INFINITY | ナノ



※「涙のあと」の前のお話です。




価値観ががっちり合って、相性のいいカップルなんてどのくらい居るんだろう。違う環境で育って、性別も違えば親も違うんだから、意見の食い違いというのはあって当然だと思う。喧嘩も長年一緒に居る上では必要要素だ。特に、私たちみたいに同じ仕事をしていて同じグループで活動していて、そして同棲もしているとなると、1日中一緒なことも多い。些細な喧嘩なんて日常茶飯事。それでも何とか仲直りをして次の日の朝には「おはよう」と笑っていられる関係で居られていると思う。でも、今回はちょっと違ったのかもしれない。

一緒にいると言うのは、いい事も悪いこともたくさんある。日頃から、積もり積もった不満や不安が些細な一言や言動で爆発することもある。付き合い始めのようにトキメキが少なくなり、段々といろんなことが普通になっていく。家に帰れば居るもんだから、遊ぶ相手は友達へと徐々にシフトチェンジしていく。


『ただいま』
「おかえり」
『…あれ、どっか行くん?』
「友達と会ってくるわ」
『え?』
「今日飯食べてくるからいらんで」
『ちょっと待って、今日外でご飯食べようって約束したやん。お店も予約取ってんねんで』「ああ…それ来週ちゃうかったん」
『違うよ。予約しとけって自分で言うたんやん』
「悪い、今日友達が大阪から出てきてんねん」


お互い忙しくて、一緒に住んでいてもご飯を食べる時間も少ない。明日、たまたま2人の休みが重なったから、せっかくだし外にご飯でも食べに行って朝から海に行こうと話していた。それが今から3週間前の話だった。たしかに、亮はパソコンをいじりながらだったから話半分で聞いていたかもしれないけど、行ってみたかったお店にも個室を予約して、昨日から海に行く用意もして、久しぶりのデートだからと服も新調した。髪もメイクもヒロちゃんにキレイにしてもらってきたのに。楽しみにしていたのは、私だけだったのかもしれない。いつもなら「そっか」なんて言えてたかもしれないけど、今日の私は気合を入れた分ご機嫌が斜めだ。いつもよりもイライラしてる。



『私の約束の方が先ちゃうの?』
「お前はいつでも行けるやん」
『いつでも行かれへんから今日の予定つくったんちゃうの?』
「一緒に住んでるやん」
『住んでるよ。でもお互い仕事忙しくて家に帰ってきても寝るだけやん』
「大阪から会いにでてきてくれてんねん」
『そうかもしれへんけど、でも私やって』
「お前もこの間すっぽかしたやろ」
『それは仕事やんか…海、行かんの?』
「朝までコースやと思うわ」
『海行く言うてたから、寝室に用意してんけど』

その時、亮のポケットの中で携帯が震えた。会話を妨げたその音を耳で受けると、鞄を持って亮が外に出て行こうとする。「ちょっと待って」と服の裾を引っ張った。


「なに?」
『何って…それだけ?』
「なんやねん、下で待たせてんねん」
『私の約束は破ってもなんとも思わへんねんな』
「飯食って海行ってなんていつでも行けるやろ」
『さっきも言うたやん、行かれへんから今日と明日で予定建てたんやろ?』
「お前も行くやんか。友達と飯くらい」
『何なん、その態度』
「なにがやねん」
『亮がすっぽかしたのに、何でそんな態度で居れるの?』
「別に普通やろ」
『…そんなんやったら一緒に居られへんよ』
「……結婚発表する前でよかったんちゃう」
『…っ、…そうやね』


目の前が歪んだ。顔を手で覆うと、背中でドアが閉まる音が聞こえた。シンと静まり返った大きくため息が出ると同時に、何でこんな新しいワンピースまで着て、髪も巻いてもらって、明日の用意までバッチリしているのだろうと自分の姿を見て、溜まっていた涙が目からこぼれた。とりあえず、予約していた店をキャンセルしようと電話を掛けた。最近、なんだかそっけないことはわかってた。倦怠期という時期がこれまでなかった私たちにとって、こんなことは初めてだったから少し戸惑った。ライブがあって、ドラマがあって、映画の撮影も始まって、お互い忙しくなっていて相手の嫌なところが目についてしまっていたのかもしれない。撮影が上手く行かず、亮に当たってしまったこともあったかもしれない。倦怠期に突入した私たちにとって、打開になればと思ったデートだった。

それが、どうして…こんなことになるなんて思ってもみなかった。さっき、さらっと言ってしまった言葉に対する亮の言葉が頭の中を巡る。「結婚発表する前でよかった…」それは、これで関係が終わったということなのかもしれない。水を飲もうとキッチンに立った。コップを取り出して、冷蔵庫の中のミネラルウオーターを取り出そうとすると、左手からコップが滑り落ちる。パリンと床の上にガラスでできたコップが打ち付けられた。自分にしか聞こえないため息と共に割れたガラスに手を伸ばすと、指先から赤が滲む。割れたガラスを積み上げるカチャンという音が部屋の中に響いた。もうこうなったら切った指なんてどうでもいい。キレイに床を片付けると、新しいコップで冷たい水を喉へと流した。

廊下にある姿見で自分の姿を見てみると、セットしてもらった髪はぐちゃぐちゃ。キレイにメイクをしてもらった顔は、涙でボロボロだった。


『…アホやな、私』


このまま家の中に居たら、私はきっといろんなことを考えてしまう。ダイニングテーブルの上に置いてあったバッグを掴み、家を出た。今は何も考えたくない。きっと、今頃亮は久しぶりに会った友達と一緒に飲み明かしているんだろう。それを思ったら腹も立ってきた。顔が知られている私が、夜も更けているとはいえこんなところで泣いていたら週刊誌のいい餌食だ。とりあえず、タクシーに乗ろう。アイツの大好きな美味しいものをたくさん買って、おいしいワインを持って、マンションの前へとやってきた。休みだと聞いていたけど、部屋にはいるのだろうか?彼女が居たら、大人しく家に帰ろう。もう1度涙を拭いて、部屋番号を押した。


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