INFINITY | ナノ


大倉が楽屋に戻ってきたのは、他の撮影で中抜けしなければいけない名前が出発してからやった。名前と甲斐くんが帰ってきたのは、それから2時間後のこと。ただいまー
!と楽屋の扉を開けた名前にそれぞれが答えるも、大倉からの反応は薄い。楽屋の空気は最悪やった。


『信ちゃん』
「ん?」
『畠山さんが村上君によろしくって』
「おお、あの人元気やった?」
『元気過ぎて困るわ、あの人』


困ったように笑う名前の背中をポンポンと叩いた。右手に持っていた袋を開けて、中に入っていた箱をテーブルの上に広げる。中に入っていたのは、老舗の和菓子屋さんの豆大福で、名前が前に差し入れで持ってきた時に大倉が珍しく3つも4つも食べた大好物。甘いもの好きのマルが1番にその大福に飛びつくと、名前はにっこり笑いながら2つマルの手に乗せた。マルが自分の席で大福の袋紙を開けるのを見届けてから、名前は大福の箱を持って大倉が寝そべっているソファーへと歩む。ソファーの下に膝をつくと、のぞき込むように箱を差し出した。


『忠義』
「なに」
『好きやろ?これ。近く通ったから買ってきてん』
「お腹いっぱいやねん」
『…そっか。テーブルの上置いておくから、よかったら後で食べてな』



『なあ、忠義今日の飲み会来うへんの?』
「うん」
『みんな来るで?』
「先約あるってさっき言うたやろ」
『急やもんね。約束ある方が先やんね、ごめん』


『ねえ、これどっちがいいと思う?』
「…」
『忠義』
「どっちでもええやろ」
『忠義の好みは?』
「どっちも嫌、どいて」
『…ごめん』


何だか様子がおかしかった大倉に気が付いていた名前は一生懸命話しかけるも、あからさまに大倉が煙たがる。見ているこっちが泣けてきそうなくらいに名前の眉は段々と下がっていった。誰も大倉に話しかけることなくそっとしておいたけど、そろそろ限界やな。大倉の気持ちも少しはわかるからと思って何も言わんかったけど、これじゃ名前がかわいそうや。大倉が再び楽屋を出て行ったのを見て立ち上がると、俺が一歩踏み出す前にヤスも楽屋を出て行った。きっと、ヤスも痺れを切らして話をしようと大倉を追ったんやろ。俺が言うよりも、仲のいいヤスが話をした方が穏便に済むやろう。とりあえず、ヤスに任せてみようと、立ち上がった椅子に再び座ってコーヒーを啜った。





大倉の後を追って楽屋を出たはいいけれど、どこに隠れたのか姿がなかなか見当たらない。
喫煙所にも居らんかったし、ジュースでも買いに行ったのかと思って自販機まで行ってみたけど姿はなかった。廊下に出て1人になれそうなところを探した。あいつどこ行ったんやろ。もう他に探す場所がないな…と諦めて楽屋に帰ろうとしたら、非常階段の扉が少しだけ開いていた。


「大倉」
「ああ…ヤス」
「なにしてんねん、こんなところで」


普段は人が居ないようなスタジオの非常階段。少し扉が開いていたから覗いてみると、身体は大きいくせに小さくなっている背中が見えた。隣に座ってみると、小さなため息が聞こえる。それに気が付いて大倉を見てみた。


「今日のご飯、ほんまに行かんの」
「うん」
「それで?名前に当たりが強いのはいつ頃解消されるん?」
「俺なにがしたいんやろな。自分でもわからんわ」


俯いて小さく笑う大倉を見て、胸が痛くなる。大倉がずっと、僕たちとは少し違う目で名前のことを見てたことを知ってるから。自販機で買った缶コーヒーを渡すと、ありがとう。と受け取ってプルタブを開けた。


「俺さ、名前のことほんまに好きやってん。亮ちゃんと別れて俺と付き合おうとか、好きやでとかよく名前に言うてたやん」
「うん」
「名前は冗談やと思って流してたけど、俺冗談で言うたことなんて1回もないねん」
「うん…」
「名前と亮ちゃんが付き合ってるって聞いた時はさ、びっくりしたし悔しかったけど、まだどうにかなると思っててん。付き合ってたって一緒に住んでたって、名前と一緒に居る時間が長かったのは俺やし、一緒に居られるように毎日ご飯誘ったし、楽屋でもプライベートでもいつも隣に居ったし」
「うん」
「…いつか…こっち振り向かせてやろうって思っててんけど…結婚しちゃったらさ…もう無理やん」


大倉が名前のことを振り向かせようと必死になっているのは普段からわかっていたし、冗談やないことはみんなわかってた。それは亮も同じで、やから名前と大倉が2人で遊ぶことを良く思っていなかったのも知ってる。


「覚悟はしててん。そろそろ結婚ってなるやろうし、この間婚約もしたわけやし。ゼクシー持って集合なんて女子会もしたわけやし」
「うん」
「でもさ、実際結婚したんやって目の当たりにしたら…やっぱりきついな…」


大倉の中では名前が1番で、でも名前の気持ちを大事にしてやりたいと思って亮との交際を祝っていた大倉やけど、今までは表にこうやって出さんと冗談のように見せてきた。でも、何かの拍子で鍋から噴きこぼれることもある。それが大倉にとったら今やったってことやろう。


「おめでとうって言わなあかんこともわかってんねん。自分でも今更何してんねんって思ってんねん。わかってんねんで、俺も」
「そうやな。普段の大倉やったら、すぐ吹っ切れたと思うねん」
「俺もそう思う」
「大倉の片思いはちょっと長すぎたからな」
「片思い言わんといて、辛い」
「ごめん、でもデビュー前からやろ?」
「…もう15年くらいかな」
「ようそこまで好きでいられたな」
「なんでやろな。俺にもわからんわ。でもさ、章ちゃんも好きやったやん」


大倉が名前のことを想い始めたのは、デビューする前。大倉が関ジャニ∞に入ってすぐのことやろう。名前が一生懸命大倉、大倉って世話してたことがきっかけになったんやと思う。そんな話を酔っぱらった大倉が話していたのを覚えてる。俺も名前のことすきやった時期があったけど、それはもう過去の話で、大倉とは違い名前の気持ちがこっちを向かないことはなんとなくわかっていたから、いい友達としていようと思えたのも早かった。


「俺は…名前の中ではいい女友達やねん」
「ヤスいつからオネエやったん」
「あほ、ちゃんと男や。女友達みたいなもんってこと」
「俺も、名前の中では冗談ばっかり言ってる弟の忠義やったんやろなって。嫌々付き合ってくれてたんかな」
「俺さ、名前が大倉のこと好きなの知ってるで」
「え?」
「まあ、名前の好きと大倉の好きはちょっと違いがあるやろうけど」
「うん」
「名前も大倉の言ってることとかやってることとか、冗談やないってわかってるで。大倉が名前のことほんまに好きやってこともわかってる。でも、冗談やって受け取らんことにはどうしたらいいのかわからんかったんとちゃうかな。傍に居れば居るほど大倉は辛くなるかも知らんけど、名前、大倉と居るの好きやから」
「…ほんまに?でも、やっぱり適切な距離にもならんとあかんのかなって」
「前に言っててん」





『あかんよな、私』
「どうして?」
『忠義を突き放すべきやねん。期待には応えられへんって。でも、名前名前って来てくれえる忠義に甘えてる。一緒に居りたいねん。忠義も私の大切な人やから。もちろん章ちゃんも』
「ふふ、ありがとう」
『私には…突き放すなんて出来ひんよ…私が全部悪いねん』
「名前が悪いわけちゃうよ。大倉も大切な人やもんな」
『あかんな、私。それじゃ…あかんよね』







「ちゃんと大倉の気持ちもわかってんねん。大倉と名前がちかい存在やなかったら突き放すことも出来たかもしれん。でも亮以外の人間で1番近いのが大倉で、1番心の休まるところやねん。ほんまの弟みたいに思ってる。亮と喧嘩したときやって、大倉のところに行ったやろ?」
「うん」
「名前にとったら、今の大倉との距離が1番適切やねん。大倉が大丈夫やったら、そんな名前の拠り所をなくさんといて欲しいなと俺は思うねんな」
「うん…」
「名前も今悩んでんねん。大倉とどうして接してあげたらええんかなって。大倉の見たことない態度にびっくりしてしまってんねん」
「大人げないのはわかってる」
「そうやな。ちょっとさっきのはな」
「…うん」
「今日やって、ほんまは予定ないんやろ?」
「ヤス、頭のお花から人の考えてることもわかるようになったん」
「もともと今日ご飯行こうって言ってたやん」
「ああ、そうやったっけ」
「少しずつでいいやん。忘れんでも、好きでいたらええと思う」
「…」
「やってさ、気持ち押さえて押さえてってやってたらまた爆発するで?」
「うん…」
「俺は亮と名前のことも応援してるからこんなこと言うのもあれかも知らんけど、もしかしたら離婚するかもやんか」
「はは、今日籍入れたばっかりやんか」
「そうやけど、結婚したからって諦める必要もないし、今更名前との関係っていうか付き合い方変えんでもええと思うで」
「そうなんかな、」
「いいやん、好きやったら好きって言い続けたって。もしかしたらそのうちすんなり諦めが付くかもしれへんし、もしかしたら大倉に名前以上に好きになれる人が現れるかもしれへんし」
「この15年間いろんな人と付き合ってみてあかんかったのに?」
「まだ出会ってないかもわからんやろ?」
「まあな」
「まあ、亮は面白くないかもしれへんけど、名前と2人でいままで通り遊びに行ったらええねん」
「うん」
「まあ、それ以上のことはあかんけどな」
「それ以上ってどんな?」
「ほら、キスとか、まあ、友達とか兄弟ですること以外のこと」
「…それは保証できひん」
「それは絶対隠し通してください」
「あはは、いいんや」
「いや、あかんけど!」


目に涙を浮かべていた大倉から、やっと少しずつ笑顔が見えてきた。僕はちょっとホッとしました。


「俺さ、大倉が名前名前って追いかけてるの好きやで」
「んはは、なんやねんそれ」
「なんかさ、微笑ましいなって」
「俺は真剣やねんけどな」
「そうやねんけど、大倉と名前が笑ってるのが1番ええわ。やっと笑ってくれて安心した」
「ごめん」
「謝らんでええよ。で?今日の飲み会行くやんな?」
「…お酒飲んだら言うかもしらんで、何で亮ちゃんなんとか、俺と結婚しようやとか」
「言ったらええやん。いつものことやろ」
「めんどくさいやん」
「今更なにいうてんねん。名前は毎回ちゃんと受け止めてきたやろ?みんなもいつものことやって思うし」
「おめでとうって言うてくるわ」
「その前に、赤くなった目冷やして行きや。泣いたのバレるで」
「ヤスかっこいいな」
「んふふ」
「ヤス、ありがとう」
「俺は何にもしてへんで」
「またかっこいい」



大倉に隠し持ってきた保冷剤を渡すと驚いた顔をしていたけど、ありがとうと言って素直に目に当てていた。それを見て立ち上がる。少しは大倉の気持ちが落ち着いたやろか。よく、渋やんがメンバー内恋愛は禁止です!なんて言うてるけど、名前が加入した時から一筋縄ではいかないことは関ジャニ∞みんなが思っていたことやと思う。それでも、名前と一緒にデビューしたくて歩んできたここまでの道。きっと、男女混合というグループ形態も、大倉も他のメンバーも1度は名前を好きになった事も、亮と名前が付き合って結婚したのも、大倉と名前の付き合い方も、きっと意味があって間違いじゃなかったんやと思う。僕は、そう願ってる。







心配して来てくれたヤスと話をしたら、少し楽になった。楽屋に戻ってみるとすぐに収録が始まって、その後また別の仕事に行かなければいけない名前と話をする時間はなかった。収録中に名前と亮ちゃんが結婚しました。というFAXは関係者各位に発信され、テレビをつけてみるとワイドショーでは2人の話題で持ち切りやった。言葉でしか聞いてへんかったから、スマホを開けばネットニュースに、テレビをつければコメンテーターがお似合いですね、美男美女カップルで!なんて言っているのを見て現実味が増していった。今でも諦めがついたわけやなくて"結婚"や"おめでとうございます"なんてワードを聞くと胸が苦しくなるのは変わらへん。でも、俺が1人で騒いでも何もならんということはわかっているつもりやったから、次に名前に会えるマル主催の今日の祝いの席では、きちんと面と向かって"おめでとう"を送らなと思う。


「落ち着いたか?少しは」
「うん」
「あれ、ちゃんと食べたれよ。ヨコが最後の1個食おうとしたら名前が必死になって守ってたから」


信ちゃんが顎で指した方を見てみると、さっき名前が俺に持ってきてくれた大福で、大きな箱の中には残る1つ。甘いものはあまり自分からは食べないすばるくんも名前が持ってきたものなら必ず1つは食べるし、横山くんも好きなこの大福を食べるなと阻止するのは大変やったと思う。名前に冷たい態度をとった俺の為に買ってきてくれたんやなと、必死に阻止している姿を想像して小さく笑いながら手に取った。もっちりした厚めの餅の中に、甘すぎない程よい量で入っているつぶあん。
次に頭に浮かんだのは、冷たい態度をとっていた時の名前の寂しそうな、悲しそうな顔やった。ほんまに何してるんやろ俺。名前の泣きそうな顔なんて見たくないのに。

「…ごめんな」

あと一口で食べ終わってしまう大福を見つめながら言うと、隣で帰り支度をしていたヤスがグッと口角を上げた。



tangle


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