あいうえお題

エンカウント(赤青)
よっ、と朗らかな呼び声とともに軽く背中を叩かれた。振り返れば青空がいつもの人当たりの良いにこやかな笑みを浮かべていて思わず顔がひきつってしまうが、それでもお構いなしに青空は話し掛けてくる。

「何してるの」
「黄桜待ってんだよ」

悪い少し遅れる、とメールが届いたので駅のコンビニで立ち読みして時間を潰していたのだが、まさかこんなところで今一番会いたくない奴に出くわすなんて。

「お前は」
「ん?ああ、黒夜と待ち合わせてるんだけどまだ来なくって」

内容なんてひとつも頭に入ってこない雑誌に視線を落としたまま尋ねると、まああいつが遅刻するのはいつものことだしねと笑う。
どうしてこいつは変わらず普段通りに振る舞えるんだ。楽しげな青空を横目にあからさまにため息をついてみせると、いきなり顔を覗き込まれ思いきり視線がかち合う。近い近い、近い。

「んだよ」
「だって目合わせようとしないし」
「気のせいだろ」
「冷たいね」
「別に普通だろ」
「そうかな」
「そうだよ」
「キスまでした仲なのに」

短くなげやりに返事をしていると、青空はわざとらしく肩をすくめとんでもない爆弾発言を叩き込んできた。黒夜いわくニコニコ顔で。
ああ、もう。黄桜でも黒夜でも、どっちでもいいから早く来てくれ。頼むから。


海(千蹴)
心地よく揺れる微かな振動に二人してうとうとしていると、車内アナウンスが目的地を告げはっと飛び起きる。さっきまで数人いた乗客も前の駅で降りてしまったようで、車内にはもう二人しかいない。
潮の香りに誘われるように窓を覗けば、目の前には光を浴びて眩しいくらいに輝いている海が広がっていた。

「うわー!千手さん見て見てすごーい!」

隣で身を乗り出してはしゃいでいる成神と同じように、体ごと窓側に向けて海を眺める。海をこんなに間近で見るのは久しぶりだ。
電車を乗り継いでやって来た、遠く離れた小さな町。誰も俺たちを知らない。まるで駆け落ちみたいだと耳打ちしてみれば、成神はどんな表情を見せるだろうか。想像して、ちょっとだけ笑う。
もちろん、遠出を心配していた姉の元へきちんと送り届けるが。千手さんの言うことをちゃんと聞くのよ、と念を押されたらしい。完全に保護者扱いだ。

「楽しみだな」

はいっ、と元気よく答える成神の髪の毛が風に吹かれてさらさらと流れるように揺れている。まだ春には遠い風は少し冷たい。
誰もいないのをいいことに、俺たちは光る海を見つめたままそっと手を重ねた。


苛立ち(如鳥)
教室に戻ると、如月の机に先ほどまではなかったピンク色が目についた。とくにその話題には触れずに、席替えをしたにも関わらず連続で隣同士になってしまった席に座れば、これ、と如月から切り出してきた。

「調理実習で作りすぎたんだって」

あっそ、と適当に返す。確かに隣のクラスは前の授業が調理実習だったが、それだけが理由とは思えないほど随分と丁寧にラッピングされている。送り主からの意図には気づいていないらしい如月は、結ばれたリボンを長い指先でほどいてゆく。
袋いっぱいに入った、綺麗に形が整えられたハート型のクッキーに如月はわあすごいと感嘆混じりの声をあげるが、俺はただただどうでもよくて、甘ったるい香りに胸焼けを起こしたのかむかつきさえ感じていた。
食べる?クッキーをひとつ摘まんだ如月が、にっこりと人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、もう片方の手を差し出す。

「いらねぇ」


朝の光景(かお蹴)
「かおる、今日はネクタイちゃんとしておいたほうがいいよー」

あくびとともに制服に袖を通していると、目線はネクタイを結ぶ指先のまま蹴治がまだ眠たそうに呟く。

「あー、そういや検査するんだったな」
「そうそう」

昨日のホームルームでの担任の言葉を思い出す。朝っぱらから服装検査なんて、面倒なことこの上ない。とはいえ抜き打ちじゃないだけまだマシだろう。
検査に引っ掛かると余計に面倒くさいので、いつもは雑に緩くしか結んでいないが今日一日ぐらいはきちんとしておこうと決めたはいいが、肝心なものが見当たらないことに今さら気づく。

「ない」
「え?」
「ネクタイがない」
「えー!もう、また放ったらかしにしたんでしょっ」

怒りながらも辺りを見渡してネクタイ探す蹴治は、ぐちゃぐちゃに散らかった布団を引っ張りあげるとやっぱりここだと言わんばかりの表情でネクタイを取り上げる。布団の下敷きになっていたせいで、かなり悲惨な状態になっているが。

「うわ、しわくちゃだ」

でもしないよりはいいよね。掴んだネクタイを俺の首にかけようと手を伸ばしているが、やりにくそうなので少し屈めば、ぎこちない手つきで一生懸命ネクタイを結ぶ蹴治との距離が自然と近くなる。こんな風に朝から甲斐甲斐しくネクタイを結んで貰えるなんて、まるであれだな。あれ。
ふふっ、と蹴治が照れくさそうな笑いを溢す。堪えていたのにつられて俺も口元が緩んでしまった。蹴治、名前を呼ぶとネクタイを持ったまま顔をあげる。唇と唇が触れ合うまで、あとほんの数センチ。


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