暗闇




職場の上司である鬼柳さんと、食事を取る事になった。といっても仲が良い訳でなく、残業が片付いてからの夕飯だったから、成り行きでだが。
歳は同じか、もしくは俺の方が年上くらい。だけれど、関係は上司と部下の為、敬語は標準だった。

「ラモン、先に入っててくれ」

「電話ですか?」

「ああ、家族にな」

店先で言われ、わかりましたと店に入る。すぐもう一人来ると店員に告げ、窓際の席に案内されながら、家族なんて居たのか、なんて考えた。
あの年で嫁は…いるのなら、まだ独身な自分としてはあまり認めたくはない。いや、まだ身を固めるつもりもないのだが、だが男としては年下な上司に仕事も嫁も先取りされるのは、屈辱以外の何でもない訳だ。

その席で、ふいに窓に目線を移すと、店先で落ち着かないように歩きながら電話をする鬼柳さんが見えた。
歩いて、止まって話す。携帯越しだから意味もないのに頷き、そして呆れたように笑いながら口を開いて歩き始めた。

(……楽しそうに話すんだな…)

テーブルに肘を着いて眺める。職場では有り得ない光景だ。
真面目というか無口というか…根暗というか。とにかく、職場だとだんまりな上司が定番だった。

話し終わったのか、携帯の電源ボタンを押して、鬼柳さんは携帯を閉じた。携帯をポケットに入れて店に入って来る。
隅にあったメニューを二つ手に取って、片方を向かいの鬼柳さんの席に置いた。
店員と鬼柳さんの会話が聞こえてから、鬼柳さんが席に着く。

「……悪い、待たせたな」

「あ、いえ」

メニューを開く鬼柳さんを見て、それから自分もメニューに目を通した。




「あのー、ご家族って、もしかして嫁さんですか?」

「……?」

注文が終わり、一息付いた。ところで、会話を探して聞いてみる。
鬼柳さんは一度ぐいっと首を傾げ、それから「ああ」と笑った。珍しい笑顔に、少しばかり焦る。

「兄弟だ」

「兄弟?」

「弟が二人いてな」

同居してるんだ、と鬼柳さんはまた笑う。どうやら、弟さんの話は鬼柳さんにとってとても明るい話題のようだ。
どうせ普段静かな上司との話題なんて、仕事関連しかないのだから、ならば兄弟の話をした方がいいだろうと思う。



それからは、兄弟の話でなかなか盛り上がった。
そうしていきなり打ち解けた俺達は、近所の俺が行き着けである居酒屋に行ったのだ。
記憶はかなりアバウトなのだが、そのアバウトな理由はきっとこの酷い頭痛のせいなんだろう。目が覚めてから、ひたすら痛い頭を摩る。

辺りを見回すが、どうも見覚えのない部屋だ。記憶に残らないくらいまで酒を飲んだのは珍しい。まだヤンチャ抜け出来て居ない時、成人式になったその日にがぶ飲みした時依頼だろうか。あの時は16歳辺りから飲んでいた為か、耐性があったらしくあまり辛くもなかったけれど。
いやそういう話ではない、此処は何処だ。

必死に記憶を探りながら、起き上がる。どうやらソファに寝ていたようだ。テーブルや棚、テレビを見るに、どうやら此処はリビングのようである。

どうしたものか。とりあえずテーブルに向かい、ぐるりと辺りを見回す。整頓されながらも、少しだけ生活感が残るテーブルに日常が垣間見えた。
テーブルの中央に箸立てがあり、三人分の箸が立ててあるのを見て、いきなり走馬灯のように情報が蘇る。

まさか。というか、絶対そうだ。此処は鬼柳さんの家だ。絶対だ、少しずつ昨夜の記憶で、映像のように情報が浮かぶ。
二人して酒の量を考えずに飲んで、そうしてベロベロになった為にタクシーで帰ったのだ。
そこで、自分の部屋は電気代滞納で可哀相な有様だと酔った頭で思い出し、「泊めて下さい」と甘えたら以外にも二つ返事で「わかった」だった。

まあ、そうだな、どうするか。
状況は分かったが、だが誰も居ないのならどうするべきだろうか。勝手に帰るなんて失礼過ぎるだろう。困った。

とりあえず、再びソファに帰る。すとん、と座ったと同時に、テーブルの向こうにある扉が開いた。

「ああ、起きてたか」

「…あ、おはようございます」

ワイシャツにジーパン。いつもの恰好よりラフな姿の鬼柳さんに、一旦吃驚してから、小さく頭を下げる。鬼柳さんはそのまま台所に向かった。

「コーヒーでいいか?」

「あ、はい。…ああいえいえ…!」

なんてこった、とソファから立ち上がり、俺も台所に向かう。
年下でも上司だ、上司にコーヒーを入れて貰う訳にはいけないだろう。

「いいですよ、別に」

「いやでも…」

いやいや、と咎めるように制止させる。と同時か、先ほど鬼柳さんが入って来た扉がまた開いた。
二人で扉を見遣ると、そこには鬼柳さんをまんま身長を減らして髪を短くしたような青年が居る。目が合った。
その青年は、俺と鬼柳さんを見比べてから、ああ、と頷く。なんだか平然と頷いてから、テーブル手前の椅子に座った。

「彼氏?」

「アホか」

ぽつり言う青年に、鬼柳さんが淡々と言う。
それから鬼柳は「弟の狂介だ」と笑った。やはり弟の話だと笑うのだな、とその笑顔を暫く眺める。本当に、普段からは想像出来ないくらいに明るい表情だ。いつも笑えばいいのにな、なんて考えてから、何考えてんだ、と苦笑する。



「俺、あながち間違ってねーだろ」

食パンの袋を引っ張り出しながら、二人を眺める狂介はぽつりと呟いた。



***



なんだか長くなりましたorz
若くして上司な鬼柳さん。お仕事は細かく考えてないです。
とりあえず弟大好き馨介と、敬語なラモン書けて満足(^ω^)

そして男をホモとゲイでしか分類出来ない狂介。病気だ(笑)







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