テニスの王子様 | ナノ


2月14日はバレンタインデー。世界各地で男女の愛を誓い合う日とされている。

ヨーロッパなどでは、男性も女性も、花やケーキ、カードなど様々な贈り物を、恋人や親しい人に贈る。つまり、女性が男性に親愛の情を込めてチョコレートを送るのは日本だけの文化ということになる。

これが製菓会社の策略だとしても、それにまんまと乗せられてしまう私も私で。準備しましたとも。手作りトリュフを。

渡すのはもちろん、彼氏である景吾。

テニス部の部員たちに指示を出す景吾を横目に、私もマネージャーの仕事をせっせと片付ける。仕事を片付けながら、私はいつ景吾にチョコを渡すか考えていた。

私が作ったトリュフは、綺麗にラッピングをしてカバンの中。そのカバンは部室のロッカーの中。

本当は午前中の間に渡したかったんだけど、景吾は跡部様と呼ばれて崇められるほどの超人気者。朝から女の子たちに追いかけられて、私がチョコを渡すタイミングはどこへやら。

ついでに言わせてもらえば、私と景吾が付き合っていることはテニス部のレギュラー陣しか知らない。景吾と付き合うとなると、やっぱり女の子たちの妬みや嫉妬は避けられないから。そのことを景吾は不満に思っているみたいだけどね。

だから、氷帝学園の女の子たちは彼女である私に遠慮なんてしないで、景吾にチョコを渡す。景吾はファンの子たちを大切にする人だから、渡されたチョコはもちろん受け取る。たとえ隣に、私が立っていようと。

今日の昼休みも、景吾と部活のことを話しながら廊下を歩いていたら、突然女の子が現れて景吾にチョコを渡した。隣に私がいるのもおかまいなしに。

「はぁー…」

そのことを思い出しただけで、口からは重たい溜息が漏れる。

「あーん?溜息かよ」
「…景吾」

溜息の原因は景吾だよ。なんて言えたらいいけど、そんなこと言えるわけがない。適当に笑ってごまかしても、景吾には意味ないことかもしれないけど、とりあえず笑っておいた。

「…今日、部活が終わったら部室に残ってろ」
「え?」
「送ってく」

そう言って、景吾は部員たちの元へ戻った。

部活が終わっても残っておけ、なんて珍しい。景吾は部活が終わった後も遅くまで残っていることが多い。私が一緒に残っていようとすると、帰りが遅くなると危ないからって先に帰らせる。そんな景吾が、今日は残っておけと。

何か約束していたっけ?あ、もしかしたら、まだチョコを渡していないから?景吾からタイミングを用意してくれ…ない、か。景吾は変なところで鈍感だから。

とりあえず、部活が終わるまではマネージャーの仕事に専念しよう。

「名前ー!こっちにドリンクくれー!」
「はーいっ」

吐く息は白く、空へとのぼっていく。どんよりと空を覆った灰色の雲からは、今にも雪が降り出しそうだった。

部活の後片付けを済ませ、部室に残って日誌を書く。部室で待っていろと言った景吾は、クールダウンをしているからまだ戻って来ない。

ペンの走る音と、時計の秒針がコチコチと鳴る音。それだけが、部室を支配していた。その支配を打ち破ったのが、ガチャリという扉が開く音だった。

「待たせたな」
「…あれ?着替えてきたの?」
「ああ」

部活のユニフォームから制服に着替えた景吾は、彼専用の椅子にドカリと腰をおろした。

私も着替えとけばよかったなぁ…。なんて思いながら、鞄にしまったままのチョコレートの存在を思い出した。

今なら、渡せるかも。

「名前、こっちに来い」
「…はい?」

人の決意をよそに、景吾は自分の膝を指差して私を呼んだ。

「意味が分からないんだけど…」
「いいから、来い」

真っ直ぐと、アイスブルーの瞳で私のことを見つめる景吾。氷のような冷たい色をしているはずなのに、その瞳は熱を帯びていて、私の心臓がドクリと高鳴った。

その瞳に捕まってしまえば、もう逃げることはできない。

「お、お邪魔します…」

景吾の太ももの上に座ると、思いのほか距離が近くて私の心臓は沸騰寸前。景吾の彼女だからといって、彼の整った顔にはまだまだ慣れない。

私が座ったことを確認すると、景吾の手がデスクの引き出しに伸びる。そこから出てきたのは、黒いリボンに包まれた上品な青色の箱。景吾の綺麗な指が、スルリとリボンをはずした。

「チョコレート?」
「お前にやる」

箱の中に入っていたのは、庶民の私が見ただけでも分かる高級そうなチョコレート。景吾はチョコレートを一つ指で取ると、私の唇にそれを押し付けた。

「んぶっ」
「…色気のない声出すなよ」
「だって、意味分かんなっ、」
「あーん?俺様が直々に食わせてやるって言ってんだよ」

そう言って、景吾は私の肩に自分のあごを乗せた。ち、近いです、跡部様…!

部活が終わってすぐ着替えたみたいだからシャワーを浴びていないはずなのに、景吾からはなにか良い香りがするし。逆に、私は汗臭くないかな?冬でも、それなりに汗かくし…。

だけどそんなことはおかまいなしに、景吾はまた「ん」と言ってチョコレートを私の唇に引っ付ける。

だけど、景吾からあ、あーんしてもらうなんて恥ずかしいよ。いやいや、とでも言うように私は顔を横に振った。そうすると、チッと小さな舌打ちが後ろから聞こえた。

「お前が悪いんだからな」
「ふっ、う!?」

チョコレートを持った景吾の指が、強引に私の唇をこじ開けた。一瞬のことに動揺して動けなくなってしまった私は、もう景吾になされるがまま。

チョコレートと景吾の指が、口の中で好き勝手に暴れる。とろり、と溶けたチョコレート。甘いのはチョコレートのはずなのに、なぜか景吾の指までも甘く感じられた。

「けい、ふぁっ…あむ、」
「…舐めろ」

私の唾液でベタベタになってしまった景吾の指を、丁寧に舐めて綺麗にする。下半身がぞくり、として嫌でも瞳は熱っぽく景吾を見つめてしまう。

景吾と目が合った瞬間、ぐいっとお腹に手が回されて私の背中が景吾の胸板に密着する。

「やっぱりお前は、可愛いな」
「ん…」

景吾の指が私の口から離れて、今度は彼の唇が私の口を塞ぐ。

「はっ、…ん」
「…っ、名前、舌出せ」

べぇっとはしたなく出た私の舌を、景吾の唇が吸い付く。ゾクゾクと腰が痺れて、脳みそが蕩けてしまったかのように何も考えられなくなる。

今はただ、景吾とずっとこうしていたい。

ギュッ、と景吾の制服を握れば、彼が私を抱きしめる力はますます強くなった。

「はぁ、はっ…」
「愛している」

耳元に吹き込まれた愛の言葉。それに返事をする代わりに、私は向き直って景吾の首に腕を回した。

「…バカ」
「あーん?俺様に向かって馬鹿とはなんだ」
「だいたい、なんでチョコレートなんて…」
「今日は、バレンタインデーだろ?」

なるほど。そういうことですか。英国育ちの彼なら、女性から男性へというよりも、男性から女性へプレゼントを贈ることの方が一般的だ。

まったく、私が用意したチョコレートの立場がないじゃない。

「で、お前からは?」
「へっ!?」
「もちろん用意しているんだろ?俺へのチョコレート」

挑発的に私を見つめる景吾。あーあ、あなたには敵いませんよ。跡部様。

言われてしまったからには仕方がない。私は、景吾の膝から降りて鞄からチョコレートを取り出した。

「景吾の口には合わないかもしれないけど…」
「名前が俺のために作ったんだろ?早く食わせろ」
「…はいはい」

トリュフを一つ取って、景吾の口へ運ぶ。どうせまた、さっきと同じ展開になるんだろうなと呆れつつも、どこかで淡い期待を抱きながら。

来年も、私から景吾へ、景吾から私へ。


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title by リラン
14/02/14


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