ツン、
鼻の奥をつくようなその刺激に、目元が熱くなった。
目の前で揺れる金色の髪に、恐る恐る彼の名を呟く。



「―――」



だが、声が出てこない。
別に彼の名前を忘れたわけじゃない。別に喉が潰れてるわけじゃない。
ただ、眼前のその光景に、言葉を失ってしまったのだ。

嗚呼、今すぐ彼に駆け寄りたい。
今すぐ彼に抱き着きたい。
今すぐ彼の名を呼びたい。
そのような感情が体を支配するが、神様という酷く滑稽なモノは意地悪で、そのどれもを叶えることを許さない。



「ベ……ル…、」



硬直した体は唇を震わせることすら許さず、それでも漸く呟いたその言葉はあまりにも小さく、弱々しく。
聞こえたのかどうか不安で、だけどもう一度彼の名を呼ぶ勇気など、私にはなかった。
もしも彼が返事をしてくれなかったら、という不安が私を襲う。
いや、元より私は理解してしまっていたのだ。幾ら彼の名を呼ぼうが、二度と返事が返ってこないというその事実を。
それでもその事実を否定していた小さな思考が、彼の体から溢れだした赤い液体を見て悲鳴をあげた。


嗚呼、もうダメだ。あまりにも滑稽で、いるかどうかも解らない不安定かつ、意地悪な神様が私に罰を下したのだ。
私のようななんら取り柄をもたない一般人が、王族の血をもつ高貴な存在である暗殺者を愛してしまった、罰なのだ。
だからって、この仕打ちはあまりにも酷ではないか。
私が罪を犯したのだ。彼は一切関係ない。彼はたまたま知り合った一般人に好かれた、憐れな王子様なのだから。
そんな彼にまで死という罰を下すなんて、世の中というものは酷く残虐で醜悪で傲慢で、悪意に満ちている。
そしてこんな罰を下した神様は更に最悪で愚かで偽善な存在で、神など名乗る資格はないのではないか。


ぽつり、
拳を作っていた手に落ちた雫に、喉の奥から込み上げてくる嗚咽を呑み込む。
私は今ほど世の中を憎み、神様を恨んだことはない。
私から彼という大切な存在を奪った彼等を許す日は訪れないだろう。



「ベル」



僅かに掠れた声で彼の名を呟き、近くに転がっていた黒光りしているソレを手にとった。


私はまだ、貴方に伝えていないことがあるんです。まだまだ、貴方と一緒に居たいんです。
だけど貴方の居ないこの世界では、そのどれもを叶えることが出来ない。
だから、待っていてください。今すぐ貴方の元に逝きます。今すぐ貴方の胸に飛び込みます。今すぐ貴方の名を幾らでも呼びます。
だから、どうかお願いです。私の最初で最後の我が儘を聞いてください。
今私の言葉を聞いているのかどうかは解りませんが、それでもどうか、静かに耳を傾けてやってください。
私がそちらに逝ったら、まず笑ってください。私の名を口が渇くくらい呼んでください。私を腕の中に閉じ込めてください。
要望が多いのは、気にしないでください。だって、私の最初で最後の我が儘なんだから。





音のない声で囁くのは好き






赤い鮮血が舞い、体を濡らした。
嗚呼、これで漸く伝えられる。貴方に、私の想いを。
私は、貴方のことが―――





 


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