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普段は強い人がさ、急に弱くなったりすると思いっきりかまいたくなっちゃうことってあるじゃん?その考えと同じで、普段は風邪なんか引かない人が風邪を引いたりなんかしたら、もう一日中つきっきりで看病したくなっちゃう。

そんなうずうずした思いを胸に秘めて、あたしはインターホンのボタンを押した。

ピーンポーン。…返事がない。ただ屍のようだ。

ピーンポーン。ピーンポーン。ピンポンピンポンピンポンピポピポピポピンポー…


「だあっ!!うるせぇんだよ!!」

「あ、やっと出た」


バンッと玄関のドアを開けたのは、黒のスウェットに身を包み、顔をマスクで隠した虹村修造こと、しゅーぞー。


「しゅーぞー、元気だった?あたしゃあもう心配で、心配で」

「俺のことを心配してくれている奴が、家に押しかけて来たりしないだろ…」


そう言いながらも、廊下をペタペタと裸足で歩いていくしゅーぞー。それについて行くように、あたしもローファーを脱いで家にお邪魔した。

しゅーぞーが向かった先は、リビング。リビングのソファを見ると、そこには毛布とくしゃくしゃのティッシュでいっぱいになったゴミ箱があった。


「しゅーぞー、もしかしてお邪魔だった?興奮なうだった?」

「どう見ても鼻をかんだティッシュだろ!!オメーは何想像してんだよ!」

「元気だね、しゅーぞー」


風邪を引いて学校を休んだって聞いたから、こうして可愛い彼女がお見舞いに来てやったのに。

そう、あたしはしゅーぞーの彼女。元々は幼馴染だったしゅーぞーとあたし。だけど、中学校の卒業式の日にしゅーぞーが、「好きだ」って言ってくれた。

あたしだけがしゅーぞーのことを好きで、あたしだけがしゅーぞーのことを追っかけているんだって思っていたから、すごく嬉しかったのを覚えてる。中学生のころのしゅーぞーはあたしを置いて、どんどん先に行っちゃう人だったからなぁ…。

でも、その姿はあの帝光中バスケ部元主将だからこそのものだった。

みんな、しゅーぞーの背中を見て進んできたんだもん。あたしも、その一人。


「で?名前は何しに来たんだよ」

「しゅーぞーの看病をしに来ましたっ!」


ペロッと舌を出して可愛く決めれば、しゅーぞーは重々しいため息を吐いた。


「移るからかえっ…ッ、ゴホッゴホ、ゴホッ!」

「わわ!?大丈夫?」


ゴホゴホと咳き込むしゅーぞーの背中を擦れば、しゅーぞーは落ち着いたのかまた深いため息を吐いた。

しゅーぞーはギロッとあたしのことを睨んだけれど、全然怖くない。だって、熱のせいか目が潤んでいるんだもん。あ、そういえば…。


「しゅーぞー、ちょっと目を閉じておくれ」

「あぁ?なんでそんなことしねーとゴホッ、ッ、フッ…あ゛ー…」

「いいから、言うことききなさい!」


あたしが少し強気になれば、しゅーぞーは観念したのかしぶしぶ目を閉じた。

しゅーぞーが目を閉じたことを確認して、あたしはさっきコンビニに寄って買ってきた袋の中から、ごそごそとあるものを取り出した。

あるもの。それは、風邪を引いた人にはもはや必須アイテムでも言っていいもの。あたしはそのあるものからセロハンを剥がし、しゅーぞーのおでこに貼り付けた。


「んぁ…?冷えピタか?」

「うん。さっき買ってきたの。あと、ポカリとゼリー、ゴリゴリ君。マスクとティッシュもいるかと思って買ってきた」

「…サンキューな」


そう言って、ポンポンとあたしの頭を撫でてくれる。もうっ!弱っているんだから、そんな気を使わなくっていいのに。

冷えピタを貼ったおかげか、赤く火照っていたしゅーぞーの顔は少し落ち着いていた。

そんなしゅーぞーを無理矢理ソファに寝かせて、毛布をかけた。


「どうせ、朝から何も食べていないんでしょ?何か食べる?」

「あ゛ー食欲ねぇ…」

「何か食べなきゃ薬も飲めないよ?お粥作ったげるから、寝てて」

「ん…」


ポンポンッ、と毛布の上からしゅーぞーを優しく叩いてやれば、しぶしぶと目を閉じてくれたしゅーぞーくん。うん。素直でよろしいっ!

ソファから、時々ゴホッゴホと苦しそうな声が聞こえる。それから、ズズッて鼻をかむ音も。

キッチンからはソファの背もたれしか見えないから何とも言えないけど、きっと苦しくて眠れないんだろうなぁ…。

しゅーぞーの家は、お父さんが病気で入院しているため、お母さんが働きに出ている。だから、普段しゅーぞーは家に一人。こうして風邪を引いたときだって、例外じゃない。

そういうわけで、しゅーぞーが家で一人弱っているところを想像してしまったあたしは、こうして迷惑がられるのを覚悟にお見舞いに来たのだ。


「ん、できた」


作ったのは、簡単な卵粥。その卵粥が入った小さい土鍋と水の入ったコップ、そして薬をおぼんに乗せてしゅーぞーの所へ運んだ。


「しゅーぞー、起きて」

「ウ、アッ…あ゛ー…」


言うこと聞かない身体を、無理矢理起こしたしゅーぞー。気のせいか、目の焦点が合っていない。もしかして、さっきより熱が上がっちゃったのかも。

だったら、早く食べて薬を飲んでもらわないと!!

そう思って、あたしはおぼんを傍にあったテーブルに乗せた。そして土鍋の蓋を開ければ、ふわり、と卵粥の良い匂い。我ながら、良い出来だなぁ。


「はい、あーん」

「…ん」


少し、驚いた。しゅーぞーが素直にあーんしたお粥を食べたから。

普段のしゅーぞーなら、恥ずかしいがってこんなことは絶対にしない。もししてくれたとしても、文句をブツブツ言いながら。素直なしゅーぞーなんて、珍しい。明日は雨かもしれない。

って、しゅーぞーが風邪を引いているだけで、もう珍しいのに。


「…美味しい?」

「んまい」


食欲がないって言っていたくせに、あたしが作った卵粥を全部たいらげてしまった。

それからしゅーぞーに薬を飲ませて、貼っていた冷えピタが温くなっていたから新しいのに張り替えてあげた。


「もうちょっと寝てれば?おばさんが帰ってくるまで、あたしはいるから」

「…名前」

「んー?」

「…なんでもない」


そう言って、しゅーぞーはゴロンと寝返りを打ってソファの背もたれの方を向いてしまった。

あたしがそんなしゅーぞーの頭を撫でれば、しゅーぞーは照れてしまったのか下手な狸寝入りを始めた。ふふっ、可愛いなぁ。

それからあたしは、食器を片付け始めた。カチャカチャと食器がぶつかり合う音と、ジャーと水が流れる音。…なんだかこうしていると、しゅーぞーと一緒に暮らしているみたい。そう思いうと、嫌でも頬はだらしなく緩んでしまう。

そして一通り片付け終わってキュッと蛇口を閉めたとき、「名前ー…」と、しゅーぞーに呼ばれた。


「はいはい。なんでしょう」

「…呼んでみただけだ」

「なにそれ」


顔の半分を毛布に埋めたしゅーぞー。なにこの人、可愛い。

あたしはしゅーぞーが寝るソファの脇に座って、しゅーぞーの髪をサラサラと撫でた。大人しくされるがままのしゅーぞーを見て、あたしはまた、彼を可愛いと思ってしまうのだ。


「…早く良くなってね」

「お゛ー…。ゴホッ」

「しゅーぞーがバスケしているところ、早く見たいなぁ」

「…ん」


しばらく頭を撫でていれば、毛布の中からおずおずと遠慮がちに手の平が出てきた。


「…手、」

「甘えんぼのしゅーぞーなんて、バスケ部のみんなが見たら卒倒しちゃうかもね」

「うるせー」


そう言いながらも、ギュッとしゅーぞーの手の平を握れば、弱々しい力で握り返してくれた。

なんだか、風邪を引いたしゅーぞーも新鮮でいいかも。普段、元気良くバスケをしているしゅーぞーだってもちろん好き。だけど、こういう弱い面を見せてくれるしゅーぞーも好きだなぁ…。


「なんか、さ」

「なんでしょう?」

「名前がいてくれてよかった…」


顔がマスクで隠されているからしゅーぞーが笑っているかなんて分からないけど、目尻に小さな皺が寄っているから、たぶん笑っているんだと思う。

さっきは、素直なしゅーぞーは可愛いなぁって思っていたけど。前言撤回。素直なしゅーぞーには要注意。あたしの心臓が、持ちません。

後日、見事しゅーぞーの風邪が移ったあたしをしゅーぞーが看病に来てくれたのは、また別の話。







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14/02/05


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