:: Waiter series | ナノ


田舎と呼ぶには大げさだし、都会と呼ぶにはなんだかちょっと物足りない街。私が育った街はそんな平々凡々な街。

その街には、ちょっと小洒落た小さなカフェがある。
そのカフェの名前は『Spica』。

お店で働いている人たちが、みんな星好きだという理由でそう付けられたらしい。そのことを教えてくれたのは、カフェで働いている土萌さん。

私がカフェに通う日と土萌さんのシフトが重なっているらしく、何回か顔を合わせている内に名前を教えてもらって仲良くなった。最初は冷たい態度だった土萌さんも、今はすっかり打ち解けてくれたみたいでよく話しかけてくれる。

今日も土萌さんがカフェで働いている日。そう考えると、カフェまで行くのに少し小走りになってしまった。

カラランッランッ。

「いらっしゃいませ」

お店の扉を開いたと同時に、客が来たことを知らせる鐘が鳴る。その音に反応して笑顔で出迎えてくれたのは、土萌さんだった。

「こんにちは、土萌さん」
「やぁ。また来てくれたんだね」

挨拶を済ませ、土萌さんが案内してくれた席に座る。そして差し出されたメニュー表を受け取った。

「今日のオススメは、ベゼ・ド・ランジュ。ふわふわのチーズスフレにホワイトチョコを粉上にしてふりかけたやつで、すごく美味しいよ」
「ベゼ・ド・ランジュ…英語ですか?」
「ベゼ・ド・ランジュはフランス語なんだ。日本語に訳すと天使のキスだよ」
「天使のキス…」
「実は、この名前は僕が考えたんだ」

そう言って、土萌さんはにっこりと微笑んだ。土萌さんのその笑顔がなんだか天使みたいで、思わず赤く染まった顔をメニュー表で隠した。

そういえば、土萌さんってフランス人と日本人のハーフだったっけ?日本人にはない赤髪とルビーみたいにキラキラ輝く瞳がとても綺麗。それに睫毛が長くて、目も大きい。なんだか女の子みたい。

しばらく土萌さんの顔に見惚れていると、「どうしたの?」と土萌さんが心配そうに私の顔を覗き込んできた。

「なっ、なんでもないです…!えっと、じゃあ、ベゼ・ド・ランジュとロイヤルミルクティーをお願いします」
「かしこまりました」

土萌さんにメニュー表を渡すと、彼はそれを受け取って厨房の方へ行ってしまった。私は、ケーキが運ばれてくるまでの間、しばらくお店の中を観察することにした。

昼時を過ぎたせいか、お店の中にお客さんは私以外誰もいない。ホールにいるスタッフも土萌さん一人みたいだった。

お店に流れるジャズの音楽だけが、この空間を支配する。居心地が良いこの雰囲気が、実は一番のお気に入りだったりする。落ち着くというよりも、なんだか自分が普段過ごしている世界とは切り離されている気がするから。

会社のオフィス内に響く電話の音や、がやがやと騒がしい社員たちの声。上司の怒鳴り声や、同僚たちの陰口。私がいる世界には、耳を塞ぎたくなるような音ばかりが溢れていた。

だけど、ここだけは違った。初めてここに来たのは、上司に怒られて落ち込んでいた仕事帰りだった。家で一人過ごすのは嫌で、だからといって誰かと食事に行く気分にもなれなくて。そんなときに、温かいオレンジ色の光を灯したカフェを見つけた。

そして、落ち込んでいた私を出迎えてくれたのが土萌さんだった。

それからは、時間があるとここに通っている。なんて、つい最近のことなのにまるで遠い昔のよう。

「何か考え事?」
「えっ!?」

遠くを見つめていた視線を戻せば、ケーキを運んできた土萌さんがいた。

「あ、ごめんなさい」
「謝ることじゃないよ。はい、どうぞ」
「ありがとうございます…」

テーブルに置かれたのは、ふわふわとした真っ白なケーキ。それはまるで、小さな天使がそこにいるようだった。

お皿に添えられたフォークを手に取り、ケーキを一口サイズに切り分けて、それをゆっくりと口に運ぶ。口に入れれば、口どけ滑らかなクリームチーズの味が広がり、後からホワイトチョコレートの甘さが優しく溶け出した。

「おいしい…!」
「でしょ?僕、このケーキ大好きなんだ」

まるで愛おしい人でも見つめるかのように、土萌さんはケーキを見つめた。

土萌さんは、ずるい。どんな顔でもかっこよくて、素敵で、綺麗で。私の鼓動は早まるばかり。ああ、もう。心臓に悪い。

「ねぇ、本当はさっき何か考えていたでしょ?」
「え?」
「君の表情を見れば、分かるよ」

いつになく真剣な顔で、そしてどこか心配そうに私を見つめる土萌さん。彼の瞳に囚われてしまえば、もう嘘なんてつけなくなる。

「土萌さんと、初めて会った日のことを思い出していたんです…」
「僕と?」
「はい。懐かしいなって」

私がそう言えば、土萌さんは嬉しそうに笑った。そして、「懐かしいね」って言って私の向かい側に座る。どうやら、お客さんがいないから土萌さんも休憩に入るみたい。

お客さんがいないときにこうして土萌さんと二人きりで話すのが目的で、お客さんがいない時間を狙って来ていること、土萌さんは気づいているのかな?

なんて心の中で思いながらも、こうやって二人でお喋りできることはとても嬉しい。

「じゃあ、君の頭の中は今、僕でいっぱいってこと?」
「えっ!?えっと、そういうわけ、じゃ…」
「…違うの?」

悲しそうに眉を下げて小首を傾げる土萌さん。うぅ、そんな表情見せられたら、違うだなんて言えなくなっちゃうじゃないですか!

でもそんな、土萌さんのことで頭がいっぱいだなんて…恥ずかしくて言えません。

「僕の頭の中は、いつも君のことでいっぱいなんだけどな」
「…今、なんて?」
「僕は、いつも君のことを考えている。この意味、分かるよね?」

そう言って私の唇を奪った土萌さんのキスは、さっき食べたチーズケーキの口どけよりも滑らかで甘かった。

まるで天使とキスしたみたい。なんて言ったら、土萌さんは笑ってくれるかな?


14/01/12
happy birthday yoh tomoe.

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