In the cage




この屋敷は檻のようだ、と使用人は常々思う。愛らしい娘は生まれた頃からずっと此処に居て、外の世界を観ることを許されなかった。それはひとえにあの人の愛。


「お嬢様、お食事の時間でございます。」

「…」


今日も無言で食事に手をつける娘。大人と言うには早すぎる、まだ幼い顔立ち。しかしこの屋敷の誰よりも大人びて、世界を見据えていた。


「お嬢様…本日は召集がありますので、我々は屋敷を出ますが…」

「構わないわ。逃げもしないし、何もしない。」

「は、はい…」


そう言う彼女の横顔は儚く、使用人は居た堪れない気持ちになりながらも席をはずした。たった一人の夕餉、娘は未だ無表情のまま。









「…時間ね。」


それは使用人が組織と合流したことを表すのか、それとも自分の終焉を示すのか。


「お父様は消えるわ、でも皆は長い年月をかけ…きっと帰りを待つでしょう。」


伏せた瞼の裏が無限の闇に思えた。涙などとうの昔に枯れ、孤独は自分の一部に成り果てた。父が展開する巨大組織、ロケット団の解散。正確に言えば解散させられたのだ、たった一人の少年によって。


「私も、そんな風にお父様に抵抗すれば良かったのかしら…同じ一人なら、そうしたほうが良かったのかもしれないわ…あの子のように。」


たった一人の弟の影が蘇り、感傷に浸る前に切り捨てた。


「自由を望んではだめ、考えちゃだめよ…これからもっと狭くて苦しい場所で暮らしていくんだから…」


目の前は闇、父が好んだ色。しかし今の娘には絶望そのもので、未来など少しも見えなかった。召集と言い消えた使用人達、もうじき押しかけるであろう警察の人間。最初から最後まで逃げ場などない。


「…私を人質にしても、お父様は出てきてはくれないのにね。」


高い天井、豪奢な装飾の施されたシャンデリアを仰ぎ見て自嘲的に呟いたその言葉は、控えめなドアの音でかき消される。ゆっくりと視線を落とし、真正面のドアから覗く人影に目を凝らした。


「…?」


見えたものは少年の姿。迷い込むにしては意図的で、必然性も薄いこと。娘は不思議そうに、固まってしまった彼を見て、座っていた煌びやかなソファから立ち上がった。警察ではなさそうだし一体何をしに来たのだろうと思っていると、少年はハッと我に返り娘に駆け寄る。そしてしっかりと手を掴まれ、意志の強そうな瞳と目が合った。先ほどは遠かったからわからなかったが、こうして近づくと身長差が激しく、見上げた際に首が痛かった。




「…逃げよう!!」

「あっ…」


繋いだ手が熱い。強引に引っ張られ、重い折の中から引きずり出されるような、今までの呪縛から解放されるような気分。今まで一度も出たことの無かった自室、知らない廊下、重厚な黒い扉、そしてその先にある一筋の光。


「…綺麗。」


無理やり動かして痛む足の存在を忘れてしまうほど美しい満月。その月明かりは少年の頬を照らし、娘の鼓動を加速させた。彼もまた、美しかった。


急いで走りたどり着いた先は小さな丘。そこで漸く手を離され、その身は荒い息を落ち着かせるために樹木へ寄りかかった。今まで一度も運動などしたことの無い身体、脆弱な娘は少年に支えられながら再び対峙する。


「…貴方、誰?」


いきなり現れ、そのまま屋敷から抜け出したのだ。何がどうなってそうなったのかなんてわからない。


「どうして、私を?」


疑問を投げかける娘の頬は疲れから上気していた。少年も頬は紅く目は泳いでいる。でもそれは走った疲れなどから来るものではなく、もっと別の熱い気持ちからこみ上げるもの。




「…後で話す、今はついて来い。」


声を聞くのは2回目で、少年の意図が理解できない娘は、ただ黙ってその手を取った。








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新連載、お相手はグリーン。主人公は某組織の娘さんです。












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