INFINITY | ナノ


『うえっ!』
「変な声」


社長に用事があって事務所に寄って、帰ろうと廊下を歩いていると、いきなり後ろから腕を掴まれた。前を歩いていた甲斐くんと一緒に後ろを振り向くと、国民的アイドルがニンマリ笑っているではないか。そういえば、何日か前に着信が入っていて、折り返しするのも忘れてそのままだったっけ…と思いだした。


『びっくりしたー!』
「つっかまーえたー」
『和也さん、心臓止まります』
「電話しても出てくれないからさ」
『え、電話出えへんから事務所までストーカーしてきたん?』
「そんなわけないでしょ」

大人気アイドル嵐の二宮和也がストーカーをしているとなったら、世間は大騒ぎだ。今だに話してくれない腕を一生懸命離そうとしたけど、なかなか離れず諦めかけた時、甲斐くん!と二宮さんが声を上げた。

「なんだよ」
「甲斐くん帰っていいよ」
「なんで」
「名前もう帰るんでしょ?」
『まあ、帰宅しますけど』
「じゃあさ、行くよ」
『…どこに?』
「俺送って帰るから!甲斐くんお疲れ」
『えっ?!』
「ちゃんと送ってけよー」
『え、ちょ、甲斐くん!和!』

腕を引かれながら甲斐くんから段々と離れて行く。助けを求めたけど、最近できた彼女に「早く終わったから今から行く」なんて電話をしている甲斐くんに「薄情者!!!」と廊下の角を曲がると同時に叫んだ。どこに行くのかと思ったら外に泊まっていた1台の車。後部座席に押し込まれて座ると、どうやら二宮さんの移動車のようで、マネージャーが運転席に座っていた。


『拉致やって!ねえ、助けてって!』
「車出して」
『和、どこ行くの?』
「ん?ご飯」


発進してしまった車の中で、もう無理だと諦め大人しく座ると、当たり前のように言った国民的アイドル改め誘拐犯。私の腕を掴んでいたはずの二宮さんの手は、何故か今度は私の左手を握っていて、指まで絡んでる。何この手、とその繋がっている手を見ると、何かおかしいことでもある?と言いたそうな顔をされた。


『何で手繋いでるん』
「いいじゃん、こんなところでしか繋げないんだから」
『いやいや、おかしいやん、マネージャー居るし私一応既婚者やねんけど』
「大丈夫、うちのマネージャー口硬いから」
『いや、そういう問題ちゃうって』


そんな言い合いをしているうちに車が止まった。「いくよ」と言われて車を降りるとどうやら知り合いの店のようで、個室に案内された。なんだかよく把握できていないうちに拉致され、車に乗せられ、和食屋さんに連れて来られ、今目の前には物凄く美味しそうな料理が並んでいる。ジョッキに注がれていたビールまで輝かしく見えた。たしか、お昼ご飯もたべていなかったな…、いただきます。と手を合わせると、2人でビールジョッキをぶつけた。


『あんなことしなくても、普通に誘ってくれたらええやんか』
「だって何回電話しても捕まらないから」
『びっくりし過ぎて心臓止まるかと思った』
「そんな簡単には止まりません」
『はぁ…ってか和ってこういう店くるんやね』
「翔くんが予約してくれた」
『へー、翔くんがねー。ん、おいしい』
「どうですか?結婚して」
『んー、付き合ってるときから一緒に住んでたし、何が変わるってプライベートでは名字から錦戸に苗字は変わったけど仕事では変わらず名字のままやし、あんまり大きな変化はないねんなー』
「ふーん、そんなもん?」
『うん、そんなもん。和は?結婚とかせえへんの?』
「俺?まだ先かな」
『相手は?』
「相手?いるよ」
『居るの?結婚せえへんの?』
「人のもんなんだよね」
『…え、不倫?!』
「だから待ってんの。離婚すんの」
『何それ、わざわざ不倫なんかしなくても居るやんいっぱい』
「それがいないんだな」
『そんなにいい子なん?』
「めっちゃいい子」
『ふーん、そんなにほれ込むのなんて珍しいやん』
「俺だってね、人を好きになることだってあるんですよ」


弱いくせに、ジョッキに半分残ったビールを一気に飲んだ和。そんなに思ってる人が居るなんて知らんかったし、和には幸せになってほしいと思うから応援はしたいと思うけど、このご時世、不倫なんてバレた日には大変なことになるんだ。

『気を付けてね、パパラッチうろちょろしてるで』
「本当、その子も同じ業種だから気を付けないと」
『え、芸能人?』
「うん、分類も同じ」
『それはなに、女優?歌手?タレント?』
「演技は色んな賞取るくらい上手いし、歌はボーカルやってるくらいだから抜群だし、バラエティー出てもめちゃくちゃ面白い」
『オールマイティーやん。誰やろ…名前は?』
「それは教えません」
『じゃあ、性格は?』


和の浮いた話なんてあまり聞かないもんだから、興味が湧いてきて前のめりになりながら聞いてみると、目の前の恋する国民的アイドルはテーブルに肘をついて頬杖をつきながら枝豆をつまんだ。


「んー、サバサバしてて一緒に居て飽きない子」
『へー、いいやん。年は?』
「1個下だけど、早生まれ?」
『いいやん』
「料理も上手いし、スタイルもいいし、いいとこのお嬢さんだし」
『良いことづくめやん。じゃあさ、嫌だなってところは?』
「俺の連絡簡単にシカトするとこ」
『え、和それっていいように遊ばれてるとかやないよね?』
「それと、訛ってる」
『方言ってこと?』
「まあ、それもかわいいんだけどね」
『惚気ますねー』
「それと、周りの輩がうるさいところ」
『輩?』
「男友達も多いから、常に7人くらい男がいて一緒にご飯とか行こうとすると必死に阻止されんの」
『何それ、凄いな』


眉間に皺を寄せながら驚くと、和はクスクスと口を押さえながら笑った。


「でも、その子には悪気はないし、一緒にお酒飲めば俺のペースに合わせて飲んでくれるし、いつも頬っぺた落ちるんじゃないかなと思うくらい笑ってるからこっちまで元気になんの」
『へー、いい子なんやね』


少し俯きながら話していた和がこっちをじっと見て、少しだけ口角を上げながら「めっちゃ好き」なんて言うもんだから、少しドキッとしてしまった。「恋する和かわいい」なんて言うと「うるさい」なんて少し照れてた。


「だから、離婚するの待ってんの」
『他の子に行こうとは思わへんの?』
「最近好きになった子ならいいかもしれないけど、それくらいじゃ諦められないくらいに長く片思いしてたの」
『へー、全然知らんかった。どのくらい?』
「もう6年くらいかな」
『それは諦めるの大変よね』
「でしょ?」


うんうんと頷いてみると、また顔を押さえながらクスクス笑っていた。私何か変なこと言うたかな?なんて思ったけど、きっとその子のことを思い出してニヤケてるんだとその場を流した。出不精でめんどくさがり屋な和だけど、こんなにかわいいところもあるんだなとほっこりした。


「Jもそれくらい片思いしてるんじゃないかな」
『え、潤も知ってる子なん?じゃあ私も知ってるかな、ってか潤も不倫してるん?!』
「知ってる子」
『え…誰やろ』


ジョッキを片手に考えてみたけど、同世代のオールマイティーなんてなかなか頭の中に浮かばず、汗をかき始めたビールを喉に流し込んだ。その間も和はというと頬杖を突きながらこちらを見てニヤニヤした顔を崩さない。それからも、「事務所は?」「それ言ったら分かっちゃうよ」「じゃあ、身長は?」「俺より低い」「出身は?」「西日本」「もうちょい!」「近畿地方」なんて質問攻めをしている時も、幸せそうな和の顔が嬉しかった。


『亮が言ってたで、和に連絡しても帰ってこないって』
「ああ、メール入ってた。名前には毎日連絡するのに何で俺にはくれないんですか!って」
『たまには返してあげてよ?』
「気が向いたらね」
『ご馳走様でした』
「その代わり今度デートしてね」
『その彼女に悪いやん』
「大丈夫」
『ならええけど、じゃあおやすみ』
「うん、おやすみ」


マンションの前まで送ってもらって、バイバイと手を振って別れた。タクシーに乗ったままの和が私が見えなくなるまで見送って、その後発信したタクシーの中で笑いながら「どんだけ鈍感なんだよ」と呟いていたなんて私は知らなかった。


Who is she?
(それってさ…)
(え、侯くんわかるん!?誰!?)
(…いや、何でもない)
(え、誰って。教えて!)
(自分で考えや)
(ケチ―)
((…お前のことやん))


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