:: summer | ナノ


俺がずっと欲しかったもの。それは、誰しもが当たり前に持っているもの。

ずっとずっと、願っていた。だが、俺にはそれを願う資格すらない。それでも…。それでも。

俺は家族が欲しかった。

俺が小学生のときに亡くなった両親。優しい、両親だった。

俺は、両親が交通事故に遭うのを星詠みの力で予知していた。だが、助けることができなかった。そのことを、ずっと後悔していた。

ずっと、ずっと…。

暗闇の中で後悔の念を抱き泣き続けていた。だが、そんな俺の隣でずっと淡い光が見守っていてくれたんだ。

秋に咲く、秋桜のような淡い色の光。
眩しくもなく、だが、消えることもなく、ただ隣に寄り添っていてくれた光。

俺の隣にいた温かい光。両親を亡くしてから俺は、ずっとその光に見守られながら生きてきた。

そしていつの間にか、その光の存在を当たり前のように思ってしまっていた。

だから、見失ってしまった。
俺の、光を。

もう一度その光を手にしたとき、俺はこれ以上の幸せはないってくらいの幸せを感じた。
そして、もう二度と手放すまいと心に誓った。

こいつが、こいつがいてくれるだけで、俺は幸せなんだ。だから、俺はお前がくれた幸せを、ゆっくりと時間をかけて返そう。俺の人生、という長い時間を使って。

それなのに…。
お前はまた、俺に溢れんばかりの幸せをくれるんだな。

俺がまだまだ返す途中なのに、お前はどんどん幸せをくれる。腕に抱えきれなくなった幸せは、俺を包むようにしてそっと寄り添う。

俺は今、こんなにも幸せだ。

「ただいま」

いつもよりも早い時間に帰宅した。ここ最近、なるべく早い時間に帰宅できるようにしているからだ。

仕事をいつも以上に真剣に取り組んでいるから、ってのもあるが、俺の周りの人たちが優しいからだ。最近起きた俺の身の回りの変化を知って、俺になるべく負担がかからないようにしてくれている。

最近起きた、俺の身の回りの変化。

それは、ソファに静かに横たわるこいつに関係している。

俺はそっとあいつに近づくと、触れるだけの軽いキスをした。なるべく起こさないようにと心がけたが、まぁ、こいつには意味ないよな。

俺のキスで、いつも目覚めてくれるから。

「おかえりなさい…」
「ただいま。今日はどうだった?具合は?」
「大丈夫だよ」

そう言って、ゆっくりと身体を起こしたあいつ。俺はなるべくあいつの身体に負担をかけないように、そっと腰に手を回して支えた。

「ありがとう」
「これくらい、当たり前だろ?」

俺がそう言って笑うと、小さく微笑み返してくれたあいつ。

まるで硝子細工を扱うかのような手つきで、あいつを抱きしめる。あいつのことを抱きしめながら、俺はことのきっかけを思い出していた。


あれは、シトシトと雨の降る日のことだった。

「一樹…」
「ん?どうした?」

その日は休日で、俺はあいつが淹れてくれたコーヒーを飲みながらリビングでくつろいでいたんだ。昼食で使った食器を洗う、あいつの背中を見つめながら。

食器を全部洗い終わったあいつは、てっきり俺と同じようにコーヒーを片手にソファに来るのかと思えば、やけに深刻そうな顔をして俺の隣に座った。

いつもとは違う様子に気になっていた矢先、あいつの口が開いた。そして、か細い声で俺の名を呼んだんだ。

「話があるの…」
「…なにかあったのか?」
「………。」

ゆらり、と揺れたあいつの瞳を見て、俺は嫌な予感がした。

また光が消えてしまうんじゃないか、そう思った。だが、そんなことはもうありえないと知っている。知っている、はずなんだが…。

それでも、普段は優しく微笑んでいるあいつがこんなにも深刻そうな顔をしているんだ。不安にもなる。

淡い桜色の唇が開くのを、俺は今か今かと待ち構えた。

そして、唇が動いた。

それはまるで、桜の花びらがひらひらと風に揺れるかのように柔らかく、そして儚いものだった。

「あのね…」
「ゆっくりで、いいんだぞ?」
「っ…」
「大丈夫だ。ちゃんと聞いてるから」
「……赤ちゃんが…」
「え…?」
「赤ちゃんが、いるの。…ここに」

震える手で俺の手を掴んで、自分のお腹へと運んだあいつ。

そこに触れた瞬間、俺の世界が変わった気がした。

「赤ちゃん、が…?」
「うん…」
「俺と、お前の……赤ちゃん」
「っ、そうよ…」

瞳いっぱいに涙を浮かべて、小さく頷いたあいつ。

ああ、俺の大切な人が泣いている。
その涙を、俺が拭わなくては。

だけど、少しだけ待ってくれ。
少しだけ、少しだけ。

身体が動かないんだ。まるで糸が切れた操り人形のように力が抜けきってしまって、瞳からは涙がポロポロと溢れだすんだ。

「俺たちの、子ども…」
「私と、一樹の子ども。私たちの、家族だよ」
「っ、そうかぁ…そう、か…ふっぅ」

涙を止める方法を知らない俺は、顔をそっとあいつの肩へと埋めた。

じわり、と俺の涙で滲むあいつの服。だけど、そんなことにはかまってられない。やっとの思いで動かしたい腕を、俺はあいつの目元へ運んだ。

「っ、泣き虫な、母親だな…っう」
「そっちこそ…ふっ、ふふ、泣き虫な父親じゃない」
「ははっ、そう、だなぁ…」

お互い泣いているのに、お互い笑っている。何の事情も知らずにこの光景を見た人は、不思議に思うだろう。

それでも、これがありのままなんだ。

俺達はいま、こんなにも幸せに満たされているのだから。

「子どもの前では、泣かないようにね」
「…大丈夫だと思うが?」
「ふふっ、どうだろう?でもね、一樹」
「ん?」
「私たちは、この子が泣いているときにこの子の涙を受け止める存在だから。この子が悲しくて泣いてるとき、嬉しくて泣いてるとき、その全てを見守るの」
「ああ…」
「だから、私たちはこの子の前では泣けない。私たちの涙は、この子が受け止めるべきものじゃない」
「っ、泣けないな…」
「この子の前では、ね。でも、一樹の涙は私が全て受け止めてあげる。だから……私の涙は全て一樹が受け止めて」

俺たちは、泣き虫だから。
ずっとずっと、当たり前のものを欲しいと願ってきた二人だから。

こいつも、ずっと俺と同じ気持ちだったんだ。

だからこそ、お互いの気持ちが痛いほど分かる。そして、その気持ちから生まれる弱さを二人で支え合っている。

それが、俺たち夫婦の『形』だ。

「俺は、父親になるんだな」
「…あれ?泣き虫の一樹が、ちょっと父親らしい顔つきになってる」
「泣き虫なのは、お前の前だけでた。この子の前では、守ってやれる強い父親でありたい」
「ふふっ。この子と一緒に、ゆっくり成長していけばいいよ。泣き虫な一樹から、強いお父さんに」
「おうっ!俺の成長を、しっかり見ていてくれよな!」
「分かったよ。さて、私も頑張らなくちゃ」
「二人で、頑張るんだろ?」
「そう、だよね。これから二人で、頑張ろう」

…なぁ、まだ名前はないからなんて呼んだらいいのか分からないが、お前に聞いてほしいことがあるんだ。

俺たちの子どもである、お前に。

お前の父さんと母さんは、とても泣き虫なんだ。いっぱいいっぱい、寂しい思いをしてきたから。

だから、な。お前には頼りない父さんと母さんに見えるかもしれない。

それでも、俺たちはお前のためだったら何だってできるんだ。

どうしてだか分かるか?

お前という存在がいてくれるだけで、俺たちは幸せをもらえるからだ。

俺という父親と、あいつという母親を選んでくれたことを後悔させないように、俺たちがめいいっぱい愛してやる!誰にも、誰にも負けないくらいの愛を、お前にたっくさんやる!

お前に寂しい思いをさせないように、お前に悲しい思いをさせないように。もし、お前が寂しい思いや悲しい思いをしたときに、支えてやれるように。

俺とあいつは、お前のことを愛してるんだ。

愛ほど無条件な思いやりはないぞ?だから、お前も俺たちのことを愛してくれ。

それが、家族なんだよ。無条件に相手のことを愛し、無条件に相手から愛されるんだ。俺はさ、家族ほど素晴らしい愛の『形』はないと思うんだ。

早く、お前に会いたいな。
元気に生まれてきてくれよ?

父さんと母さんは、ずっと待ってるからな。

title by リラン
14/08/17


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