて、俺は嗚咽を何回も何回も漏らした。遊星はその間、俺の手と額と頬に何回もキスをする。全て受け止めると、するりと服越しに腹部を撫で上げられた。

「京介…愛してる」

「ん…ふっ…ぅ」

やんわりと手を退けられ、唇にキスされる。ジャックやクロウと違い、触れるだけでなく唇をやんわりと挟み、それから舌を絡ませられた。深いキスにくらくらしながらも、拒む事をしなかった。
しちゃいけないんだ。俺は最低な奴だから、なにされても仕方ない。
胸が痛い。ごまかすように遊星に抱き着くと、遊星は俺の頭を撫でた。優しい仕種に、眉根を寄せる。ごめんなさいごめんなさい、何回も呟くがやはり遊星は許すとばかり言った。
そのまま遊星の片手を取り、自分の胸元へ誘導する。躊躇うように跳ねた遊星の手を撫でて遊星を見上げると、遊星はいつものなにを考えてるかわからない表情で俺を見下ろしていた。

「……京介、」

「………目茶苦茶に、して、くれ」

痛いくらいに目茶苦茶にして欲しい。俺の罪は重いから、最低だから、なにされたって仕方ないんだ。記憶がなくったって、それは俺自身が背負わなきゃならない。騙されている三人の気持ちを考えると胸が痛い。

遊星は一度頷き、痛いくらいに俺の体を掻き抱いた。



***




御然様より頂いたリクエストで、超短書の方で言っていた満足同盟時代、記憶喪失鬼柳さん総受け、との事でした!

はいなんかシリアスですね、かなり申し訳ないです!orz
名字呼びだという風にリクにも書いてあったのに無くしてしまったという有り得ない感じです。はい。すみませんでしたぁああ!

苦情受け付けてますごめんなさい!

つまり最終的に伝えたかったのは「皆鬼柳の恋人ぶりっ子した」という事です。伝わったらいいな。

ちなみにこの話は、まあこの後夕飯作ったクロウさんが鬼柳呼びに来たらニャンニャン寸前の二人を見てしまい、止めます。
そして鬼柳が三股の事謝罪して、事実がバレます。全員鬼柳に怒られます。
まあハッピーエンドですね!書ききる気力はなかったです!←


ではでは御然様、リクエストありがとうございました!







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