辺りが見えないような暗闇の中。
ツン、と鼻の奥を刺激するような鉄の臭いに、閉じていた瞳を開いた。


その途端視界に入ってきたのは、窓から射し込む僅かな月明かりでキラキラ光っている金色の髪だった。


寝ている私の上に覆い被さるような格好の彼、ベルフェゴールに嘆息をつく。



「こんな時間にどうしたの?
血が付いているってことは、任務帰り?」


「ん、」



肯定の意味の『ん、』なのか。
僅かにこくり、と動いた首を確認しながら退くように言うが、退いてくれる気配はない。


あろうことか私の首に腕を回したベルからは、嗅ぎなれている"死の臭い"が漂ってくる。
シーツ洗わなきゃな。どこか遠いところに置き去りにしたような意識が、この現状で至極どうでもいいことを呟いた。



「ベル?」



彼の名を呟いてみるが返事はない。
まさか寝てしまったのではと考えたが、長い前髪の隙間から見える長い睫毛が僅かに動いているのが見えて、否定の意を別の思考が唱える。



さて、どうしたものか。血濡れの男に抱き着かれているという異常にも関わらず、まだ冷静な思考がこの状況からの逃走方法を考える。



「なまえ」



ぽつり、
彼の口から出た私の名前は少しだけ震えていて。
普段ならあり得ない彼の様子に、流石に私も困惑を覚えざるをえない。



「なに?」


尋ねながら彼の顔を覗こうと試みるが、私の肩に顔を埋めている彼の表情を窺うことは出来ない。



「……ぃ、てる」


「え、何?」



小さく呟いた言葉を聞き取れなくて聞き返せば、数秒の間の後、若干大きくなった声が私の耳に届いた。


ぽつり、
呟いた彼の言葉に、驚きのあまり開いた口がふさがらない。


確かに彼はこう言ったのだ。
愛している、と。



「ベル?急にどうしたの?
今更愛しているなんて言葉、何かあったわけ?」



困惑の色を浮かべたまま問うが、やはり返事はない。
そんな彼に、私は自然と顔をしかめた。



私たちはもともと付き合っていて、自他共に認める幸せな恋人さんだ。
流石に、毎日愛しているとは言っていないが、だからと言ってこんな夜更けに、血も落とさず部屋に押し掛けてまで言うような言葉ではないだろう。



「あの、な」



ぽつり、
ベルの口から紡がれた言葉に何?と訊きそうになったのを、慌てて飲み込んだ。
じっと黙って、小さな声で紡がれるベルの言葉に耳を傾ける。




「オ前ハ絶対二誰ニモ渡サナイ」




テノールの声が聞こえた瞬間、細く長い指が私の頬を撫でた。
ベルの指についていた血が頬につく。手入れが行き届いている柔らかい髪が私の顔に掛かった。甘い吐息が掛かっている首筋に、真っ赤な花が咲き乱れる。


ベルの髪を撫でれば、金糸が指に絡み付いてきた。
そうだね、と呟きながら白く柔らかい頬に口付けを落とす。
僅かについていた血痕が舌先に触れ、鉄の味が口内に広がった。




「私はベルのモノだよ。ずっと、ベルだけのモノ」




ベルのふっくらとした唇が、言葉を紡ぐために震えた。
顔を埋めていた首筋から顔を上げ、私の顔を真上から見下ろす。
彼の口角は美しい弧を描いていて、紅蓮の瞳も細く細められていた。




「それで、いい」




いつまでも俺だけのモノ。その言葉が紡がれたのと同時に、唇が塞がれた。
ベルの長い睫毛が瞼をくすぐる。赤い舌が口内に侵入してきた。




少年ため






(体を幾ら重ねても、)
(甘い愛の言葉やキスを何度しても)
(まだ足りない)





 


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