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逃げたかった。私は、逃げようとした。その努力だけは認めてもらいたい。だけど目の前に現れた大型巨人は、逃げ回る私の腕をいとも簡単に掴まえてみせた。いつか駆逐してやる…!


密やかに沈んで潜んで、その後は


「ぬはははっ!逃げようとした名前が悪い!」
「ちょっと、離してってば!なっ、ちょ、どこ触ってんの!天羽!!」

私を掴まえたのは、突如天文科二年生の教室に現れた天羽だった。天羽が現れた瞬間、反射的に私は逃げようとした。だけど、逃げようとして向かった扉の先には、なぜか夜久さんが得意げな顔をして出入り口を塞いでいた。

どうした、夜久さん。天羽と何か変な打ち合わせでもしたんですか?

夜久さんのその行動に驚いて、一瞬だけ立ち止まってしまったのがいけなかった。その瞬間に、後ろからにゅっと現れた天羽にがっしり抱きしめられてしまったのだから。

この学園の男は一々、女に抱きつかないとやってられないのだろうか。そしてあろう事か、天羽は私のことを肩に担いだ。そのときに私のお尻を触ったこと。私は一生根に持つからな。

「…最悪」
「ごめんね、名字さん。一樹会長の命令には逆らえなくて…」

私が天羽に担がれている横で、ニコニコとご機嫌な夜久さん。その表情からは、謝罪の気持ちがまったく伝わらないんですけど。

どうやらこの二人は、この前屋上で最悪な出会いを果たした変態会長の命令で、私を拉致しに来たらしい。夜久さんが生徒会書記だってことは知っていたけど、天羽が生徒会会計だったとは…。そういえば、初めて会ったときにそらそらが生徒会の仕事がうんちゃらって言ってたっけ。ん?じゃあ、そらそらも生徒会のメンバーなの?

なんてことをもんもんと考えていれば、どうやら目的地に到着したらしい。きっと生徒会室に入る前に降ろされるだろうから、そのときに逃げてやろう。そう思ったんだけど、どうやら天羽は最後まで私のことを離さないつもりらしい。

なんと、そのまま生徒会室に入ったのだ。私のことを肩に担いだ、そのままの状態で。そんな羞恥に耐えられなかった私は、なんとか自分は米俵だと言い聞かせることでその場を切り抜けることにした。

「ぬいぬい〜!名前を確保してきたぞ!」
「一樹会長、任務完了しました!」
「よぅし、お前ら!!よくやったな!」

天羽と夜久さんは、まるで事件の犯人を捕まえた警察官のような誇らしい顔をしていた。なんだこれ。私は犯人か。

そして、まるでご褒美だと言わんばかりに二人の頭をぐしゃぐしゃと撫でる変態会長。どうやら、この学園の生徒会は変人の集まりらしい。

なんて、今の私は米俵なんだ。米俵は生きていない。こんな思考をもっちゃいかん。無心でいよう、無心で。何を言われても動じないように。私は米俵。私は米俵。うん。なんか、不思議な悟りを開いてしまいそうな気がする。

「名前、今日からお前は生徒会副会計だ!翼のサポートをしてもらう」
「………。」
「ぬわーいっ!今日からよろしくな、名前」
「………。」
「翼くんの発明品は爆発することがあるから、気をつけてね」
「………。」
「……最悪です」
「それはこっちのセリフだよ、そらそら」

あ、いけね。思わず喋っちゃった。いやでも、ボソッと小さな声で呟いたそらそらの発言を見逃せなかったんだよ。

ほら、そらそらなんて、私が自分のことをそらそらと呼んだことがよっぽど気に食わなかったのか、まるで生ゴミを見るかのような目で私のことを見つめている。だから、負けじとこっちも睨み返してやった。だけど天羽に担がれているこの体勢からだと、首がつる…。

「天羽、降ろして」
「ぬいぬいさー!」

やっとのことで、天羽の肩から降りることができた。その瞬間に頭に登っていた血が一気に流れ込んできた気がして、気持ち悪さを感じた。

「変態会長、私はこの前、生徒会に入ることを断ったはずですけど?」
「じゃあ、そのときに聞いたはずだ。俺が決めたことは絶対に覆らないと。それに、俺は変態会長じゃない。一樹会長だ」
「生徒会では、お互いのことを下の名前で呼ぶことが決まりなの。だから、あたしのことは月子って呼んでね」

いやもう変態会長は変態会長だし、生徒会には入らないし、だからこそ下の名前で呼ぶのが決まりだとかよく分からないルールは聞かなかったことにします。

とりあえず、帰りたい。今の私は、どうやったらこの場から抜け出せるかについて必死に考えていた。まず、目の前には変態会長と夜久さん。この二人の間を割り込んで抜け出すことは難しい。だからといって、後ろには天羽が立っている。身長の高い天羽は腕も長いため、後ろと左右を包囲されたも同じだ。

…ん?これって、逃げ場がないってことになるんじゃないかな?前後左右、完全に包囲された状況。だったら、残された道は上か下となる。なんて、忍者でもない限り上にも下にも逃げることはできない。

つまり私は、逃げ出すこともできないままに、生徒会室にあるソファに座るよう促されたのだ。

「絶対に、嫌だ」
「イエスと言うまで帰さないぞ」

ソファに座って向かい合う、私と変態会長。そして、私たちの間に流れる言葉には言い表しがたい空気。もう、我慢の限界だ。

「変態に私を止める権利はありません」
「まずは、俺のことを変態と呼ぶのはやめろ。ったく、こりゃあ話が長くなりそうだ。颯斗、茶を淹れてくれ」
「…はぁ。紅茶でいいですか?」
「ああ。頼む」

紅茶、その単語にピクリと私の鼻が反応した。前にも言ったけど、私は無類の紅茶好きだ。そりゃあもう、ご飯と紅茶という絶対に相容れない食べ物同士を好んで食べるほどに。

まぁ、紅茶を飲んでから帰るのも遅くはないはず。仕方がなく、いや、本当に仕方がなく、私はスカートの皺を直してソファに座りなおした。

「お?生徒会に入る気になったか?」
「…まず、どうしてそこまでして私を生徒会のメンバーに入れたいのか説明してください」

私がそう言うと変態会長は、「そうだなぁ…」と言って何やら考え込んでしまった。いやいやいや。そこを即答してくださいよ。こんなに勧誘してくるんだから、何か理由があるんじゃないかって思っちゃったじゃん。もしかして、理由なんてない、とか?

もし、私が女だという理由だけで生徒会に勧誘しているのら、即断ってやる。

「生徒会のメンバーは俺のスカウトによって成り立っている。つまり、俺が直感でこいつを仲間にしたいと思った奴を入れている」
「…は?」
「つまりは、勘だ。お前を生徒会に入れろと、俺の勘が言ったんだ」

だーめだ、こりゃ。どうやら、この会長は本能のままに生きているらしい。サバンナに生きる野性の動物かの如く、この生徒会を構成したというのか。こんな生徒会長にスカウトされた三人のメンバーに同情の目を向ける。

だけど目を向けた先には、天羽が何やら楽しそうに機械をいじっていて、それを夜久さんが優しい眼差しで見守っていて、そして、そらそらが紅茶を淹れ終わったばかりだった。…今日も、平和そうで何よりです。そんな言葉しか思い浮かばなかった。

「…どうぞ」
「…どうも」

真っ黒な笑みを浮かべたそらそらに対して、負けじと私も睨みながらも余裕を持って微笑み返してやった。

しかし、出された紅茶に口をつけないというのは失礼だ。だから、私は紅茶を飲む。決して、私が飲みたいから飲むんじゃない。そこは、理解してもらいたい。

紅茶が入れられたティーカップに、一口、口をつけた。その瞬間に香る、マスカットフレーバーの独特の香り。今まで生きてきた中で、私は今日まで数え切れないほどの紅茶を飲んできた。だけど、ここまで香りが良い紅茶を飲んだことはない。そう、言い切れる。

茶葉が良いのかもしれないけど、紅茶の味は淹れる人によって変わる。こんなに素晴らしい紅茶を淹れることができるなんて、そらそら、何者…!

「美味しい…」
「…名前は、紅茶が好きなのか?」
「え?ええ、まぁ」
「そうか…。もし生徒会に入れば、颯斗が淹れた紅茶、飲み放題だぞ」

ニヤリ、と笑った変態会長。それはいわゆる、物で釣るってことですか?いや、そんな卑怯な手に乗るなんて…そんな…。

「そらそら、それは本当かい…?」
「…一樹会長がそう言うなら、僕は逆らえません」
「どうする?名前」
「…考えておきます」

あんなに嫌だった生徒会に入りたいと思うほど、そらそらの紅茶は絶品だった。ただ、それだけ。だけど、「考えておく」と言った私の返事を、変態会長は生徒会に入ることを肯定したと取ったのか、その日から、生徒会のメンバーリストに私の名前が載ったことを知るのは、もうちょっと先の話。

そしてそのとき、紅茶が好きだと言った私を会長が優しい目で、そしてそらそらが悲しい色を浮かべた目で見つめていたことに、私は…気づけなかった。






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title by 誰花

14/01/15



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