short | ナノ


最初は遠くから見つめるだけで良かった。
すれ違うとラッキーで。
目が合うとハッピー。
名前を覚えてもらえた時は嬉しくて仕方なかったし、話しかけてもらえた時は顔が緩むのを抑えるのに必死だった。

長い、長い、片想い。
ゆっくり階段を昇って今やっと、俺は君を手に入れた。


「俺幸せすぎて死にそう」

「じゃあ死ねよリア充」


これまた俺の片想い歴と同じか、それ以上長い付き合いの親友が俺の机でコーヒーを飲みながら毒を吐いた。
ちょっと待て、それは俺のコーヒーだろお前。


「幸せすぎて、怖い。触れない。」

「お前本格的に気持ち悪い」


手を繋ぐのに1ヶ月かかったと言えば、気持ち悪いと罵られた。
純情を装っているなら尚更気持ち悪い、だと。
誰が純情だよ。


「…て事は当然、キスはまだか」

「キスとかしたら多分俺は死ぬんだと思う」

「・・・」


冷たい親友の目が、もういっそ死んでくれ、と本音を語っている。
幸せなんだよ、悪いか。
彼女が大切だから、彼女のペースに合わせたい。
彼女の嫌がる事はしたくないし、大事にしたいんだ。
そして俺は、今のままで十分と言って良いほど幸せだ。


「…お前はそうかもしれないけど、」

「は?何か言った?」

「別に」


意味深な言葉を残した親友は、時計を見てお迎えの時間じゃねーの。と呟いた。
言われて時計を確認すれば、確かに彼女が委員会の仕事を終わらせて来る頃合いだ。
じゃあな、と素っ気無い挨拶をしてから足取り軽く彼女の元へ。


「待った?」


微笑みながら駆けて来る君が堪らなく愛おしい。


「いや?帰ろっか。」

「うん」


2人並んで歩く帰り道。
片想いしていた頃には叶わなかったこの距離。
どちらからともなく手を取り合うのは恋人の距離の証。
それだけで俺の心は満たされる。

他愛もない会話ですら愛しく感じて、この時間が幸せに感じるのは、きっと彼女と過ごしているからなんだろう。

そうこうしているうちに、あっと言う間に彼女の家。
名残惜しくて、中々離す事が出来ない手を見つめたまま、俺と彼女は立ち尽くしていた。
長い沈黙。
先に破ったのは彼女。


「…あの、ね」

「ん?」

「私の事、大事にしてくれてるのはわかるの。すごく嬉しいし…」

「お、おう」

「でも、ね」


少し俯いていた顔を上げた彼女。
心なしか頬が赤く染まって見えるのは、夕日のせいなのか、はたまた別の何かか。
きゅっ、と俺の制服の裾を掴んだ彼女。
それは一瞬の出来事だった。

ちゅ、と控えめなリップ音。
頬に触れた柔らかい感触。


「…っえ?」


思わず素っ頓狂な声を出すと、照れたように笑った彼女。


「ほっぺに、ちゅーしちゃった」

「…っ、」

「あのね、」

「…なあ、」

「ん?」

「キス、していい?」


じっ、と彼女の目を見つめて問うと彼女はふいと視線を逸らした。
して欲しいからほっぺにちゅーしたのに。
その言葉を聞いたらもう、止まれない。



甘いキスと囁く言葉
(めちゃくちゃ好き。)
(私も、大好き。)



20130109




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