「殺して」
目の前の女はそう言って、俺の義手につけられた剣を己の喉にあてがった。
そんななまえに止めろと言って腕を引く前に、なまえはまた言った。殺して、と。
こいつの眼は真剣そのもので、冗談には聞こえない。
俺は溜め息をひとつこぼし、腕を無理矢理引き、剣先をなまえの喉から離した。
力があまり入らない状態のなまえから剣を奪い取るのは、まさしく赤子の腕を捻るより簡単だった。
また同じ言葉を紡いだなまえに、殺さねぇよと一言。
その言葉を聞き、なまえの瞳にみるみる雫が溜まった。
顔を伏せ、それを俺に見せないようにするなまえの頭を撫でながら、何であんなこと言ったのか問う。
僅かに迷った素振りを見せたあと、おずおずと涙声で話し始めた。
「私聞いちゃったの。私がこの前任務で怪我して使い物にならなくなったから、ボスがスクに殺せって言ってるの。
でも、スクが嫌だって言って……、ボスがスクに殺気を向けて、今にもスクを殺しそうで……。
私、怖くなって逃げちゃったの」
ごめんね、と続けるなまえに苦笑しかこぼれない。
とうとう雫をこぼしたなまえの顔を俺の胸に押し付け、あやすように背中をさする。
まさか、あの話を聞かれていたとはなぁ。
心の中で唸る俺の視界に、彼女の体のあちこちに巻かれた白い包帯が目に入った。
足は特に酷く、右足の膝から下が綺麗さっぱりなくなっている。
こんな体で任務など出きる筈もなく、それでも任務をするのは余程の天才か、自殺願望者だけだ。
それを理解しているからこそ、彼女はこうして涙を流しているのだろう。
なまえの頬を伝う涙を指の腹ですくい、目元にキスをひとつ落とした。
俺に向いたその瞳に、反対の目元にもキスを送る。
「俺がテメェを殺すわけねぇだろ。それに、誰も殺させねぇ。俺も死なねぇ。ザンザスにだってだ。
さっきの話は一応ケリをつけといた。心配するこたぁねぇさ」
「でも……」
「もしテメェが殺されそうになったら俺が戦う。
俺が戦えなくなったら、どこまでも逃げてやるさ。
プライドも誇りも何もかも捨てて。ただ、テメェのためだけに」
真面目に言ったその言葉に、なまえはクスッと笑みをこぼした。
おいおい、今のは笑うところじゃねぇだろぉ。
がしがしと乱暴に頭を撫でてやれば、なまえはキャッキャッ声をあげた。
そのときになまえの体を支えていた腕がバランスを崩し、座っていたベッドの上に倒れ込んだ。
彼女の腕を掴んでいたため、俺もなまえの上に倒れ込む。
なんとかなまえの顔の横に手をつき、彼女に全体重をかけるように倒れ込むのは防いだが、すぐ近くにある彼女の顔に心臓がドキンと跳ねた。
俺の髪をすくうなまえの顔は美しくて、嗚呼、こいつのためなら何だってやってやるなと再確認した。
「ねぇ、愛の逃避行って、なんたかロマンチックだね」
「ククッ、女の夢ってやつかぁ?」
「うーん、そういうわけじゃないんだけど。でも、スクとだったら、そういうのもいいかなぁ、みたいな」
「相変わらず変な女だなぁ」
「失礼なっ」
何か言いかけたなまえの唇を、己のそれで塞ぐ。
一瞬いきなりのことに目を丸くしたが、すぐに瞼を閉じ、俺にその身を預けたなまえに小さく笑み、まるで糸のように細く艶のあるその髪を自分の指に絡めた。