満開の桜の下。
出逢った君は、まるで散り際の桜のように儚く、美しく。
心を奪われた――
いつもの桜の下。
木に背を預けるようにして立っていれば、前方から目当ての人物が歩いてきた。
茶色の髪を風になびかせ、伏せた目は純粋な黒をしている。
ザンザスとはまた別の、その瞳の奥にある思いに不覚ながら惹かれた。
暫く眺めていれば、自分を見ているスクアーロの存在に気付いたのか。小さく微笑み、早足に駆けてきた。
「う゛お゛ぉい、走ったらあぶねぇぞ」
「ふふっ、大丈夫よ。そのときはスクが助けてくれるでしょ?」
ニッコリと笑みを浮かべて言ったなまえに言葉をなくす。
実際その通りなので、言い返しようがなかった。
桜の木に寄りかかり、隣に並んで地に腰を下ろす。
木陰は涼しく、頬を撫でる風に心地よさを感じる。
目を閉じていれば、不意に自分の手に誰かの手が重なった。
閉じていた目を開き隣に視線を移せば、また、あの憂いに満ちた目をしたなまえが自分の手を握っていた。
だが、何を言うでもなく再び目を閉じる。
「あのね、私もうあんまり長くないんだって」
ポツリと語りだした彼女の言葉に、黙って耳を傾ける。
なまえと最初に出会ったのが三年前。
あの頃から体が弱く、そろそろ死ぬだろうと、暗殺に身を置いてきたスクアーロは直感的に感じていた。
それが三年ももったのだ。寧ろ賞賛に値する。
それでも、何も言わなかった。
ただ黙って、なまえの声を胸に刻むように耳を澄ます。
まるで、二度と聞けなくなる前に、忘れないようにとばかりに。
「本当は、こんなに長生き出来なかったんだって。
今まで生きてこれたなんて、奇跡だってさ」
そんなこと知っていた。
眉根を下げて笑ったなまえに、今度は目を開く。
忘れないように、この目に焼き付けよう。
君のすべてを。会えなくなってしまう前に。
「それでね、今日がスクと会える最後の日かもしれない。
だから、言いたいことがあるんだ」
握った手に力がこもり、まるで離れたくないとでも言っているようだ。目を細めて笑う彼女の頬を、一筋の涙が伝った気がした。
だが、それは錯覚に過ぎず、もう1度見たときには、滴など流れていなかった。
弱々しく、それでも力強く握られた手を握り返す。
まるで、なまえが此処にいることを確かめるように。
「私……、スクのこと好きだったんだよ」
. . .
「好きだったかよ」
「そ。過去の話なのだよ」
その顔に笑みを浮かべたなまえに、スクアーロも笑みをこぼす。
. .
「俺は好きだぜぇ」
「もう、スクったら。何でそういう事言うなかぁ」
桜の花がひとひら、二人の間を舞った。
ひらり、ひらり
辺りをピンクで染めんとせんばかりに舞う花びらたち。
その花びらが一瞬、スクアーロからなまえを隠し。
また、ひらり。舞った時には、なまえの相眸からたくさんの滴が零れていた。
「っ、スクが……ひくっ、そんなこ、と言うから……。離れ…くないっ、て。思っちゃ、」
そこから先は言葉にならないのか。
涙を流し続けたなまえを、スクアーロは静かに抱き締めた。
鼻をつく甘い香り。
じきに匂うことの出来なくなるこの香りを忘れないように。
まだ温かい君の温もりを忘れないように。
しっかりと、この胸に抱き締めよう。