:: Waiter series | ナノ


都会の喧騒から離れたところにある豊かな自然に囲まれたガーデンレストラン『Big Dipper』。

ガーデンレストランって聞くとなんだかお高く感じるかもしれないけど、ここは学生にも優しいリーズナブルな価格。だからって毎日食事に来るほど私のサイフの紐は緩くなく、月に数回の割合で通っていた。

『Big Dipper』のコンセプトは、身体のうちから美しさを引き出す創作料理。有機栽培によって育てられた野菜や、シェフ自らが出向いて選び抜くお肉やお魚。どの料理も美味しくて、ここに来る大半のお客さんたちの目的はこの料理だ。

だけど、私の目的は違う。私の目的は、ここで働く小熊伸也さん。

スラリとした長い足に、華奢な身体つき。ミルクティー色にキラキラと輝く髪。そして茶色がかったグレーの瞳は、いつも優しく細められていた。噂では、モデルの活動もしているらしい。

そんな彼に、私は恋に落ちてしまった。

友達に美味しいレストランがあるのって言われて大学の帰りにつれて来られたのがこのレストラン。そのときにメニュー表を持ってきてくれたのが伸也さんだった。そのときの対応が紳士的で、そしてあの笑顔。お客さんへ向けている笑顔だったとしても、あの笑顔を向けられると頬が自然を赤くなるのを感じた。

「いらっしゃいませ。あ、久しぶりですね」
「伸也さん!おっ、お久しぶりです!」

何回かここに通っている内に、私は思い切って伸也さんの名前を尋ねたことがあった。だって、名札にはKOGUMAとしか書かれていなかったから。そのときに、下の名前が伸也だということを知った。

こうして彼を下の名前を呼んでいるのは私だけ。他のお客さんよりもちょっと特別なのが嬉しかった。

「今日はお一人ですか?」
「友達と予定が合わなくて…」
「じゃあ、一人でも寂しくないように、日光がたっぷり降り注ぐ席にご案内しますね」

そう言って小熊さんが案内してくれたのは、大きな窓ガラスの傍にあるテーブル席だった。

「今日は何になされますか?」
「う〜ん…どれも、美味しそう」

私がメニュー表の中から料理を選べないでいると、上からクスッという笑い声が聞こえてきた。

見上げれば、伸也さんが柔らかい笑みで私のことを見つめていた。

「ど、どうしたんですか?」
「いえ…。目を輝かせて料理を選ぶ貴女が、可愛くて」
「かわっ!?」

伸也さんの発言に驚いた私は、メニュー表を手から離してしまった。そして運悪く、メニュー表の角がテーブルの上にあったコップに当たってしまった。

その瞬間に、ガシャーンッと響いたガラスの割れる音。気づけば、テーブルの上にあったはずのコップは床に落ちて原型を留めておらず、私が履いていたスカートは中に入っていた水によってぐっしょり濡れてしまっていた。

「大丈夫ですか!?」
「あ、うえっ、ご、ごめんなさい…」
「とりあえず、こちらへ。あ、白鳥先輩!ここの片付けお願いします!」
「お、おう!」

伸也さんに手を取られ、その場から離れる。私はその間、自分の失態が恥ずかしくて顔を上げることができなかった。お店の食器を割っちゃうなんて、大失態にもほどがある。ましてや、子どもじゃなくていい大人なのに…。

伸也さんに案内された場所は、スタッフルームだった。「少しだけ待っていてください」と言われて、私は部屋にあった椅子に座らされた。

伸也さんが戻ってくるのを待っている間、私の心の中は恥ずかしさと情けなさと申し訳なさでぐちゃぐちゃだった。だけど、何よりも辛かったのは伸也さんに迷惑をかけてしまったこと。その思いが極まったせいか、視界がどんどん歪んでいく。

気づけば私は、涙を零していた。

「ひっぐ、うっ…」
「お待たせしまし…どうしたんですか!?」
「し、んやさん…っ」
「どこか怪我したんですか!?もしかして、さっきのガラスで…!?」

タオルを持って部屋に戻って来た伸也さんは、慌てふためいた様子で私の元へ駆け寄ってきた。

ガラスで怪我をしたわけじゃないって言いたいのに、漏れてくる嗚咽のせいで何も喋ることができない。それがもっと伸也さんの迷惑になるって分かっていても、溢れ出してくる涙を止めることができなかった。

そのとき、ふわりと優しい温もりに包まれた。仄かに香る香水の匂い。爽やかで凛とした癖のない香りが、私の心を落ち着かせてくれた。

「伸也、さん…?」
「…落ち着きましたか?」
「はい…」

落ち着いたことも確かだけど、ビックリして涙が引っ込んだと言った方が正しい。だって、片思いの相手に抱きしめられたのだから。

だけどこれは、私を落ち着かせるために伸也さんがしてくれたこと。彼が私と同じ感情を抱いてしてくれた行為じゃない。そう、思った。だけど、私の涙が止まっても伸也さんは離れなかった。

「心臓が止まるかと思いました」
「え…?どうしてですか?」
「貴女が、泣いていたから」

そう言って、伸也さんは身体を少し離して私の顔を見つめた。そのときの伸也さんの表情は、私が今まで見たことがない苦しそうな表情だった。

「あの、私…」
「誰か好きな人とかいますか?」
「えっ!?」

あまりにも突飛な質問に、私は大きく目を見開いた。だって、ガラスを割ってしまった私がここにつれて来てもらって、それで泣いてしまった私を慰めてくれて…。

どこの話をどう繋げればそういう質問が出てくるのか、私にはまったく分からなかった。それに、その質問にどう答えたらいいのかも分からない。だって、私の好きな人は目の前にいる伸也さんだから。

「実は僕、ずっと貴女のことが気になっていたんです」
「…私のことが?」
「最初は、運ばれてきた料理に目を輝かせて、それを美味しそうに食べる貴女の笑顔を見ているだけで幸せだった」
「っ…!」
「だけど、貴女の涙を見て…その顔を誰にも見せたくないと思った」

そう言って、伸也さんは手の平でそっと私の頬に触れる。その仕草に、私の顔には熱が集まるばかり。

それにまさか、私が気づかないところで伸也さんが私のことを見てくれているとは思わなかった。私、だらしない顔とかしていなかったかな…?なんて、ぐるぐると頭の中でどうでもいい考えが浮かんでは消え、浮かんでは消える。

じゃなくって!今はこんなことを考えている場合じゃない。私だって、ずっと伸也さんのことが好きだったんだから。その気持ちを、伝えたい。

「私、も、伸也さんのことが…好きです」
「本当ですか…?」
「伸也さんに会いたくて、ずっとお店に通っていたんです。だから、わっ!」

私の言葉を遮って、伸也さんはまた私のことを抱きしめた。今度は、さっきよりも強い力で。

「…嬉しいです。貴女も、僕と同じ気持ちでいてくれたなんて」
「私も、すごく嬉しい…!幸せ、です」

伸也さんと両想いになったことが嬉しくってはしゃいだ私を見て、彼は柔らかなキスをしてくれた。

伸也さんの彼女になれた私は、今度からお店に通う理由が少し変わりそうです。


14/01/16
happy birthday shinya koguma.

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