赤にまみれた室内。辺りに転がっているのは、息なき屍たち。
鼻をつく鉄の匂いに、俺は顔を歪めた。
Xの装飾が施されている二丁銃をホルスターに仕舞い、その場を後にする。
部屋の外に出れば、そこもまた一面の赤に染まっていて。転がっている肉塊の中には見知った顔もある。
あれは確か俺の部下だったやつだな。仕事を完璧にこなす、かなり優秀なやつだった。
名前は忘れたが、もう動くことはないのだ。今必死になって思い出す必要もないだろう。
明日から書類整理が大変になるな。あいつにでも頼むか、と呑気なことを考えながら、足を一歩踏み出す。


ぐちゅり、


あ、部下だった男を踏んでしまった。
汚れた靴を気にしながら、俺は邸から出た。


真っ黒な夜空に浮かぶ、金色に輝いている月。
だが赤をずっと見ていた俺の視覚は、その月さえも赤く映した。
嗚呼、月が綺麗だ。こんなに月が綺麗な日は、早く帰ってあいつと一緒にウィスキーでも飲むに限る。
だが、最近あいつの姿を見かけていないな。そうか、きっと長期任務にでも行ってるんだ。あいつがこんなに長い間邸に戻らないなんて珍しい。きっと、相当手こずってるに違いない。
それじゃあ、一体何をしていようか。
ひとりで酒を飲むのもつまらねぇ。やはりあいつの帰りを待つしかねぇか。それまで暇潰しとして、修行と称してスクアーロをイビり倒すのもいいな。


先に外に出て部下が来るのを長いこと待つが、未だ来る気配はない。
くそっ、カスどもがおせぇんだよ。ひとりだけで帰ると、あいつが怒るというのに、一体何をしているんだ。
あ。でも、今あいつはいないから怒んねぇか。


急に辺りが薄暗くなり、訝しみながら空を見上げれば、月を雲が覆い隠していた。
嗚呼、月が見えなくなってしまった。


ぽつり、


同時に、足下に落ちた雫。雨でも降ってきたのだろうか?そう思いもう一度空を見上げるが、何処にも雨雲は見当たらない。
雨ではないのなら、一体なんだろうか。


つぅ


今度は雫が頬を伝う。同時に目の前がぼやけ、とめどなく流れる雫。
嗚呼、見えない。目の前が霞んで、何も見えやしない。彼女の姿も見当たらないし。俺は一体どうすればいいんだ。



ああ、そうさ。解ってるよ。本当は気付いていたんだ。
彼女が居ないのは当たり前だ。見えるわけがない。何故なら、死んでしまったのだから。
任務に行くと言って出掛けたあいつ。俺にすぐに帰ると笑ったのを最後に、奴の姿を見ることはなかった。
一緒に任務に行ったあいつの部下の話によれば、闘争中に何かを落としたらしく。それを拾おうとしたときに、鉛玉を心の臓にぶちこまれたらしい。
遺品として、その時あいつが落としたモノを持ってきた。それを見た瞬間、嗚呼あいつはなんて馬鹿なんだと思ったのを覚えている。
それは、俺があいつに渡した婚約指輪。


あんなもの渡さなければよかった。あいつを任務なんかに行かせなければよかった。あいつをずっと俺の部屋に閉じ込めておけばよかった。そうすれば、あいつが死ぬことはなかったのに。
今更遅い後悔の念に襲われ、言い様のない感情に、顔を歪めることしか出来ない。


最期くらいあいつの名前を呼べばよかった。最期くらい愛してると囁けばよかった。
そうしたら、きっとあいつは驚いたように眼を丸くして俺を見るんだろう。そして照れたようにはにかんで、慣れていないように私も好きだとでも言うんだろう。
嗚呼、何故彼女が居ないんだ。何故彼女を抱き締めることができないんだ。
彼女の名を呼んでも、愛してると呟いても。それが彼女に届くことはないのだ。


全て幻だと、夢なのだと思うことすら許されない。
彼女の死は現実なのだと、まるで嘲笑うかのように月が姿を現した。





  届かぬ咆哮




この想いを幾ら叫んでも届かぬなら、手紙でも書いてみよう。
慣れない手つきで、慣れない文字を綴っていく。
きっと、この手紙があいつに届くことはない。だが、それでも俺はペンを動かした。
何ヶ月、何年、何十年かかってもいい。もし本当に輪廻転生というものがあるなら、生まれ変わった彼女にこの手紙が届くように。



さて、何から切り出そうか。
取り敢えず、これだけは書かねぇとな。




愛しき君へ…――









100814白葬様提出





 


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