:: -deep love- | ナノ


目の前でキスを交わした二人。
俺はただ、その光景を見ていることしかできなかった。

お互いの気持ちを確かめ合うかのように繰り返されるキス。その行為をしているのが、まったく知らない赤の他人だったらどれだけ良かったことか。

だが、目の前にいるあいつはまったく知らない赤の他人なんかじゃない。

俺が、ずっと探していた人。
愛してる、人。

なぁ、笑っちまうかもしれないが、聞いてくれないか?
俺が理想としていた、名前との再会を。

俺が名前のことを迎えに正門に行けば、そこには既に名前がいるんだ。不安そうな顔をして、周りをキョロキョロと見渡しながら。そうしているうちに、あいつは俺が来たことに気づく。

その瞬間、俺が大好きなあの笑顔で笑ってくれるんだ。

だが、その笑顔はだんだん歪んでゆく。
溢れ出る涙が、そうさせるから。

そして、わんわんと子どもみたいに泣くあいつに駆け寄って、めいいっぱい抱きしめるんだ。そうすれば、あいつはもっと大きな声で泣くかもしれない。

それで、いい。

逢えなかった時間分の寂しさを、全て涙にして流してほしい。そして、その寂しさが消えてなくなったころに、俺はお前に言うんだ。

「逢いたかった。お前を忘れた日なんて、一度もなかった」って。

そんな、そんな再会を頭の中では描いていた。

だが、現実はどうだ。名前は今、俺の目の前で見知らぬ男とキスを交わしている。この事実を、どう受け入れればいいのか。

ああ、本当に。誰でもいいから、俺を笑ってくれ。

そして俺は、その光景から目を逸らした。これ以上見ていると、頭がおかしくなりそうだったから。だが、その瞬間…。

パアッン。

「っ…?」

名前が、ついさっきまで熱いキスを交わしていた男の頬を叩いた。

その行動に、俺も、そして見知らぬ男も唖然とする。そして名前はといえば、長い黒髪を指ではさんでさらりと梳いてこう言った。

「下手くそ」
「はぁ?」
「キスが下手だって言ったの。もういいわ。送ってくれてアリガト」

そう言って、名前は車の後部座席から自分のものであろう鞄を取り出し、男の前から去ろうとした。

だが、いきなりそんなことを言われた男が黙っているわけがなく、男は立ち去ろうとする名前の腕を無理矢理掴んだ。

「おまっ、どういうことだよ!?」
「どうもこうもないわ。あなたとはここまでってこと」
「はぁ!?」
「第一、キスの一つや二つでいきなり彼氏面し始めて鬱陶しかったのよ」
「なっ…!」

俺は、そのやり取りをただ黙って聞いていることしかできなかった。そもそも、二人とも俺が近くまで来ていることに気づいていないみたいだった。

だからこそ、黙っていたんだが…。
だが、まさかあの名前の口からあんな言葉が出るなんて思いもしなかった。

さっきの平手打ちといい、今の言葉といい…。俺の知る名前はあんなことをする奴じゃなかったし、こんなことをする奴でもなかった。それなのに、優しいあいつがどうして…。

どうして、変わってしまったんだ?

「ねぇ、離してくれない?」
「黙って聞いていりゃあ、お前…!」

俺がどれだけ思考を張り巡らせようと、目の前の状況はその思考が追いつけないくらいのスピードで進んでいく。

名前の言葉によって、男としてのプライドをズタズタにされたであろう目の前の男は、その怒りに任せて名前の腕を掴んでいた手に力を込め、地を這うような低い声を出しながら彼女を睨んだ。

だが、名前はそれに怖気づくことなく、冷え切った声でただ淡々と喋りだした。

「なに?」
「っ…!」
「私に手を出せばどうなるか、分からないほど馬鹿じゃないでしょう?」
「…クソッ」

その言葉を聴いて、男は名前の腕を荒々しく手放す。そして、車に乗り込むとエンジンをかけ、何も言わずに来た道を戻っていった。

俺はといえば、やっぱりその光景を見ていることしかできなかった。だって、今の俺に出来ることなんて何もないだろう?名前は、一人でその出来事を解決してしまったんだから。

これが、俺と一年半共に過ごした名前なのだろうか?
今となっては、そんな疑問さえ浮かんでくる。

っ…。何かの、間違えなんじゃないか。

俺が目の前にいる彼女を名前と認められずにいるにも関わらず、車が走り去ったのを見た名前は、視線を俺の方へと向けた。

その瞬間、嫌でも分かったしまった。
ああ、彼女は俺がずっと探していた人だと。

「っ、」

何か声をかけなければ、そう思った瞬間(とき)だった。

「名前〜!!!」

俺の横を、燃えるように赤く染まった三つ編みが駆け抜けてゆく。そして、そいつは名前に抱きついた。

「すっげー久しぶり!」
「桜士郎…!久しぶり、元気だった?」
「元気げんき!名前は?」
「相変わらずよ」

どうしてこう、飲み込めない事態というものは続くのだろう。今度は、見知らぬ男ではなく俺の親友が名前を抱きしめている。

その連続した事態に頭がパンクしたのか、くらりと目眩がした。

「てか、さっきの男だれ?随分熱烈な別れ方してたけど」
「さぁ?ここに来る途中で知り合っただけ」
「名前は何も変わらないね〜」
「ねぇ、そんなことよりも…」

名前の視線が、桜士郎から俺の方へと向けられた。それに気づいた桜士郎も、視線を俺の方へと向ける。

そうすれば、桜士郎は名前を抱きしめていた腕を解き、俺の方へと駆け寄って来た。

「ごめん、ごめん。一樹がいるの分かっていたけど、スルーしちゃった。あれだろ?先生に頼まれて転校生のこと迎えに来たとかだろ?」
「っ、あ、ああ…」
「実はさ、転校生って俺の知り合いなんだ。紹介するよ」

そう言いながら、桜士郎は名前のことを手招く。そして名前は、高いヒールをカツカツと鳴らしながら俺の目の前まで来た。

約二年ぶりの再会。
それなのに、俺は名前を抱きしめることができない。

声をかけることすらも、できなかった。

「彼女は、名字名前。俺が星月学園に入学した頃に知り合ったんだ。名前、こっちは…」
「知ってるわ」
「あり?俺、名前に一樹のこと話したことあったっけ」

桜士郎のその問いかけに、名前は答えることはなかった。

ただただ、真っ直ぐに俺を見つめる名前。そして紅く塗られたその唇は、綺麗な孤をゆっくり描いた。

「久しぶりね、"一樹"」
「……!」

名前は俺のことを、一樹、と呼んだ。昔のように、かずくん、ではなく。たったそれだけの出来事に、俺は言葉を失ってしまった。

なぜなら、その出来事は他のどんなことよりも明確に、俺たちが一緒にいなかった間に流れた時間の重みを物語っていたから。そして、昔のようにはもう戻れないと、嫌でも分かってしまう出来事だったから。

「もしかして、二人は知り合い?」
「中学生の頃、一樹と付き合っていたの」
「……えぇ…?ってことは、もしかして…名前が、一樹の春の妖精ちゃん…?」
「春の妖精ちゃん?」

二人がそうやり取りしている間も、俺は何も言えなかった。名前の口から、付き合って、いたと聞いてしまったから。

付き合っている、ではなく、付き合っていた。
その言葉通り、名前の中で俺たちの関係は終わっていた。

もう俺は、名前にとっての大切な人ではない。
俺にとって名前が大切な人であっても、だ。

どうして?という疑問しか、今の俺の中にはなかった。

どうして、桜士郎はお前のことを知っているのか。どうして、俺たちはあんな別れをしなければならなかったのか。どうして、お前は変わってしまったのか。

だが、その疑問全てを、今の彼女に投げかけることはできなかった。

「一樹から、中学生のときの話は聞いていたけど、まさか名前のことだとは思わなかったよ…」
「あら?名前は聞いてなかったの?」
「だって、一樹は教えてくれなかったから…」
「それで、春の妖精ちゃんなのね。ふふっ、桜士郎らしい」

桜士郎の変なネーミングセンスを彼らしいと言えるくらい、名前は桜士郎と親しい関係なのか。

ごっちゃになって整理のできない頭のどこかで、冷静にそう考える自分がいた。

俺は、名前に何て声をかけるべきなのだろうか。逢いたかったとも、ずっと好きだったとも、今この場で言えるわけがない。だったら、他に何が言える?言えることなんて、何もないんじゃないか?

名前にとって俺は、どういう存在なんだ?

「これからよろしくね、一樹」
「あ、ああ…」

やっと出たその言葉は、わずかに震えていた。


20150531 / title by リラン

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