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入学式前日の朝。俺は、星月先生に呼び出されて保健室に来ていた。

理由は分からない。朝起きたときには、既に星月先生からメールが来ていて、『起きたら、すぐに保健室に来い』と書かれていたのだから。

もしかして、新入生歓迎の挨拶のことか?あの件なら、もう決着がついたはずだが…。

理由となる可能性があるものを思い浮かべてみても、これといった確証もない。それでも俺は、何かしらのことはあるんじゃないかと考えながら、保健室の扉をノックした。

「…星月先生?」

保健室に来いと呼び出したのだから、ここにいると思ったんだが…。だけど、声をかけてみても誰からの返事もない。

もしかして、職員室か?いや、あるいは…。

失礼なことだと分かっていながらも、俺は保健室の扉を開いた。そうすれば、一つだけカーテンの閉められたベッドがあった。

まだ春休みだから、こうして保健室のベッドを利用する生徒はまずいない。となれば、残る可能性は一つ。保健室の主である星月先生が、利用しているんだ。そう思いながらカーテンを開ければ、そこには蹲ってスヤスヤと眠る星月先生。

俺もよく生徒会室で昼寝をするが、人を呼び出しておいて昼寝するってのはしたことないぞ…。

「はぁ…」

相手が寝ているのをいいことに、俺は大きなため息をつく。だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

気持ち良さそうに眠っている星月先生には悪いが、ここは心を鬼にしよう。

「星月先生!起きてください!!」
「っ…!」

ゆさゆさと身体を揺すりながらそう言えば、星月先生の眉がピクリと動く。そうすれば、ゆっくりと瞼が開いて、アメジスト色の瞳が俺を見つめた。

「おはようございます、星月先生」
「あー…不知火か」
「呼び出しておいて、それはないんじゃないですか?」
「…早く来ないお前が悪い」

そう言いながら、星月先生はふわぁと欠伸を漏らした。って、早く来いって言われても先生からメールが来たのは朝の5時だったんだが…。

それに気づいたのが、目が覚めた8時だったんだから文句を言われる筋合いはない気がする。だが、この人にそう言っても無駄なことは、俺だけじゃなくこの学園にいる人全てが知っているだろう。

だからこそ、俺は苦笑いしか浮かべることができなかった。

星月先生はというと、そんな俺なんてお構いなしにベッドから起き上がると、のそのそと歩いていつもの椅子に腰を下ろした。

「で、俺はどうして呼び出されたんですか?」
「…あー。ちょっと待て」

俺がそう尋ねながら先生のデスクの前へ行けば、先生はデスクの一番上の引き出しから一冊のファイルを取り出した。

そのファイルの背表紙に書かれていたのは、『星月学園生徒名簿』だった。

つまり、そのファイルには星月学園に在籍している生徒の名簿が全てあるのだろう。そんなものをどうして保健医である星月先生が持っているのかと言えば、大方、姉である理事長に押し付けられたからだろう。

他の生徒たちは知らないが、星月先生はこの学園の理事長である星月琥春さんの弟だ。だからこそ、多忙な理事長の手に負えない仕事は星月先生へと回ってくる。

星月先生も、大変ですね。そう、言ったこともあったけ。

だが、星月先生は「生徒会を一人でやってのけるお前の方が大変だろう」と言って、笑っていた気がする。

そんな懐かしい出来事を思い出していれば、星月先生がファイルの中からスッと一枚の紙を取り出した。

「名字名前という人物を、知っているな」
「っ…!星月先生が、どうしてその名前を!?」

星月先生の口から出たのは、思ってもみなかった人物の名前。だってまさか、先生の口からその名前が出るとは思わないだろう。

だからこそ、俺は目を見開いて驚く。そんな俺を見て、「やはりな…」と星月先生は言った。

「何が、"やはり"なんですか?」
「こいつの出身中学が、お前と同じだったからだ。歳も同じだし、もしかしたら知り合いかと思ってな」
「っ、どうして、星月先生がそいつのことを知っているんですか!?」

問い詰めるようにしてそう尋ねれば、星月先生は目をぱちくりとさせて驚いた。

「どうしてって…こいつが、今年度この学園に転入してくるからだ」
「ほ、んとうですか…?」
「嘘を言うために、わざわざ呼び出す馬鹿がいるか?」

その瞬間、身体の力が抜け、膝から崩れ落ちた。そんな俺を見て、「不知火!?」と星月先生が慌てて駆け寄る。

だが、今はそれどころじゃなかった。

ずっと、ずっと探していたんだ。時間さえあれば影谷と連絡を取っていたし、実家に帰省したときは名前の家に何度も足を運んだ。そして、二人で行った思い出の海にも。

それでも、見つからなかったんだ。
だが、その日々は終わる。

もしかしたら、あいつは俺がこの学園にいると分かって転入してくるんじゃないだろうか?星を専門に学ぶ学校なんだ。俺がいて不思議じゃない。それに、あいつならやりかねないからな。

ったく、今まで人に散々心配かけておいて…。
説教の一つや二つじゃ済まないぞ。

ああ、でも、やっと逢えるんだ。恋焦がれていたあいつに。

「…心配かけてすみません、星月先生」
「もう、大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です」

抜けていた力を込め、デスクを支えにしながら立ち上がる。そんな俺を、星月先生は最後まで心配そうな目で見ていた。

それでも、俺が大丈夫だと言えば、先生もその言葉を信じてくれる。そして、話の続きをし始めた。

「まぁ、お前を呼び出した理由はあれだ。女子生徒だから、今度入る新入生と同じように見守ってやってほしいんだ」
「…分かってますよ。俺が、絶対に守ります」
「…そうか。頼んだよ」

新入生の女子が月子であることは前に星月先生から聞いていたし、星詠みの力でも予知していた。

だからこそ、今日まで俺はあいつが過ごしやすいようにと体制を整えてきた。そうしてきた俺の努力が、名前のためにもなるのなら…。これ以上に嬉しいことはないだろう。

今度こそ、俺はその手を離さない。
だって名前こそが、俺にとっての幸せなのだから。

「ああ、そうだ。一番大切なことを言い忘れていた」
「大切なこと、ですか?」
「その名字名前なんだが、今日この学園に来る予定なんだ」
「はぁ!?」

ちょ、それはいくらなんでも急すぎないか…。確かに、毎日のように逢いたいと思っていた。だが、いざそのときを迎えるとなると…。

心の中がごっちゃになって、どうも現状に追いつけない。
逢いたい。でも、逢って何と言えばいいのか?

どこに行ってたんだ?心配したんだぞ?逢いたかった?そんな、ありきたりの言葉でいいのだろうか。もっと他に、言うことがあるんじゃないか?

それに、本音を言えば逢うのが少し怖い。
逢ってしまえば、俺たちの関係が変わってしまうから。

俺にとって、名前は今でも一番大切な人だ。だが、名前にとっては違うのかもしれない。

俺との関係はとっくに自然消滅していて、別の誰かと新しい関係を始めているかもしれない。そう思うと、俺は怖くて足がすくんでしまう。

あいつに限って、そんなことはありえない。
…そう、言い切れるだろうか?

だが…。

だが、今はこんなことを考えている場合じゃない。

「星月先生、あいつは何時頃に到着するんですか?」
「あー…もしかしたら、もう着いてるかもな」
「っ!!」

そう聞いた瞬間、俺は保健室から飛び出した。後ろから星月先生が俺の名を叫ぼうと、知ったことか。

正門までの道のりを走っているとき、俺は中学生のときのことを思い出していた。名前がいなくなったあの日、彼女を探して走ってあのときのことを。

あのときと同じくらい、今日の空も美しい真っ青に広がっていた。

正門が、見える。あと少しで、そこに辿り着く。
そのとき、一台の車が流れるようにして正門前に停まった。

その車は、高校生の俺からでも見ただけで分かる外国製の高級車。
そして運転席から、一人の男が姿を現す。

男は、車が来ないのを確認して助手席の方へ回り、そして車のドアを開けた。

そこから先は、まるで外国の映画でも見ているかのようだった。

車の助手席から、スラリとした細く白い脚が伸びる。
そしてその足には、見るからにヒールの高い靴。

カツン、と高い音を立ててその足が地面につくと、男は外国人が女性をエスコートするのと同じくらいスマートに、その手を差し出した。

そしてその手を取った女性は、烏の濡れ羽衣のように美しい黒髪をサラリ、と掻き揚げながら助手席から立ち上がる。そこで初めて彼女の顔を見たが、残念なことにサングラスをしているせいでよく分からなかった。

そのサングラスを、男は彼女のことを自分の方へ向き直らせてから外す。

そして見えた、横顔。
そこには、俺の知らない名前がいた。

名前は、男の耳元で何かを囁く。そうすれば、男は名前の腰に手を回し、そして二人は熱いキスを交わした。

何度も、何度も。まるで、別れを惜しむ恋人同士のように。
名前が男の首に腕を回せば、そのキスはさらに深くなっていった。

「っ、なん、で…?」

いつの間にか俺は走っていた足を止め、その光景をただただ黙って見つめていた。


20150526 / title by リラン

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