ふくしゅう


 いつもは純の部屋で遊ぶことが多いけれど、今日は私の部屋だった。大学入学とともに始めた一人暮らしの部屋は、自分のお気に入りの物ばかりに囲まれた、言わば小さなお城だ。
 可愛らしいぬいぐるみやピンクのベッドカバーで彩られた空間は私のテリトリーであるため、純は何度来てもどこか居心地悪そうにしているのが、いつもちょっとだけおもしろい。

 夏はあらゆるものが解放される季節。隠していた部分を、キレイに着飾りたいと思うのは自然の性だ。二人でいる時にやることではないとわかっているけれど、私はその小瓶の誘惑に勝てなかった。

「くせぇ! 何の匂いだ?!」

 さっきまでテレビを見ていた純が、異変に気づき振り返る。

「ネイル。足の」

 「ネイル?」と純は怪訝な顔で私の足元を覗き込んだ。
 ちょうどベースコートが塗り終わったので、昨日買ったばかりのラメとグリッター入りのネイルの小瓶を、純の前で揺らしてみせる。

「可愛いでしょ。クリームソーダカラーだよ

「クリームソーダ? どこが?」
「どこがってこの色合い。クリームソーダっぽいじゃん」

 最近出た新色のクリームソーダは、クリーミーな白ベースに水色、黄色のグリッター入りの涼しげでポップな印象のカラーだ。

「けど、店で飲むクリームソーダってメロンソーダにバニラアイスだろ? 色が違ぇじゃねーか」
「だからイメージなんだって! そこはつっこんじゃダメなの」
「ふーん……そんなもんかよ」
「そんなもんなの!」

 純は――というより男は、こういうディテールを理解しがたい生き物らしい。女はやれケーキみたいだとか、マカロンみたいだとか、甘いものに例えられるとめっぽう弱いのだ。

「そういや昔、俺もよく塗ってたなー……」

 純がどこか遠い目をして言うので、

「嘘っ?! 純って実はそういう趣味が?!! お姉さんに開拓されちゃったとか?」
「違ぇよ! 昔、ピッチャーやってた時だよ。冬は特に乾燥して割れやすくなるからな」
「あっ、なるほどー。びっくりした」
「気持ち悪ぃ想像してんじゃねぇ!」

 つい、頭をよぎった純子ちゃん像を慌てて打ち消した。

「つーか、一体何本塗る気だよ? この色ついたやつだけじゃねぇのか?」
「ノンノン。まずベースを塗って、カラーを塗って、最後にトップを塗るの。こうすると爪にも良いし発色もキレイで長持ちするから」
「なんかめんどくせぇな。いっぺんにできねぇのかよ」

 と口をへの字に曲げる。

「そんなん言ったら、野球だっていきなり試合しろって言われてもムリでしょ? まず柔軟して、キャッチボールして、身体あっためてからでしょ? 何事も下準備ってもんが大事なの」
「ああ、まぁな。いきなりやったら確かに怪我すんな」
「そうそう。ベースコートだって自爪を傷めないためなんだから」

 爪に限らず化粧だって服装だって、純の見ていないところでいっぱい努力しているのだ。当の本人は、そういうもんなんだって思っているかもしれないけれど。

「あー、ねみぃ……」

 私がこれだけ力説しているにもかかわらず、純は大きなあくびをした。

「なんか昨日寝不足だったからちょっと寝るわ。なまえ、タオルケット借りるぜ」

 そう言って私のお気に入りのタオルケットを被り、カーペットの上に横になった。そして一分と経たないうちに、ぐぅぐぅと眠りこけてしまった。

「デートなのに……」

 デートなのにネイルを始める私も大概ひどいが、昼寝を始める純もかなりひどい。せっかく二人でいるのに。
 憎らしくなってほっぺたをぎゅむっと抓ると、純は「うー」と険しい顔をする。

「変な顔」

 私はため息をつき、再びネイルを始めた。
 数分後。ネイルが良い感じに乾いた頃、純の方を見ると、まだ夢の中だった。
 するとその時、ふとイタズラ心が湧いた。私はネイルのキャップを緩め、慎重に、慎重に作業していった。

 ――………。

「……な、な、なんじゃこりゃー!!」

 純の絶叫が聞こえると、私は読んでいた雑誌から顔を上げ、してやったりの笑みを浮かべた。純が眠っている間、足の爪にネイルしてやったのだ。先ほどのキラッキラのやつを。
 そして言い放つ。

「動かないで! まだ乾いてないから!」
「うおっ?!」

 純はなぜか爪先立ちになり静止する。私はそれを見て吹き出してしまった。

「ウソウソ。もう乾いてるから動いていいよ」
「んだよ!」

 それから純はぷりぷり怒りながら、

「おい、笑ってねーで落とすやつ貸せよ。あんだろ?」
「さぁ?」
「なぁ、なまえ……」
「除光液どこやったかなー?」
「頼むって。サンダルで来たのにこんな足じゃ帰れねぇだろーが」

 決定。今夜はお泊まりコースだ。


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