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恋愛、っていう言葉を見て思い浮かぶのは、心がふわふわとした幸せな気持ちで満たされる私の姿だった。

ただただ楽しくて、ただただ幸せで。
そして、毎日が私と大好きな人の笑顔で溢れている。

恋愛って、そういうものだと思っていた。

だけど実際、私は恋をしたことがない女の子だった。恋ってどんなものなんだろう?そう考える日も少なからずあった。だけど、保健委員に弓道部、そして生徒会で過ごす日々に追われる毎日で、私は恋というものについて真剣に向き合う時間がなかった。

それでも、恋に対してただ漠然とした憧れがある。

恋って、きっと楽しいんだろうなぁ。女の子は恋をすると可愛くなるって聞くから、きっと街を歩く可愛い女の子たちはみんな恋をしているんだろうな…。

そしてそれは、私が憧れている先輩も例外じゃない。

名前先輩。星月学園に通う二人だけの女子生徒のうちの一人で、神話科に所属している。先輩はまさに女の人という感じで、私が憧れるもの全てを持っていた。

すべすべとした肌に、ぱっちりとした大きな黒い瞳。手足はスラリと長く、体形もモデルさんに負けないくらい細い。そして何より、思わず触れてしまいたくなるくらいサラサラと揺れる黒髪が印象的だった。

綺麗な、人。初めて会ったときに持った感想が、それだ。

それに、私が憧れているのは先輩の外見だけじゃない。先輩の内面にも、私は惹かれてやまないのだ。ミステリアスで妖艶で大人っぽくて…そして、優しい。もっと挙げたいけれど、名前先輩の魅力は言葉だけじゃ表せない。

そして当たり前のことかもしれないけど、そんな先輩に惹かれるのは同性の私だけじゃなかった。

だって先輩の隣には、いつも男の人がいたから。

それも、いつも決まって同じ人というわけではない。日替わり、というわけじゃないけれど…通学路や校内で先輩を見かける度に、先輩は違う男の人と歩いていた。

私が持つボキャブラリーを使って先輩のことを表すとしたら…恋多き乙女、なのかな?うーん。少し違う気がする…。

だって先輩は、「それ」を楽しんでいるようには見えなかったから。

退屈しのぎ、って言ったらいいのかな?恋をしたことがない私が言うのもあれかもしれないけど、先輩の恋は、私がよく知る少女漫画の恋とは違うものだと思う。

だから、名前先輩を見る度に思ってしまう。
先輩は今、幸せなのかなって。

ガララッ。

「遅くなって、ごめんなさい!」

そして今日、私は文化祭の話し合いをするために放課後の生徒会室を訪れていた。

放課後になったらすぐに来るように、と一樹会長に言われていたけれど、そういう日に限って日直の当番が回ってきてしまったりするわけで…。そのせいで、生徒会室に来るのが少し遅れてしまった。

「こんにちは、月子さん。会議はまだ始まってないので、大丈夫ですよ」
「え…?でも、一樹会長がすぐに来るようにって…」
「どうやら、別の要件みたいです」

すでに生徒会室にいた颯斗くんにそう言われ、私は少し安堵した。だけど、別の要件って…?

そのことは、生徒会室に足を踏み入れてすぐに気づくこととなる。

「っ!名前先輩!!」
「月子だー」

生徒会室の奥に、会長がいつも使っている机がある。その前に、これまた会長がいつも寝転んだりしているソファがあった。

そのソファに、名前先輩が座っていた。私にヒラヒラと手を振りながら、あのスラリとした長い足を組んで。そしてその向かい側にあるソファに、一樹会長が座っていた。

「どうしたんですか?」
「この男に呼ばれちゃって」

クイッ、と顎で向かい側の会長を指す名前先輩。えっと、つまり名前先輩は一樹会長に呼ばれてこの生徒会室にいるっていうことだよね?

でも、どうして会長は先輩のことを生徒会室に呼んだんだろう…?

そこでふと、一樹会長と名前先輩がどういう仲なのか疑問に思った。最初に紹介されたのは、食堂だったけど…。そのときは確か、二人は中学生のときからの同級生だって言っていた。ということは、今も仲の良い同級生って感じなのかな?

「えっと、どうして会長は名前先輩を生徒会室に呼んだんですか?」
「私もそれを聞いていたのよ。忙しいから早く解放してほしいのに、なかなか話してくれないんだから」
「月子が来るのを待っていたんだ。大事な話だから」
「大事な話、ですか…」

じゃあ、一樹会長が放課後になったらすぐ生徒会室に来るようにいったのはその話のため…?

会長が大事な話と言うのだから、それが世間話じゃないことくらいすぐに察した。だけど今の時期にする大事な話して…うーん。文化祭のこと、かな?それとも、名前先輩を生徒会に入れるのかも!うん!絶対そうだよ!!

生徒会のメンバーは、一樹会長のスカウトによって成り立っているという話は前に聞いたことがある。だからきっと、会長は名前先輩のことを生徒会にスカウトするつもりなんだ!

先輩が生徒会に入ったら…きっと、毎日楽しいと思う。

先輩ともっと仲良くなれるだろうし、それに、女の子同士でしかできない話もいっぱい出来ると思う。先輩とは学年が違うから、そういう話をあまりしたことがないし…。

だから、そうだといいなっ。

「大事な話って、なぁに?」
「名前、お前は今日から星月学園生徒会役員の一員だ。ちなみに、お前に拒否権はない」

やっぱり!私は自分の予想が当たったことへの嬉しさと、先輩が生徒会に入ってくれる嬉しさが同時に込み上げてきて、「やったぁ!」と声を出して喜んでしまった。

だって、本当に嬉しかったから。だけど、そんな私とは正反対の表情をした名前先輩が鋭い眼つきで一樹会長を睨んだ。

「…はぁ?」
「嫌なのか?」
「嫌に決まってるでしょ。生徒会に入ったら、自由に使える時間がなくなるじゃない」
「だからだ。お前は少し、自由にし過ぎなんだ」

ピリリ、とした空気が生徒会室に流れる。その空気を感じて、私と颯斗くんは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

だけど、一樹会長だけはいつもと変わらなかった。

いつもと変わらず、凛とした表情で名前先輩を真っ直ぐ見つめる会長。そして会長は、淡々と話を進める。

「…なにそれ。じゃあ、一樹のエゴで私は生徒会に入れられるわけ?」
「お前に関する苦情があってな。まぁ、俺のエゴも少しはあるが」
「苦情?」
「学園の風紀を乱してるんだと」
「私がいつ学園の風紀を乱したっていうの?」
「そう言うなら、ちゃんと指定の制服を着てからにしろ」
「………。」

一樹会長と名前先輩のやり取りを黙って聞いていても、二人が言っている内容が上手く飲み込めない。

でも、先輩が生徒会に入る気がないことは分かった。だけどまさか、先輩が一樹会長のスカウトを断るとは思わなかった。だって、私は優しい先輩しか知らないから。

いつも私に優しく接してくれる先輩しか…。

だから、こんなにまで嫌悪感を丸出しにしている先輩は初めて見た。それは、仲の良い会長の前だからこそ見せる表情なのか。それとも、本当は先輩と会長は仲が悪いのか。目の前にある情報だけじゃ、それは読み取ることができなかった。

「とにかく、何を言われようと嫌なものは嫌なの」
「だから最初に言ったろ?お前に拒否権はないって」
「なによ。生徒会長の特権とかって言い出すの?」
「生徒会長というより…理事長の弟の特権かな」
「理事長の弟って…星月先生?」
「なんだ。知ってたのか」

えっと…一樹会長が今話したことだけを聞くと、名前先輩は会長のスカウトで生徒会に入るんじゃなくて、星月先生に言われて生徒会に入るってことなのかな?

そもそも、星月先生が理事長の弟なんて初耳だ。名前先輩はどこでそれを知ったんだろう…?

たくさんの疑問が出てくるけど、そのどれもが解決しないまま話は進んでいく。

「…星月先生が、私を生徒会に入れるように言ったの?」
「おう。その証拠に、ほら」

ペラッ、と一樹会長が机に出した一枚の紙。そこには、大きな文字で任命書と書かれていた。

えっと…確かに、ここには星月先生の名前で名前先輩を生徒会に入れるように書いてある。だけど書いてあるのはそれだけで、どうして先輩を生徒会に入れようとしているかの理由は書かれていなかった。

「…最悪」
「悪いな。これがここにあるということは、お前はもう生徒会の一員なんだ」
「………。」
「そうむくれるな。俺に報告すれば、ある程度の自由は認めるさ」
「…見張りが厳しくなったってことね」
「そういうことだ」
「…どうなっても知らないよ」
「それは生徒会がか?それとも、俺が、か?」

一瞬、名前先輩が大きく目を見開いた。そんな名前先輩を、一樹会長は少し悲し気な笑みで見つめる。

そんな二人に私と颯斗くんが何か口を出せるわけでなく、ただただ黙って二人のことを見守った。そしてそうしているうちに、名前先輩はハァっとため息を吐いて髪を掻き揚げた。

それから先輩は組んでいた足を元に戻し、立ち上がった。

「…今日は帰る」
「おう。明日の放課後から顔出せよ。もうすぐ文化祭で、こっちは猫の手も借りたいくらいなんだ」
「……分かった」

そう一樹会長とやり取りをして、名前先輩は私たちに向き直る。そして、ちょっと気まずそうに笑いながら口を開いた。

「ごめんね?月子、颯斗。変なもの見せちゃって。これからよろしくね」
「はい…。よろしくお願いします」
「私、その…名前先輩が生徒会に入ってくれて、嬉しいです」
「…うん。月子がそう言ってくれるなら、生徒会に入るのも悪くはないかも」

ふわり、と私の頭を撫でてくれた名前先輩。そのとき、少しだけ花の香りがした。

そして先輩は、私と颯斗くんの横をするりと通り抜けて生徒会室から出て行ってしまう。私はただ、それを黙って見送ることしかできなかった。

「…というわけだ。明日からあいつのこともよろしくな」
「分かりました」
「…会長、どうして星月先生は名前先輩のことを?」
「…あいつが傷つくから」
「え?」

一樹会長の言葉は私の耳に届くことはなく、私は思わず聞き返してしまった。

「いや、何でもない。星月先生も何か思うことがあったんだろ」
「…そう、ですか」

名前先輩が生徒会に入ってくれたのは嬉しいけど、何かモヤモヤとした気持ちが心の中に残った。これから私たち四人の生徒会メンバーで楽しく過ごせたらいいんだけど…。

それを願うかのように、私は生徒会室の窓から見える空を仰いだ。


20160118 title by リラン

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