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星明りが地上に零れ落ちる夜。誰もいない牡羊座寮の屋上に、俺と名前はいた。俺がいつもくつろいでいる赤いソファの上に。
「…なんで呼び出したの?」
「なんでってことはないだろ?彼女と一緒に星を見ちゃいけねー決まりなんてないんだから」
制服を着たまま、ソファの上で足を組みなおす名前。ったく、お前が屋上庭園じゃ誰かに見られるかもしれないって言うから、わざわざここを選んでやったのに。
名前はなんと言うか、俺と一緒にいるところを誰かに見られることを嫌う。理由は、付き合っていることをバレるのが恥ずかしいから、だ。
つまり、俺と名前が付き合っていることを知っているのは、学園のごく一部の人間。生徒会の奴らと、誉くらいだ。ちなみに、桜士郎にも教えようとしたが名前が全力で拒否したため、あいつには教えていない。
俺としては、名前に変な虫がつかないように付き合っていることを公言したいんだが、どうも上手くいかないようだ。
「寒いから早く帰りたいんだけど…」
「ん?寒いのか?だったら、ほら。こっちにこい」
「…何、その手」
ソファに座っていた俺は足を大きく左右に広げ、両手を名前に向かって伸ばした。
何って…寒いんだったら、俺の足の間に座ればいいって話だろ?そういう意味を込めて、「ほれっ」とまた両手を伸ばすが、名前はハァーとため息を吐いてそっぽを向いてしまった。
「せっかく彼氏が目の前にいるんだから、甘えてこいよ」
「…嫌だ」
今この場所には俺と名前しかいないというのに、こいつのガードは固いままだ。まぁ、そのガードを壊していけばいいだけの話なんだがな。
俺は、未だにそっぽを向く名前を後ろから抱き寄せた。その瞬間に手足をバタバタと暴れさせる名前だったが、男女の力の差は大きい。すぐにそれを押さえつけるようにして抱え込むと、意外にもあっさりと大人しくなった。
今の俺たちの体勢は、ソファの上に横になって座る俺の足の間に名前が挟まりこんでいる状態。しばらく名前のことを抱きかかえていれば、こいつの体温が制服越しに伝わってくる。もうすぐ4月になるとはいえ、まだまだ春風は冷たさを含んでいる。それでも、こいつとこうして体温を分け合えば少しは寒さも誤魔化せるだろう。
そうやってしばらくの間、お互い無言で星空を見上げていた。
それでも、無言で星を見るっていうのはどうにも寂しい。だからといって、変な話題を振ってしまえばこいつの機嫌を損ねてしまう恐れがある。
だったら…。
俺の悪戯心が、ザワッと湧きあがってきた。
むにっ。
「むっ、」
「やっぱり俺、お前の唇好きだ」
親指と人差し指で挟むようにして触れた名前の下唇は、猫の肉球のように柔らかくいくら触っていても飽きない。
他のことをすれば機嫌が悪くなるこいつも、俺に唇を触られることは嫌じゃないらしい。案外こいつも、可愛いところあんだよな。
むにむにっ、むにむに。ふにっ。
親指と人差し指で下唇を挟んで引っ張ったり、上唇のラインから下唇のラインにかけてゆっくりとなぞったり。ピアノを弾くように、唇を指で弄んだり。
だが、それだけじゃ俺は満足しない。だんだんとヒートアップしていく俺の悪戯心は、どうやら止めることはできないみたいだ。
くちゅ。
「ひゃっ…!」
「隙あり」
名前の耳元に俺の唇を寄せて、自分でも驚くくらいの優しい声で囁く。それとは対象的に、俺の指は名前の口内に侵入して好き放題に暴れる。
歯列をなぞったり、舌を弄んだり。そうすれば、さっきまで大人しくされるがままだった名前が、また足をじたばたと暴れさせ、自分の手で俺の腕を引き剥がそうとする。それでも、暴れる足に俺の足を絡めて押さえつければ名前はもう成す術がなくなる。
そうやって暴れないで、自分の歯で俺の指に噛み付けばいいものを…。その甘さが、ますます自分を追い込むことになるとは知らずにな。
「ひょ、ひゃふ、ひゃふひ…ひゃめっ」
「んー?何て言ってんのか聞こえねーな」
「んっ、はぁ、はぁ…」
もう少し弄んでいたかったが、名前の瞳が涙で潤んできたために指を引き抜いた。
だが、それでも俺の悪戯心は収まらない。俺は、名前の唾液で濡れた指を、自分の口の中に運んだ。
「ちょっ、何考えてんの…!?」
「ん?俺は名前のことしか考えてないぞ?」
「バカじゃないの!?」
顔を真っ赤にして俺の胸板をポカポカ叩く名前。ったく、可愛い反撃だな。だが、そうやって俺の方に向き直っちまったのが失敗だったっつーことで。
俺は、自分の唾液で濡れた指をもう一度名前の口内へ運んだ。
暴れだしそうになった名前の腰に腕を回して、逃げられないように抱き寄せる。そうすれば、名前は、恨めしそうに、だが、物欲しそうに俺の顔を見上げた。
「んーどうした?」
「っ…!?」
「ちゃんとしてほしいって言えば、キス、してやるぞ?」
こんだけ弄んでやったんだ。名前が何をしてほしいかくらい、すぐに分かる。だが、ここで俺からしちまえば俺が我慢した意味がなくなるだろ?名前の唇を触ったときから、ずっとお前にキスしたかったんだから。
その我慢も、あと少しだがな。あとは、名前が自分からキスをしてくれって言えば俺の作戦は成功ってわけだ。
普段は強情な名前に、キスをねだらせるのはいつも苦労する。キスをねだらせるために、俺はいつもこうしてこいつをその気にしなくちゃいけないんだからな。まぁ、その分楽しませてもらってはいるが。
名前の口から自分の指を引き抜けば、唇と指先を繋ぐ銀色の糸が現れる。途中でプツリと切れたその糸は、名前のあごを濡らした。それを俺が見逃すわけがなく、唾液で濡れたあごにベロリ、と舌を這わせた。
「ひゃうっ」
「なぁ、早くキスしたいんだが…」
「す、すればいいじゃん…」
「ダーメだ。名前がねだるまで俺は我慢するって決めてんだ」
「何それ…」
目線を泳がせながら、なんとかこの状況から抜け出そうと必死に思考を張り巡らせる名前。それが時間の無駄だってこと、お前はいい加減理解した方がいいぜ?
名前が考え込んで何も喋らないのをいいことに、俺は名前の頬に、額に、鼻先にキスを落としていく。それでも、唇のキスだけは絶対にしない。俺がキスする度に名前の身体が震えていて、その姿に俺の心はどうしようもない気持ちで満たされる。
あー本当。名前は可愛い。俺のことが好きで好きで仕方がないくせに、いつも見栄を張ってそれを隠そうとする。それがバレバレだってこと、お前は分かってんのか?
それと、俺がお前のことを好きで好きで仕方がないってことはちゃんと伝わっているよな?俺は、溢れ出してくるお前への愛を抑えることなんてできねーんだから。
「か、一樹…」
「…なんだ?」
「キス、して…?」
春風にかき消されてしまいそうな、そんな小さな声だった。それでも、この距離なら俺の耳には充分届く。
顔を真っ赤に染めて小さく震えながら俺にキスをねだる名前の姿は、いつ見ても愛おしい。だが、それでもまだダメだ。
「どんなキス、して欲しいんだ?」
「っ!?い、意地悪…!」
「好きな子をいじめたくなる小学生の心理が、今なら分かる気がするな」
俺の質問に、名前の身体はさらに縮こまってしまう。そんな彼女の緊張をほぐすように、俺は名前の頭を優しく撫でる。上から、下へ。柔らかい髪をすくように。
そうすれば、噛み締められていた名前の唇が小さく開いた。
「い、いつもみたいに…」
「いつもみたいに?」
「あ、う…一樹、もう…」
「ダメだ。最後までちゃんと言え」
意を決したように、名前は目を閉じて言葉を続けた。
「ぐちゃぐちゃに、なっちゃうやつ…」
「…仰せのままに、お姫さま」
震える名前に、俺は噛み付いた。
まるで、小さな兎を襲う狼のように。
ったく、これはいつまで経っても名前をいじめるのはやめられそうにねーな。頭のどこかでそんなことを思いながら、俺は我慢していた気持ちを消化するかのように、何度も名前にキスをした。
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14/03/31
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