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授業をサボって、屋上の給水タンクに隠れてお昼寝をしていたときは幸せだった。その幸せの余韻に浸りながら、今日一日を終わらせるはずだったのに。

だけどその幸せは、ある出来事によってぶち壊されることとなった。あの最悪の変態との出会いによって。


きっと不可逆の夢を見ている


暑苦しい陽日先生の授業から逃れて、気持ち良い陽だまりの中でウトウトと微睡みに身を任せていた。意識が途絶えるか途絶えないかのギリギリの境界線にいたときに、ちょうど授業終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。

よっし。寮に帰ろう。ここでもたもたしていて夜久さんに見つかったら、何かと面倒だし。夜久さんはいつも、一緒に帰ろうって誘ってくれるけど、私はそれを断り続けていた。もうここまできたら、半分意地なのかもしれない。だけど、人との付き合いが苦手なのは変わらない。

断ったときに見せる夜久さんの傷ついた顔を見るのは、少し辛いけど…。

寝転がった体勢から起き上がった私は、勢い良く給水タンクがある場所から飛び降りた。あまり高さもなかったし、私の運動神経なら怪我なく着地できると思っていた。それが、いけなかった。

「あ、え、ちょっと!危ない!」
「は?」

着地しようとした地点には、運悪く人がいた。まるで銀食器のような光沢を持つ髪色、そして宝石のエメラルドのように透き通った瞳。たった一瞬見ただけだったのに、なぜかその人の顔が記憶の中に鮮明に残った。

そして、その人の上に着地することは避けられないと咄嗟に判断をした私は、思わずギュッと目を閉じた。

だけど、その人を巻き込んで倒れこむはずだった衝撃はまったくなかった。そしてその代わりに感じたのは、人に抱きしめられた感触だった。

何があったのかまったく分からないまま目を開けてみれば、私を抱きしめていたのは着地地点になるはずだった男の人だった。その瞬間に、フリーズする私の思考。それからしばらくの間、私は動くことができなかった。

…何、この人。私のことを抱きとめてくれたのは、もしかしたら善意だったのかもしれない。え、だけど、鼻息を荒く感じるのは私だけ?なんか、心なしか私の髪の匂い嗅いでない?

そして、男が繰り返し叫んでいるのは私の名前。なに、そして、会いたかったって。私は、これっぽちも会いたくなかったよ。あんたみたいな…変態に。

「こんの…」
「え?」
「こんの、変態!!」

思いっきり左手にスナップを効かせて、そいつの右頬にビンタをかましてやった。

そうすることで自然と離れたそいつの身体。そしてビンタを喰らったそいつは、まるでそのことが信じられないと言うかのようにその男は大きく目を見開いていた。なんだろう、この人。もしかして今まで抱きしめた女性たちからは、みんな喜ばれていたんだろうか?

ちょっと顔が良いからって、馬鹿にしないでもらいたい。イケメンが何をしても許されるっていうのは、漫画の中だけの話だ。

そして挙句の果てに、「もしかしてお前、俺のことを覚えていないのか?」とお決まりの文句を言いやがった。だから私は、思いっきり叫んでやった。

「あーもう!そのセリフは聞き飽きた!!大体何!?飛び降りたことは謝るけど、受け止めてくれなんて誰も頼んでないでしょ!?なにちゃっかり抱き締めてるの?ねぇ、餓えてるの?餓えてるの?そうなの?この変態!」

きっとこいつは餓えているんだ。私と夜久さんしか女子生徒がいないこの学園で、男共が餓えているのはここ数日過ごしてよーく分かった。

何せ、四六時中態度が悪い私にもみんな話しかけてくるんだもん。よっぽど女子と話したいのかは知らないけど。私でこの状態なら、夜久さんはもっと大変なんだろうなぁ…って、今はそれを考えている場合じゃなかった。今の問題は、目の前で呆然としているこの男だ。

そしてそいつは、しばらく何かを考えた後、もう一度口を開いてお決まりのセリフを言った。

「本当に、覚えていないんだな」
「だから、そのセリフ聞き飽きた。私は、この学園にいる誰とも会ったことなんてないし、あんたみたいな変態は生まれて初めて見た」
「あー…抱きしめちまったことは謝る。悪かった」

そうやって素直に謝られると、なんか私が悪いみたいじゃん…。なんて、思いっきり罵声を浴びせてやったから後味が悪い。

あーもう、いっか。もうこれ以上この人と関わるつもりにもなれない。早いところここから立ち去りたい。そう思って、屋上から立ち去ろうとしたときだった。

「俺は生徒会長の不知火一樹。つまり、俺はこの学園の支配者ってわけだ」
「いや、聞いてないし」

聞いてもいないのに、いきなり自己紹介をし始めた変態。何が驚いたかって、その変態が生徒会長だったこと。いやだけど、生徒会長が学園の支配者だとかいう中二病全開の発言をされても困る。

「そして、俺が決めたことは絶対に覆らない」
「おーい。聞いてる?」

さっきからちょいちょいツッコミを挟んでみても、変態…変態会長は私のツッコミを無視して話を続ける。

「名字名前!お前は今日から生徒会に入れ!」
「…は?」

鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのは、まさに今の私の顔を現しているのだろう。だって、いきなり変態会長が、訳の分からないことを言い出すから。

この変態が、生徒会長だということはよく分かった。そして中二病を拗らせていること。それから、人の話をまったく聞かないこと。最終的には、突飛な発言をし出すこと。こんな人間とは、これから関わることを想像しただけで嫌気が差す。

だから私は、はっきりと断った。

「嫌です」
「今、何て言った?」
「嫌って言いました。生徒会長がどんだけ偉いか知らないけど、私を束縛する権利はないでしょ」

決まった…!そう、思った。捨て台詞にしては最高の出来だと思った。そしてそのまま、私は今度こそ屋上から立ち去る。…はずだった。

「待ってくれ!」

その叫びは、ただ私のことを呼び止めただけのものだったかもしれない。だけどなぜか、私にはその叫びが悲痛な声に聞こえた。

そう聞こえたせいか、私は思わず立ち止まってしまった。彼の話を聞かなければならない、そう思ったから。だけど、それも一瞬のこと。その気持ちはすぐに冷めてしまった。

「まだ、何かあんの?」
「俺は、絶対にお前のことを諦めない」
「うるさい。迷惑」

そして私は、逃げるようにその場から立ち去った。急いで屋上のドアを開けて、そして走って階段を駆け下りる。最上階の屋上から一階まで一気に駆け下りた私は、校舎から出てすぐのところで息を切らして立ち止まった。

…あれ以上、あの人と目を合わせることはなんか嫌だった。

あの宝石のエメラルドのように透き通った瞳に見つめられると、なぜか全てを見透かされるような気がした。それが、怖かった。

なんだか、保健医と初めて会ったときもこの感覚を味わった。まるで背筋が凍りつくような、あの感覚。どうして、私がこんな目に合わなくちゃいけないんだろう。

とりあえず、今日のことはもう忘れよう。早く寮に戻って、寝よう。寝れば嫌なことは全部忘れれる。それは、小さい頃からの私の得意技だった。…得意技って言って自慢していいことかは分からないけど。

ああ、でも、またあの夢を見たら嫌だなぁ。

乱れた息を整えて、私は寮までの道のりを一人ぽつんと歩いていった。






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title by 誰花

14/01/13



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