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ある日突然、能天気な両親から海外に転勤になったことを告げられた。
私の両親はいつも突飛なことを言うと思っていたけど、ついにここまできたか。

海外に転勤だなんて、冗談じゃない。日本語もまともに話せない私が、海外でやっていけるのかと聞かれれば、答えはNOだ。

両親について行くことを拒否した私。だけど、さすがは生みの親。私が拒否するのは想定範囲内だったらしい。すでに、国内にある全寮制の学園への転校手続きをとってあった。

その素晴らしい行動力と脳みその回転を、自分達がしている研究にも生かしてくれたらいいのに。

天文学者である私の両親は、専門家にしか理解することができないような研究をしている。そして、両親のその特殊な仕事のせいで、私は今まで振り回されてきた。

一つの場所に長く留まることはなく、日本各地を行ったり来たり。おかげで、47都道府県は誰よりも早く覚えた。だけど、さすがに両親の世界進出にはついていけない。日本地図だけじゃなく、世界地図まで覚えるはめになる。

だから、両親がしてくれた転校手続きには素直に感謝した。

だけど、それが間違いだったらしい。その間違いに気づいたのは、転校先の星月学園の資料を読んだとき。私は、その資料を破り捨ててやろうかと思ったくらいだ。

だってまさか、私の転校先が男子校だなんて誰も思わないでしょ。
能天気な両親の考えを理解するには、今の私にはまだ早かったらしい。

転校先の星月学園は、正確に言えば男子校じゃない。もともとは男子校で、近年になって新しい視野の開拓と目して女子生徒も受け入れるようになったとか。だけど、立地条件と専門的すぎるカリキュラムが災いして、これまで入学してきたのは女子生徒は一人しかいないらしい。

つまり、女子生徒が一人いたとしても、残りは男子生徒しかいないことになる。

何が悲しくて、男まみれの学園に転校しなくちゃいけないんだ。これから始まる私の輝かしい青春を返してもらいたい。

とまぁ、そういった理由があって、高校二年生の春。私、名字名前は星月学園に転校することになりました。


呼吸する未来が眩しくて遠ざけた


麗らかな春の気候。思いっきり吸い込んだ春風に含まれた花々の香りが、優しく肺の中を満たしてくれた。
そして今が春休みのせいなのか、学園内に生徒たちの姿はなかった。そのおかげで、私はこうして一人で学園の並木道にある桜を見上げることができる。この景色を、こうして独り占めできるのは贅沢なことだ。

それが気持ち良くて、私はずっと同じ体勢をしていたせいで固まってしまった腕の筋肉伸ばした。

「んん〜っ。は、疲れた」

星が綺麗に見える田舎の小高い丘の上に立つ、全寮制の高校。それだけあって、ここまで来るのには時間がかかった。というか、遠すぎでしょ。何時間もかけて、電車やバスを乗り継ぎ、やっとここまで来たんだから。

ガラガラと、荷物を詰め込んだスーツケースを引っ張る。

確か、この道を真っ直ぐ行けば校舎の玄関に着くはず。地図に描いてある道を頼りに、歩き慣れない道を進んでいく。

去年の冬に、理事長へ挨拶するためにこの学園に来たことがあったけど、そのときは激しい吹雪のせいで何も見えなかったし。校舎に到着する前に凍死するかと思ったくらいだ。

そういえば、さっきから思ってたんだけど、この学園って普通の高校とかと比べるとすごく綺麗。校舎の周りの整備も行き届いているし、何より、校舎自体が大きい。その上、全校生徒が住んでいる寮があるっていうんだから、ここはお金持ち学校なのかもしれない。

あの能天気な両親は、私をこんなところに入れて大丈夫なのだろうか?
まぁ、今まで振り回されてきた分、ここで落ち着かせてもらいたい。

そう思いながら、私は職員室へ向かった。

「失礼しまーす…」

校舎の一階にある職員室。コンコンとノックをして扉を開ければ、中には教職員だと思われる人が、何人かいた。

「お、名字名前か?」
「はい」

扉から一番近い席に座っていた教師が、私に気づいて出迎えてくれた。

「よくここまで来たな!遠かっただろ?」
「ええ、まぁ。かなり」
「ははっ、そうだよな。俺は陽日直獅。お前の担任だ」

そう言って、陽日先生は右手を差し出した。ああ、あれか、握手するってことですか。差し出された右手に対して私が右手を差し出すと、陽日先生は私の手を掴んでぶんぶんと上下に振った。

思ったんだけど、なんかこの先生、小さくない?え、小さいよね?私、間違ってないよね?目線の高さが同じなんだもん。明らかに小さいよね。

まぁ、そんなことを追求しだしたらきりが無い。世の中いろいろな人がいるってことだよね。だけど、担任と、しかも男の先生と目線の高さが同じっていうのはちょっとなぁ…。

「直獅、転校生が来たのか?」
「おう!琥太郎先生。こいつが名字名前だ」
「こいつが、か」

花緑青の色をした髪をゆったりとサイドに結んだ男の人が、陽日先生の後ろからのっそりと現れた。

琥太郎先生と呼ばれた人物は、私のことをじーっと見つめてきた。なんか、威圧感というか、なんというか、よく分からない雰囲気がある先生だ。

先生のアメジスト色の瞳に見つめられるだけで、なぜか背筋が凍りつくような感覚がする。第一印象で判断した結果、私はこの人が苦手だ。

「この学園の保健医をしている星月だ」
「…はぁ」
「その様子だと、覚えていないみたいだな」
「は?」
「いや、こっちの話だ。困ったことがあったらいつでも頼ってくれ」

そう言って、星月先生は私の横をすり抜けて行ってしまった。

なんだかよく分からなかったけど、あの先生が言った一言が気になる。覚えていないみたいだなって、どういう意味?私、あの先生に会ったことあるっけ?転校が多かったせいで全国各地を巡ってきたけど、あの先生と会ったことなんてない…はず。

だけどまぁ、覚えていないなら仕方がない。それに、さっきの第一印象のせいで、あの先生に頼る気はまったくと言っていいほどなくなってしまった。

「名字、荷物はすでに寮に届いてっから、まずはそこに案内するぜ!」
「よろしくお願いします」

私が持っていたスーツケースを手に取って、陽日先生は歩き始めた。

なんでだろう?どうして紳士的な行動をされても、まったくときめきが湧いてこないんだろう。陽日先生がチビだからかもしれない。うん。

とりあえず、これから二年間お世話になるんだ。ある程度、失礼のないように接していこう。

「陽日先生って、身長何センチですか?」
「…人間、言いたくないことの一つや二つ、あるんだよ」
「いや、チビなのはもう分かってますけど」
「ムキーッ!!初日から俺のことチビって言うなー!」

静寂に包まれていた星月学園に、陽日先生のうるさい叫び声が響き渡る。

これからの学園生活が、どうか静かで落ち着いたものでありますように、と神様に祈ったのは言うまでもない。






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title by 誰花

13/12/26



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