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揺れるバスの振動に合わせて、隣で眠る彼女の頭も小さく動く。その度にサラサラと揺れる美しい黒髪に触れながら、俺はそっと彼女の頭を自分の肩にもたれさせた。

自分よりも小さな頭。華奢な身体。
今までずっと、その全てに悲しみを抱え込んできたのだろう。

俺のことを、守るために。

お前のおかげで、俺はこうして守られてきたよ。だから、俺は誓った。もうお前を、ひとりにしないと。もうお前だけに、悲しみを背負い込ませないと。

「名前…」

そう名前を呼び掛けてみても、名前は起きない。無理もない、か。朝早くからバスを乗り継いでここまで来たのだから。疲れていても仕方がない。

俺も疲れてはいるが、不思議と眠くないんだ。まだ自分の中でも落ち着かないこの何かが、俺を眠らせてはくれないみたいなんでな。

一夏さんと百合子さんが亡くなったと聞いたとき、俺はまた自分のせいで大切な人を失ったと思った。だからこそ、もう名前には顔向けすることはできないし、自分がいることで彼女をまた苦しめてしまうのなら、近づくべきではないと思った。

だって、俺といたら思い出してしまうだろう?
縋りつきたくなる過去の出来事を。

だから名前は、俺から離れていったのかー…。

あの日、牡羊座寮の自分の部屋に戻ってからずっとそのことばかりを考えていた。ベッドの毛布に包まって、まるで小さな子どものように縮こまって。ずっと、ずっと…。

どれくらい時間が経ったのかは分からない。気づけば、カーテンの隙間の向こうから日の光が差し込んでいた。その隙間から、そっと外を覗いてみる。そうすれば、太陽の光は東の空から随分高い位置まで昇っていた。

俺はその光から逃げるように、また毛布に包まって目を閉じた。ずっと流れ続けている涙を拭わないまま。

そして俺は、夢を見た。
今の俺が、一番戻りたい時間の夢を。

一夏さんがいて、百合子さんがいて。そして、名前がいて。三人に囲まれて笑う俺の姿はとても幸せそうで…。俺が一番戻りたい時間、そして、俺が一番幸せだった時間。そんな懐かしい夢を、見ていた。

次に目が覚めたのは、夜だった。カーテンから差し込む光はなく、暗闇だけが部屋の中を支配していた。こうして暗闇の中にいると、さらに昔のことを思い出す。

独りぼっちだったころの、自分だ。

それからは、また夢の繰り返しだ。独りぼっちだった自分の前に名前が現れて、幸せを運んできてくれて…そしてまた、俺は独りぼっちになる。

繰り返し、繰り返し、そんな夢を見続けた。
頭が、心が、おかしくなってしまいそうなほどに。

このまま、壊れてしまうかと思った。

どうして、名前は…。どうして…。どうして俺に、何も言ってくれなかったのか。あの日、名前は言った。俺に、そんな顔はさせたくなかったと。…俺は今、どんな顔をしているだろうか。

ベッドからのそりと起き上がり、鏡の前に立つ。そこには、ひどくやつれた顔をした男が一人立っていた。ああ…この顔、か。この顔を見たくなかったから、名前は…。

いや、見たくなかったからじゃない。
あいつは言った。こんな顔させたくなかったと。

それに…。それに、あの雨の日に言ってくれたじゃないか。『転校』したのは、俺のせいじゃないって。名前は、分かっていたんだ。俺が自分を責め続けることに。責め続けて、自分を壊してしまうんじゃないかって心配していたんだ。

だから、俺に黙っていなくなった。
その背中に、全ての悲しみを抱え込んで。

これじゃあ、名前が一人で悲しみを抱え込んだ意味がなくなってしまう。このまま俺が、自分を責め続けてしまっては。それでも俺は、俺のせいで大切な人が不幸になったという考えを捨てきれない。

だけど俺は、変わらなくちゃいけない。あの日、名前に自分の気持ちを伝えた中学生の自分のように。

俺の弱さのせいで、全ての悲しみを名前に抱え込ませてしまった。だからこそ俺は、強くならなければならない。あいつの隣に立てるように、あいつの悲しみを一緒に背負えるように。

大切な人の死を嘆くことはいくらでもできる。だが、その死を悼み、そして前に進むことはそれ相応の覚悟がなければできないことだ。それでも俺は、覚悟を決めた。

彼女のために…名前のために、変わりたいから。

不思議だな。いつだって、俺が変わりたいと思うその理由にはお前がいるんだ。それも、当然なのかもしれない。俺にとって名前は、この世で一番大切な人なのだから。一番失いたくない、人なのだから。

お前を失わないためだったら、俺はいくらでも変わってやる。

だから、もうひとりで抱え込まないでくれ。
俺を…ひとりに、しないでくれ。

その瞬間、俺は未来を予知した。

懐かしい、あの白いワンピース、そして、造花の向日葵が飾ってある麦藁帽子。それらに身を包んで、名前がある場所へ向かう未来を。

だったら、俺も向かおう。お前と同じ未来へと。
だから今日、俺はここに来た。

「んっ…」
「…起きたか?」
「…あれ?私…?」
「疲れてたんだろう。ぐっすり寝てたよ」

俺はそう言って、名前の髪をサラリと撫でる。そうすれば名前は、唇で柔らかく弧を描いた。

「そうだ。お前、残りの夏休みの予定は?」
「特に決まってないけど…」
「だったら、星月学園に帰ったら外泊できる荷物をまとめて職員寮の前に集合な」
「へ…?どうして?」
「帰るぞ。俺たちの街へ」

夏が過ぎれば、次の季節が顔を出す。だが、それはまだ早い。


20150916 title by リラン

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