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「…はぁ。」


小さく吐いたつもりだった溜め息が、もう人が殆ど乗車しない車内に寂しく響いた。
窓の外の景色を眺めて、今どこら辺なんだろうとか考えてみる。
普段はたくさんの人でごった返している電車は、もう誰も居なくて。
ふと、左腕の時計を見れば短い針が1を指している。
帰宅予定時間はとっくの昔に過ぎていた。

こんなことになってしまったのには理由がある。
この、お人好しめ。

やり場のない感情を心の中で吐き出してみる。
お人好しは性分だ。仕方がない。
でもこの状況は一体どうしたものか。

体勢を変えてしまわないように気を付けながら、俺はゆっくりと首を横に回した。
俺の肩に顔を預け、規則正しい寝息を立てる彼女。
どこの誰かも知らない、たまたま隣の席に座っていただけの彼女。
普通見ず知らずの男の肩にもたれかかるか?
…いや、眠かったなら仕方ないか。
ヘタレな俺は彼女を起こす事も、肩から顔をどかす事も出来ず今に至るわけで。


「…それにしてもこれはまずいな。」


駅に辿り着いた電車が、静かにドアを開ける。
看板を見ればここが終着駅で。
これはいくらなんでも降りなきゃまずい。


「…もしもーし?」


小さく声を掛けながら、そっと彼女の肩を揺する。
起こしてしまうのは正直気が引ける。
それくらい気持良さそうにぐっすり眠っているんだ。
暫くすると、伏せられた長くて黒い睫毛がぴくりと震えた。
それと同時に、ゆっくり開かれる大きな瞳と若干の呻き声。
かなり近くまで顔を持って行っていた俺は、至近距離で端整な顔と出会うハメになった。


「きゃ…?!」


目覚めてからの彼女の第一声。
そりゃまあ、驚くだろう。
寝て覚めたら知らない男が自分の顔を覗き込んでたんだ。
正直俺でも気持ち悪いと思う。
まあでも、ちょっと傷ついたってのはここだけの話だ。
叫んでからゆっくりと車内を見回し、それから俺を見た彼女は遠慮がちに口を開いた。


「…あの、もしかしてここ…」

「あー…終点だよ。」

「すっ…すみませんっ!」


俺の言葉を聞いた彼女は、ガバッと頭を下げ申し訳なさそうに謝罪した。
その様子を見つめ、ゆっくり息を吐き、頭を掻く。
こう言う状況、はっきり言って苦手だ。
そして俺は、女の子の扱いに慣れていない。


「えーと、それは別に良いよ。仕方ないし。とりあえず電車降りない?」

「あっ、そうですよね。すみません。」


彼女の言葉を待たずに電車を降りれば、遠慮がちに俺の後ろに付いて来る。
俺たちが降りたのとほぼ同時に、電車のドアがゆっくりと閉まった。
車庫に入るのか、電気を消してゆっくり動き出す電車。
明かりの少ない駅のホームに取り残された俺たち。
さて、どうしたものだろうか。


「あの…」


声の方に振り向けば、こちらの様子を伺うように俺を見上げる彼女が立っていた。
人形のように大きな目をパチパチと瞬きさせ、長くて黒い髪はサラサラと風に流れて行く。
絵に描いたような綺麗な女の子。
女の子に耐性のない俺は、喋りかけられただけでも緊張するってのに。
こんな綺麗な子が相手じゃ心臓が持ちそうにない。


「肩、貸してくれたんですよね。ありがとうございます。」

「…いや、別に…。」

「何かお礼させてください。」

「お礼?」

「はい。」

「……」

「……」


突然この子は何を言い出すんだ。
お礼?そんなものは良い。
それより見つめるのをやめてくれると俺の心臓が随分と助かる。
…なんて事は言い出せないまま、俺は苦笑いとも取れる笑顔を絞り出す。


「…そんな、気を遣わなくて良いよ。」

「でも…」

「俺が好きでそうしたわけだし。」


納得が行かないのか、眉間に皺を寄せたまま黙りこむ彼女。
その華奢な体に目が奪われる。
ちょっと抱き締めてみたいな…なんて。
…何考えてんだろ、俺。
疲れてるのだろうか、帰って早く寝たい。
それよりもここから家までは、一体どれほどの距離なのか。
見当もつかないし疲れて頭がぼーっとしてきた。
こんなので家に帰れるのか、俺。


「…えっ?!」


耳元で彼女の驚く声が聞こえる。
ああ、俺はやっぱり疲れてるらしい。
体が言う事聞かないってこう言う事を言うんだな。
気が付けば俺は、彼女を望み通り自分の腕の中に閉じ込めていた。


「えーっと…あの。これは…」

「うーん、そうだな。お礼したいんでしょ?」


まともに働かない頭で言葉を紡ぎ出す。
顔に当たる彼女の髪が擽ったい。
俺の言葉を聞いた彼女は、驚いたように目を見開いた。



「このまま、抱き締めさせて?」
(…なんちゃって、冗談だよ。)



どうか、誰か。
俺の腰に回されたこの細い腕の意味を説明してくれ。




20130113
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