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僕の愛する人は、人生をリセットしてしまった。




「…いま、なんて?」


真っ白な部屋。
目の前に座る初老の男性に、僕は質問をするので精一杯だった。
真っ白になった頭は、何も考えれない。


「…残念だけれど、脳に障害が残ってしまった。」


その後のことは覚えてない。
医者は言う。
彼女は事故の後遺症で脳に障害が残ってしまった。
記憶が何もない、と。



真っ白な部屋に、僕の彼女はいた。
真っ直ぐ窓の外を見つめる横顔は、見慣れた顔だ。
声をかけていいのかわからなくて、彼女にゆっくりと近付いてから傍の椅子に腰をおろした。
椅子のたてたギシッという音に気付いて、彼女がゆっくりと僕の方に顔を動かす。

ぱちり。
視線が合うと、彼女は困ったように微笑んだ。


「…あの、」
「こんにちは」
「…こ、こんにちは」


申し訳なさそうに口を開いた彼女が、何を言おうとしたのかわかってしまったから。
僕は先手を打って彼女より先に挨拶をした。


「…今日は、風が少し冷たいですよ」
「…太陽が隠れてますもんね」
「雪が降るかもしれないですね」


何か返事が来ると思ったのに、彼女は何も言わずに俯いてしまった。
どうかしましたか?具合でも悪いですか?
そう、僕が声をかけても彼女は何も言おうとしない。
気味が悪かったのだろうか。
気分が悪くなったのだろうか。
それじゃあ失礼しました、そう行って僕が立ち去ろうとした時、俯いたままの彼女は少し声を荒らげた。


「…私、何も、覚えてないんです」
「……」
「家族のことも、自分が誰かも思い出せない」
「……」
「あなたが前の“私"にとって、どんな関係の人だったのかもわからない」
「知ってるよ」


顔をあげた彼女は、想像していたよりも思いつめた表情だった。


「教えて、あなたは私のなに?」


震える彼女の手のひらをそっと握る。
記憶はなくしても、温もりは以前と変わらない。
彼女も何も言わず、ただ僕の言葉を待っていた。


「…思い出せないなら、作ればいい」
「僕はあなたの友人だ」




もう一度はじめよう
(君がもう一度僕に恋するその日まで)



20140122




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