テニスの王子様 | ナノ


ふわふわり、と何もない空間にただただ、浮いていた。ここはどこだろう?あたしの記憶が正しければ、あたしはあの人に頼まれて病院に向かっていたはず。お見舞いに行ってほしい人がいるって言われたから。あれ?あの人って誰だろう?思い出せない…思いだそうとすると頭が痛くなる。

空間の中をしばらく漂っていると、人を見つけた。ウェーブがかかった青い髪の綺麗な人。中性的な顔立ちをしているけど、着ているパジャマからして男の人かな。…どこかで見たことがある気がする。でも、どこだったのか思い出せない。

「どうして君がここにいるんだい?」
「え?」
「…ここにいてはいけないよ」

「分からないんです。どうしてここにいるのか…ここはどこなんですか?」
「俺にも分からない。ただ、俺は今手術を受けている最中なんだ。だから、ここは天国かなって思ってた」
「てん、ごく…」

だったらおかしい。だって、あたしはまだ死んでいないもん。今日はいつもの時間通りに起きて、着替えてから朝ご飯を食べて、前々から約束していた病院に向かっていたはず。あれ?病院に行く途中に何かあった気がする…。なんだろう?

「多分、俺たちはこのまま死ぬのかな」
「そんな…でも、ここは天国じゃないと思います」
「…どうして?」
「こんなに寂しい場所が天国なはずがありません。もしかしたら、戻れるかも」
「現世に?」
「はい」

仮に、あたしに何かが起こってここに来てしまったとしても、死んだととらえるには少し違和感がある。もしかしたら、ここは現世とあの世の間なのかもしれない。

「でも、俺は戻りたくない」
「…どうしてですか?」
「…もし、戻ったとしても手術が成功しているかは分からない。それに、もうテニスが出来るかどうかも分からない」
「テニスをしているんですか?」
「うん。でも、こんな身体じゃ、もう無理かな」

「…諦めないで下さい」
「でも、」
「そうやって思い込むからいけないんです。何事もやってみなくちゃ分かりません。やらずに後悔するより、やってから後悔した方が、まだすっきりしますよ」
「………。」

目の前にいる男の人と話しているうちに、少しずつ思い出してきた。あたしは、病院に向かう途中の信号で子どもを見た。その子は赤信号なのに、ボールが転がっていってしまい、道路の中に入ってしまった。ちょうど、車が通りかかった瞬間に。あたしは、その子を助けようとして飛び込んだ。そうか、あたしは車にひかれたのか。あと、思い出したことはもう1つ。

「実は今日、隣の席の友達にお願いされてある人のお見舞いに向かっていたんです」
「ある人…?」
「それが誰なのかは思い出せません。だけど、友達にその人を励ましてほしいと言われました。その人に会うまであたし…死ねません」

「そうか…だったら、その人に会うためにここから出なきゃね。きっと、その人も君に会いたがっているよ」
「だといいんですけど…出れるんですか?」
「こういう場所は、出たいと強く思えば出れるんじゃないかな?」

出たい、と強く思う。…あたしはここから出たい。出て、伝えたい。頑張ってっていう言葉をあの人に伝えたい。あの人に…逢いたい。

「…透けてる」
「どうやら、お別れみたいだね」
「戻れるんでしょうか?」
「多分ね。あ、名前を言っていなかったね。俺は幸村精市。君は?」
「あたし?あたしはー…名字名前」





xox





「先生!患者さんが意識を取り戻しました!」
「そうか。よかった、手術は大成功だ!」
「ここは…?」
「幸村くん、聞こえる?手術は終わったのよ」

目を開けると、真っ白な天井と消毒液の匂いから、ここが病院だということが分かった。俺は…生きている?左右を見渡すと、安心したように笑う両親と妹の顔。ああ、俺は戻ってこれたのか。

「さっきまで意識不明でどうなるかと思ったが…いや〜よかった」

主治医の先生が俺の手を握る。…俺が生きているのはきっと彼女のおかげだ。彼女にあの場所で出会わなかったら、俺はここに戻ってこれなかった。

手術から一週間後。俺の病室にレギュラー全員と、思いがけない人が訪ねてきた。

「やぁ、また会ったね」
「はい。また会えました」

他の奴らは不思議そうな顔をしていたけれど、そんなの関係ない。彼女に出会ったら、伝えたい言葉があったんだ。やっと、それが言える。

「ありがとう。それからー…」

泣き出した彼女を、俺はベットから立ち上がってそっと、抱きしめた。








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12/07/11


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