刀剣乱舞 | ナノ





「へし切長谷部、と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ」

そう、彼は言った。

最初は、何でもこなすなんて冗談かと思った。だけど、彼と過ごす時間が積み重なっていくうちに、それは冗談なんかじゃないことが嫌というほど分かった。

…嫌というほど、というのは彼に対して失礼かもしれない。

だけど、私は嫌だった。彼が審神者である私に向ける忠誠心が嫌いだった。

「主、何をなさっているのです?」
「長谷部…。昨日の雨で散ってしまった葉を、掃こうと思って」

庭で箒を持ったまま考え事に耽っていた私に、長谷部がそう声をかけた。

ふふっ、「あなたのことを考えていたのよ」なんて言ったら、あなたはどんな顔をするかしら?きっと喜んでくれるのだろうけど、ごめんなさい。私が考えていたことは、とても良いこととは言えないものだわ。

「掃き掃除なら、俺に命じてくれればいいのですよ。主」
「…長谷部なら、そう言うと思ったわ」

私がそう言えば、「では、ここは俺が」と言って箒を受け取ろうとした長谷部。でも、残念。あなたの思い通りにはしてあげない。

そう言うよりも先に、私はくるりと回って長谷部に背を向けた。

そうすれば、長谷部は「主…?」と、さっきまでとは違い、声に不安を含ませて私のことを呼ぶ。

「長谷部はさっき合戦から戻ったばかりでしょう?」
「はい…」
「帰ってきたあなたに、私は何て言ったかしら?」
「本丸に戻った者は、各自休養を取るようにと」
「じゃあ、あなたは休まなくちゃいけない」

背けていた顔を、そっと長谷部の方へ向ける。そうすれば、彼は不満だと言わんばかりの顔をしていて…。

私は、思わず笑ってしまった。

「ふふっ」
「なっ…!?なぜ、笑うのです…?」
「ごめんなさい。あなたが、あまりにも可愛かったから」
「可愛い…?俺がですか?」

だって、可愛いじゃない。まるで、大好きなおもちゃを取り上げられた子どものように拗ねるのだから。

ねぇ、長谷部。
あなたにとって、主命はそれほど大事なもの?

あなたがあなたであるために、必要なものなのかしら?

あなたがそうやって、献身的に私に尽くしてくれるのは嬉しいの。だけど、だけどね?同時に罪悪感が込み上げてくるのよ。

だって、あなたのその忠誠心は作られたものだから。

「主…?」
「………。」

刀剣男士とは、歴史の改変を目論む『歴史修正主義者』に立ち向かう者として、審神者である私たちが刀剣に宿る付喪神を具現化させた者たち。

刀剣に宿る付喪神を具現化する際、審神者となる者はそのための儀式を行う。

そのときに、ある裏工作が行われていることを刀剣男士たちは知らない。それは、刀剣男士たちに予め審神者に逆らわないように『忠誠心』を埋め込むこと。

だからこそ、彼らは私たちの戦いに手を貸すことに何の疑問も持たないし、反乱だって起こさない。

彼らにとって、審神者とは絶対的な『存在』なのだから。

なぜ、そうする必要があったのか。最初のころは分からなかった。だけど、本丸で過ごす時間が増えてゆくにつれ、少しずつだけどその意味が分かるようになった。

『刀剣男士たちに反乱を起こされてしまっては、審神者が持つ力ではとても抑えられない。』

だって、彼らは神様なのだから。

最初の頃は、初期刀である山姥切国広や短刀たちだけだった。だからこそ、彼らだけが反乱を起こしたとしても私だけの力で止めることができた。しかし、刀剣男士たちが増えるにつれてそれはだんだん難しくなっていく。

だからこそ、政府は最初から『忠誠心』を埋め込むことにした。

…果たして、それは正しかったのだろうか?
今となっては、もう分からない。

刀剣男士たちは、何の疑問も持たずに私に力を貸してくれる。だけど、その度に胸が痛むの。罪悪感で、押しつぶされそうになるの。

「主、どうかされたのですか?」
「…いいえ。大丈夫よ」

長谷部が私のことを心配してくれるのも、予め埋め込まれた『忠誠心』が彼にそうさせるから。だから、彼の本心じゃない。

もし、『忠誠心』なんてものが最初からなかったら…。
もし、私が『審神者』でなかったら…。

長谷部は、その瞳に私の姿すら映さなかったでしょうね。

ねぇ、長谷部。私はあなたのことが好きよ。この気持ちは、恋と呼べるかは分からないけれど、それととても近いものだと思う。そしてきっと、あなたも私を慕ってくれている。

あなたから向けられる熱い視線の意味に、私が気づかないと思った?

その意味に気づいたとき、私はどれほど嬉しかったか。そして、どれほど悲しかったか。誰にも気づかれないように枕を濡らす日々を、あなたは知らないでしょう。

「長谷部」
「はい」
「陽が沈みかけているからか、寒くなってきたわ。中へ戻りましょう」
「そうですね。主命とあらば」

そう言って、私は長谷部と共に本丸の屋敷へ戻る。その途中で、ふわりと肩にかけられたものがあった。

見れば、それは長谷部がいつも来ている上着だった。私を気遣ってかけてくれたのだろうけど、私の身長ではそれは長すぎて地面に引きずってしまう。だからこそ、それを長谷部に返そうとした。だけど…。

それなのに、長谷部は優しく微笑んで「いいのです。主のためなのですから」と言った。

「長谷部は、優しいのね」
「とんでもない。主を想っているからこそのことです」
「………。」

願うことなら、もっと違う形であなたと出会いたかった。審神者と付喪神という形ではなく、それとはかけ離れた別の形で。

だけど、それは叶わないから。だから…。

だから、いつか来る別れの日まで、ずるい私を許してください。あなたに洗脳を施すような真似をしている私を、許して。そしてどうか、最期はずるい私を斬ってほしい。

許して、と言ったり、斬って、と言ったり。私は、何て我侭なのかしら。それでも、それが主命とあればあなたはきっと叶えてくれるのでしょう。

だから、その日(とき)まで。どうか私の傍にいてください。


20150531





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -