鮮やかな金髪。
その金色にちょこんと乗っかっているティアラは、金色のせいで霞んで見えた。


でも、それは他の人からしてみれば私だけみたいで。みんな、ティアラばかりを見ている。
それは一国の王子である証だから。
結局は、誰ひとりとして彼を見ていないのだ。





「ねぇ、あなたは寂しくないの?」



何でか知らないけど、私のお父様は"えらいひと"らしくて、お父様に連れられてお城に行ったとき。
そこで出会った彼に、そう問いてみた。


彼は一瞬キョトンとしたあと、独特な笑い方で私を笑った。
そんな彼にぶすぅ、と頬を膨らませる。
笑われたことが気に入らなかったのだ。



「王子が寂しいはずねぇじゃん」



だって、王子の周りには人がわらわら集まってくるんだぜ。


そう言った彼は、言葉とは裏腹に悲しそうで。
なんだか、私が寂しくなった。



「私はなまえっていうの。あなたは?」


「………ベルフェゴール」


「ふぅん、じゃあベルね。
ねっ、遊びましょうよベル」



ベルの手を取ってそう言えば、彼は悩んだ素振りを見せたあと、真っ白な歯を見せて笑った。



「ししっ、いいぜ」



今思えば、この時から私は彼に惹かれていたのかもしれない。
無邪気に笑う彼が眩しくて。
他の人には見せない私だけの笑顔が、凄く嬉しかった。





それから半年後。
城の人間が、ひとり残らず殺された。


それを聞いたとき、私は悲しみのあまり暴れ狂ったのを覚えている。
幸いベルの死体は発見されなかったそうだが、それでも気がきではない。


本当に殺されていないの?
もしかしたら、何処かに埋められているのでは?
犯人に捕まって、監禁されていたら!? 

寝ても覚めても考えるのは、ベルのことだけ。
彼が無事であるように、と毎晩星に願ったほどだ。
もちろん、そんなの気休めにしかならなかった。


月日が流れるのは早いもので、更に幾年もの年月が経った。
短かった私の髪は腰まで伸び、あの日から一度も切っていないその髪が、過ぎた月日の長さを物語っている。


ベルが消えて幾年。
片時も彼のことを忘れたことなんてなかった。


私の元に舞い込んでくる見合い話。それらを全て断っては、お父様にいい加減身を固めろ、と怒鳴られる。
だって、仕方ないじゃない。
私の好きな人は昔から変わらずベルだけで、ベル以外の人間を愛するなんて考えられない。


それに、私に近付いてくる男は皆私を見てないの。私のお父様が持つ権力だけ。
そんな偽りの愛なんて要らない。


結局は、それもまたベルを見る眼と同じなわけで、やっぱりベルは寂しかったんだなって再確認した。


こんな偽物だらけの世界にいて、自分を見てくれる人なんてだーれもいないの。
私は寂しくなって、毎晩ひっそり涙を流した。


そんな毎日に嫌気がさして、ある日家を出ることにした。


夜、皆が寝静まったころ、必要最低限の物を持ってこっそり家を脱け出した。
途中で見付からないか心配だったけど、無事成功。


さて、これからどうしようかなんて考えていたとき、ふと誰かに肩を叩かれた。



「だぁれ?」



振り返った先にいた、見ず知らずの男。
ニヤニヤと下品な笑みを浮かべるその男があまりにも気持ち悪くて、一歩後ずさった。



「お嬢ちゃん、こんな夜中にひとりでどうしたんだい?
もしかして、家出でもしてきたのかな?お嬢ちゃんは悪い子だなぁ」



ビクン、と震えた肩。


家出してきたのがバレたのかという不安もあったけど、男のもう片方の手が私に向かってきたから。


後ずさろうにも、私の肩にある手の力は意外に強くて叶わない。
肩へ食い込むその手が痛くて、顔を少しだけ歪めた。


ヒュッ

ドン



「え?」



顔の真横を通り過ぎた何か。
同時に赤い水を撒き散らしながら倒れた男に、小さく息を飲む。



「ししっ、俺たちのテリトリーで何しようとしてるわけ?目障りだし」


「あっ」



懐かしいその声。
少しだけ低くなった声に振り返れば、鮮やかな金髪があった。
相変わらずティアラは金色に霞んで見えて、その金色にうっとりと見とれる。



「なまえ……?」



驚きの入り交じった声。
目は隠れていて見えないが、ポカンと口を開いているのを見るに、驚いているのは間違いないだろう。


さっきの光景などすぐに頭の隅に追いやり、彼の元に駆け寄る。
昔は変わらないくらいの目線だったのに、今は見下ろされる格好になる。


そんな事にもまた、長い時間を感じ。
久しぶりに会う、という実感が、ふつふつと沸いてきた。



「ねぇ、ベル。私のこと覚えているかしら?」


「ししっ、忘れるわけねーじゃん。会いたかったし、なまえ」



ぎゅっと抱き締められる。
甘い香水の香りに混ざって、別の匂いが鼻孔をくすぐった。
それは、鉄のような生臭い匂い。
強いその匂いが漂ったのと同時に、背中に走る激痛。


熱くて、痛い。背中に手を回せば、ドロリとした赤いものに触れた。



「…ベ……ル……?」


「愛してるぜ、なまえ」


「あっ…、わた、しも……」



ずるり、


ベルの腕からずり落ち、冷たいコンクリートの上に倒れた。
霞む視界でベルを見上げれば、口許に綺麗な弧を描いたベルがいた。
そんな彼に、やっぱり美しいなと思ってしまう。


ベルに触れようと手を伸ばすが力が入らなくて、数センチ浮かんだだけだ。
そんな私を見て、しゃがんだベルに距離が近くなる。



「ししっ、なまえってばマジ綺麗だし。」



そう言って私の髪を指に絡めたり掬ったりするベルは、本当に楽しそうで。
昔と変わらない、それでもどこか狂気めいた笑みを浮かべるベルに、私の背中に冷たい汗が流れた。



「なまえもバカだよねー。
王子がいなくなって何年経つと思ってるわけ?
それなのに、未だ王子のこと好きとかさ。ほっんと。バカなのか一途なのかわかんねぇよな。

この前もけっこー権力の強いとことの縁談断るし。………ん?何で知ってるかって?
ししっ、当然だろ?だって、愛しいなまえのことだもん。
今までずぅっと見てきたわけ。なのに、全然気付かねぇんだもん。
やっぱ、なまえってバカ?」



独特な笑い方で笑うベル。
月明かりに照らされて、下から見上げていることもあり、ベルの瞳が見えた。


それは紅い紅い、狂気めいた瞳で。
今までにないほどの恐怖を感じた。



「なまえ、俺なまえのこと愛してんだぜ。初めて俺を見てくれた、愛しい愛しい女の子。
殺したいほど愛してたわけ。
でも、俺の中の小さな理性が許さなくて。なまえに黙って城出たのに、結局結果はこれ。
ししし、もしかしてこれが運命ってやつ?」



愉しそうに笑うベル。
なまえの頬を愛しそうに撫でては、赤くふっくらとした唇に噛みつく。

途端に口内に広がるなまえの血の味に歓喜した。



「ま、それもアリだよな。
俺はどっちかというと、真っ赤ななまえが好きだったのかもな。


綺麗だぜ、なまえ。愛してるし。」



その声はもうなまえには届いていないが、それでも何度も耳元で囁き続けた。


愛してる、愛してる、愛してる、と。
病的な程に。





 


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