:: -deep love- | ナノ


オリエンテーションキャンプが終わり、そして季節は梅雨の時期を迎えた。

毎日のように飽きることなく降り続ける雨。だが、この雨が止めば星月学園では新たな行事が待っている。その行事を成功させるために、生徒会長である俺を中心とした生徒会メンバーは奮闘しているわけだが…。

「お休み、ですか?」
「ああ。今日の生徒会は休みだ。颯斗にも伝えておいてくれ」
「でも、もうすぐで体育祭なのに…」
「だから、だ。今後休めるときがなくなるからな。休めるときに休んでおけ」
「…!分かりました!」

放課後に月子のいる教室へ向かい、そう伝えた。月子の言った通り、俺たちは今、体育祭の準備に追われている。

だからこそ、本来ならこうして休みを作ろうとはしない。そもそも、休みを作れる状況じゃないからな…。だが、今日はダメだ。もちろん、これから休めるときがないから休んで欲しいというのもあるが、それは建前だ…。

「じゃあ、また明日から頼むな」
「はいっ」

そう言って、月子の頭をポンポンと数回撫でてから別れた。そのまま俺は、一人生徒会室へ向かう。

そして生徒会室へと辿り着き、扉を開く。ハァーとため息を吐きながら窓のカーテンを閉め、そのままソファに座った。それからいつものように寝転ぶわけでもなく、膝を抱えてその膝頭に額を押し付けた。

こうして真っ暗な空間にいれば、余計な物事を考えなくて済む。
一人でいれば、今の俺を誰かに見られることもない。

今の俺は、誰にも見られたくない弱虫な俺だから…。

ここ最近、梅雨に入ったせいで雨の降る日々が続いている。それだけでも憂鬱なのに、今日はいつもよりも雨の音が強い。灰色の雲も厚く空を覆い、今にも『アレ』がきそうだ。

ザアアアッと激しく打ち付ける雨の音は、思い出したくない記憶を呼び覚ます。両親がいなくなったあの日のことを…。

「父さん、母さん…」

ポツリ、と呟いた言葉は雨の音によってかき消される。それでも、俺はそう呟かずにはいられなかった。

呼んでも無駄だと分かっている。俺が何度二人のことを呼んでも、二人は返事をしてくれないのだから。だが、これからも俺は何度でも二人のことを呼び続ける。会いたい、そんな感情を込めながら…。

その瞬間、遠くの方で音が聞こえた。

耳を塞ぎたくなるような、地を這う低い音。腹の底をざわざわと探るようなこの音には、いつまで経っても慣れやしない。

これのせいだ。これのせいで、今日の生徒会は休みにせざる得なかったんだ。

その音から逃げるように、俺は耳を塞いで目を閉じる。両親が亡くなってから、ずっとそうだ。俺はこの音から逃げる方法を、これしか知らない。

そうやって、音が過ぎ去るまでの間をやり過ごす。ったく、こんな姿を月子や颯斗に見せられるかっての…。

ドォーン。ガラガラガラ…。

音が、だんだん近づいてくる。それにつれ、耳を塞ぐ手の力が強くなる。早く、早く立ち去れ!ここから消えてなくなれ!!まるでそれを自分に言い聞かせるかのようにして、俺はずっと心の中で唱え続けた。

「…やっぱり、"かずくん"はコレが苦手なんだね」

そのとき、耳を塞いでいた手の平にふわりと温かいものが触れた。それに驚き目を開ければ、俺の前にしゃがむ名前の姿があった。

「名前…?」
「ふふっ。こんにちは、一樹」

そう言って、名前は俺の隣に座った。そうしたかと思えば、自分の頭を俺の肩に預けて目を閉じた。

なぜ、名前がここにいるのか…?だが、それを今のこいつに聞いても、答えてくれるかは分からない。だけど、不思議だな。さっきまで不安で埋め尽くされていた心が、今では安心で満たされている。

「一樹は、雷が怖いの直らないのね」
「…うるせぇ。つーか、お前の方が怖がってたろ」
「そうだっけ?」

そこで、二人の会話が途切れた。そして聞こえるのは、降り続く雨の音と遠くへ去っていく雷の音。それ以外に聞こえるのは、二人の息遣いだけ。

そのことが何よりも、この空間には二人しかいないんだということを教えてくれる。

…今なら、聞けるだろうか?

俺がずっと聞きたいと思いながらも、胸の内に秘めてきたことを。きっといま聞かなければ、一生聞けないような気がする。だから俺は、思い切ってその想いを口に出した。

「…なぁ、どうして俺に黙っていなくなったんだ?」
「………。」
「名前…」

ずっとずっと、聞きたかった。だけどそれが言葉として外に出たとき、心の中には後悔だけが残った。聞かなければよかった、とそう思った。

だが、聞かずにはいられなかった。そうしなければ俺は一生、こいつと向き合うことができないから。しかし、俺の問いかけに名前は何も答えてくれない。だから俺は、もう一つの想いを口にした。

「俺の、せいか…?」
「え…?」

俺の肩に乗せていた頭を上げ、驚いた顔で俺の顔を覗き込んだ名前。それでも、俺の口が止まることはなかった。

「俺の大切な人は、みんな不幸になる…。そのせいで、お前が俺に何も言えずに転校することになっていたら…」
「それは違う!!」
「っ、名前…」

そう叫んで、名前は俺の首に腕を回す。そしてその肩は、僅かながら震えていた。

名前と再会してから、こいつがここまで感情を露わにしたのはこれが初めてな気がする。だからこそ、少し驚いた。それに、安心した。こいつが転校したのは、俺のせいではないということに。

それなら、どうして俺に何も言わずに転校してしまったんだ?…どうして、お前はそこまで変わってしまったんだ?

「…私が、私が『転校』したのは……」
「………。」
「…ごめんなさい、一樹」
「え…?」

そう謝った名前は、ゆっくりと俺から離れてその漆黒の瞳で俺のことを見つめた。

「一樹がそうやって過去のことばかりに囚われてしまうのは、私のせいね」
「どういう、ことだ…?」
「…私があのとき、ちゃんと別れを言えなかったから」

何、を言っているんだ…?俺が今もお前のことばかり考えているのは、過去に囚われているからではない。お前のことが、好きだから…。

だから、俺はお前の全てを知りたいと思う。お前が俺の好きな女だからこそ、全てを知ったうえでお前を受け入れたいから。それなのに、どうしてお前はー…。

「だから、ちゃんとお別れしよう」
「…お別れって、何だよ」
「…私たちは、もう昔のようには戻れないから」
「な、んで、そんな…」

なんで今、そんなこと言うんだよ。俺が聞きたかったのは、そんなことじゃない。どうして俺の前からいなくなったか知りたかっただけで、なぜ今になってお別れなんて言うんだ…!

「私にとって一樹は、もう特別じゃないから」

嫌だ。嫌だ。聞きたくない…!!

「だから…」

俺はまだ、お前のことが好きなんだ。それなのに…!!

「だから、さよならしよう」
「っ…」

このとき、俺が嫌だと叫んでいたら何か変わっていたのだろうか?俺が好きだと告げていれば、お前を独りにせずに済んだのだろうか?

それなのに、どうして俺は自分の気持ちを正直に言えなかったのだろう。伝えたかったのに、伝えようとしたのに…。どうして俺は何も言えなかったんだ。

「…一樹、過去に縋っていてはだめ。過去は、人を弱くするから」
「俺は、あのときお前がいたから…」
「…さようなら、一樹」

そして名前は、俺の言葉を最後まで聞かずに生徒会室から立ち去って行った。

気づけば、雷の音は聞こえなくなり雨も止んでいた。それでも、俺の心の中にはずっと雨が降り続いていた。そしてこれから先も、この雨はずっと止むことなく降り続けることとなる。

瞳から涙が零れ落ちる、代わりにー…。


20150809 / title by リラン

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -