眠りを誘うカモミールでさえ、僕を眠らせてはくれないだろう。
三日月がはっきりと窓から見えるようにベッドへともたれ、小さく溜息をついた。
「・・だれか僕を眠らせてください。」
僕は昔から何故だかひとりで眠りに就くことができなかった。
過去の記憶は既にないが、ただ寂しいだけだろう。誰かが隣で目を閉じて、眠りに就く姿を見ると安心して共に眠るのだ。
僕は再び溜息をついて枕へと顔を埋める。水色の瞳には確かに冷たさを感じる暗闇を受け止めながらも、闇は僕を受け止めてはくれない。
***
コンコンと扉の向こうから軽くノック音が聞こえた。
僕はすぐさま体を起こし、ドアの向こうを見つめる。水色の瞳が少し震えだしながらも、どことなく期待を胸に寄せ、唇をゆっくりと動かした。
「どうぞ。」
声と同時に扉は開き始め、その先には眼に残るほど鮮明な赤色だった。
「また今日も眠れないだろう?」
右手には白色のトレーを持ち、その上には純白のティーカップが2つあった。
赤い髪より強い赤色の瞳で僕を見つけると、目を軽く細めて近づいてくる。
「赤司君・・。」
赤司君はベッドへと座り、持ってきたティーカップを僕の手へと運んだ。ティーカップの中には紅茶が入っていた。
ほんのり香るローズの香りのストレートティーは鼻を刺激して、心を落ち着かせる。
だがディンブラでさえ、僕を眠らせることはできないのだ。
「今日も一緒に寝てあげるよ。」
言葉とディンブラの香りの優しさは徐々に僕の心を暖め始めて、僕は頷いた。
紅茶を口へ運び、体の中まで優しさが伝わっていく。
***
赤司君は僕のベッドへと体を投げ出し、シーツへと顔を沈めた。
僕は軽く笑みを零し、ランプの明かりをそっと消す。そして僕らは1つの枕に頭を乗せ、互いに顔を見合わせた。
目が合った瞬間に僕らはぷくくと声を漏らし、より体を近づけあう。
僕を夢へとはじめて向かわせたのは彼の瞳だった。
鮮やかな赤い瞳が僕の目の前でゆっくりと目を閉じるのにつられて僕の瞳も徐々に細くなっていく。
はじめての夢は強い赤。
眠りの恐怖さえも赤は完全消し去ってくれた。そのとき僕は彼なしでは生きていけないと思った。
しかし、それは違ったのだということが今になって気づかされる。
***
小鳥の囀りと朝日で目を覚ます。
赤い瞳をもつ彼よりも大きな手が僕を握っていた。
「・・・ん。」
僕は隣へと視線を向け、水色の瞳に徐々に黄色が混じりだす。
「きせく・・・」
僕の声に耳がぴくりと動き、黄瀬くんは瞳をゆっくりと開けた。
黄色の瞳が瞳より淡い黄色の髪の毛がかかる仕草にときめきながらも僕は彼から視線をそらすことができなかった。
「おはよ。」
絡み合っていた手が解けだし、僕の頬へと手を伸ばした。
僕が少し驚いた顔を見せると黄瀬くんはくすりと笑みを零して僕を見つめた。
これがあのときの終わりで、これからの始まり。
僕はきっと自覚しているはずだ。
強い酸味の刺激より、より甘くて痛みを感じない優しさに包まれることが本望である、と。
所詮、林檎の甘さ程度では蜂蜜の甘さのように溶けはしない。
僕は僕の頬に触れた大きな手を自分の両手で覆い、そっと口付けをした。