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ドッカーン!!

「…おーい、お前らー。無事かー?」
「ゴホッ、ゴホッ!…なんとか」
「…翼くん、大丈夫?」
「うぬぬ…また失敗したのだ〜」
「つーばーさーくん?失敗の一言で片付けられると思ったら、大間違いですよ?」

放課後の生徒会室は、今日も賑やかです。

文化祭に向けて、生徒会は今日も多くの仕事に追われていた。そんなときにに起きた翼くんの爆発。その爆発のせいで、机の上に積み上げられていた大量の書類は一気に宙を舞い、床に散らばった。

「あっちゃー…これは、仕事よりもまずは片付けを優先しなくちゃだね」

私の一言に、みんながそれぞれハァーと重たいため息を吐きながら頷く。そして、一樹会長と颯斗が翼くんにお説教をしようと立ち上がり、私が片付けに取り掛かろうと立ち上がったときだった。

「痛っ…!」
「月子ちゃん…?どうしたの?」

突然、床に座り込んだままの月子ちゃんの顔が苦痛に歪められた。

「ちょっと、倒れた衝撃で足をくじいちゃったみたい…」

まだ顔に苦痛を残しながらも、みんなに心配かけないように立ち上がろうとする月子ちゃん。それでも、月子ちゃんが無理をしているってことは、私以外の生徒会メンバーだってすぐに分かった。

無理して立ち上がる月子ちゃんを支えようと手を伸ばしたとき、私よりも先に伸びてきた手によって月子ちゃんの身体は支えられた。

「馬鹿野郎!!無理すんな!」

無理をしている月子ちゃんに、お説教をするかのようにして怒鳴った一樹。そんな一樹の手は、月子ちゃんを抱きしめるようにして彼女の身体を支えていた。

「ご、ごめんなさい…」
「ったく、これは保健室に行ったほうがいいな…」
「ぬわわ〜!!書記、大丈夫かっ!?」
「月子さん、すぐに保健室へ。翼くんも、月子さんに謝ってください」
「あ、あう…ごめんちゃい」

月子ちゃんに怪我をさせてしまったことに罪悪感を感じて泣きそうな顔になる翼くんと、みんなに迷惑をかけてしまった罪悪感に泣きそうになる月子ちゃん。そんな二人を、一樹は慰めるようにして頭を優しく撫でた。

その姿は、生徒会のお父さんの姿に見えるかもしれないけど、月子ちゃんを撫でたときの一樹の顔はそうじゃない気がした。そう感じた瞬間に、ちくり、と痛んだ私の心臓。ああ、やだ。また、だ。

一樹と付き合うようになってから、もう何度も感じているこの感覚。心臓がチクチク痛んで、胸の中で黒い塊が徐々に生まれてくる。その黒いものを紛らわせるかのように、私は小さく首を左右に振った。

「っつっても、これじゃ歩けねぇよな…。仕方がない。月子、暴れるなよ?」
「えっ?えっと、きゃっ…!」
「うっし。ちょっとこいつを保健室に連れて行ってくる。その間、生徒会室のことは頼んだぞ」

だけど、どうやら紛らわせることはできないみたいだ。だって、私の目の前で一樹は月子ちゃんのことをお姫さま抱っこしたのだから。

その光景に目を見開いて驚く私なんておかまいなしに、一樹は月子ちゃんを抱えたまま生徒会室を後にする。そして翼くんも月子ちゃんに謝罪を続けながら、生徒会室を後にした。

残されたのは、私と颯斗くんだけ。この場に残されたのが私だけだったら、もしかしたら私はここで一人涙を流していたかもしれない。だけど、颯斗くんがいるから。だから私は、こみ上げてきた涙を我慢するために唇をかみ締めた。

そして、無理矢理作った笑顔を浮かべて颯斗くんに、「片付けしよっか」と言った。

「…一樹会長は、ずるい人ですね」
「えっ…?」
「無理して、泣くのを我慢することはないんですよ?」

そう言って、颯斗くんが私の頭を撫でた。どう、してだろう。どうして、颯斗くんには全部お見通しなんだろう?

「会長の優しさが、時には名前さんにとって残酷なものになると思います。だけど、それでも貴方はその残酷な優しさを受け入れて、会長の前では笑顔でいる。それを、悪いこととは言いません」
「っ…うん」
「だけど、あまり溜め込みすぎないでください。僕では力になれませんか?」
「はっ、やと…く、ふっ…」

我慢が限界を超えて、私は颯斗くんの肩に自分の額を擦り付けて小さな嗚咽を漏らした。そんな私を、颯斗くんは抱きしめることはなく黙って頭を撫でてくれた。それが、颯斗くんの優しさなんだと思う。

月子ちゃんが怪我をしたから保健室に連れて行くのは、当たり前だと思う。私だって、月子ちゃんのことが心配だから。だけど、ね。だけど、やっぱりそれだけじゃ納得できないことがあるんだよ。私は、一樹のことが好きだから。

一樹のことが好きだから、月子ちゃんに優しくしているところを見るとどうしても嫉妬してしまう。それが自分の醜い感情だとは分かっているし、何も一樹のことを疑っているわけじゃない。

それでも、やっぱり私は一樹のことが…。

そのとき、コツコツと廊下を歩く足音と、それとほぼ同時に生徒会室の扉を開く音が聞こえた。

慌てて私は、颯斗くんから離れて流れた涙を制服の袖で拭う。

「月子のことは星月先生に任せてきたぞ〜って、…何かあったのか?」
「っ、な、何もないよ…?」
「何もないって…じゃあ、どうしてお前は泣いているんだよ」
「ぬわっ!?名前もどこか怪我したのか!?」
「そ、そうじゃなくて…」

私の目が赤くなっていることに気づいたのか、一樹は私に詰め寄って問いかける。だけど、月子ちゃんに嫉妬して泣いたなんて、私の口から言いたくない。

グッと口を閉ざしてしまった私に、一樹も状況が上手く飲み込むことができなくて首を傾げる。そんな私たちを見てか、颯斗くんが私の代わりに口を開いた。

「僕が言ったんです。一樹会長ではなく、僕では力になれませんかと?」
「は…?」
「それで、名前さんを困らせてしまったみたいです」
「なに、言ってんだ…?颯斗?」

颯斗くんの言葉に、一樹だけじゃなくて私も驚く。だって、颯斗くんの言葉にはいろいろ足りない部分があるから。これじゃあ、颯斗くんのせいで私が泣いているみたい。

そう思ったのか、一樹の眉間に僅かながら小さな皺が寄る。そんな一樹とは正反対に、颯斗くんはにっこりと柔らかい笑みを浮かべた。

「一樹会長、ちゃんと大切な人の傍にいないといつか横から盗られてしまうかもしれませんよ?」
「どういう意味だ?」
「それは、名前さんから聞いてください。さて、翼くん。しばらく、この二人を二人きりにしてあげましょうか」
「ぬ?」

そう言って、颯斗くんは翼くんの腕を引っ張って生徒会室から出て行ってしまった。今度は、私と一樹が生徒会室に残される。

私と一樹の間に、気まずい空気が流れる。それを最初に破ったのは一樹だった。

「颯斗が言っていたのは、本当か?」
「あ、ち、違うの…。私が悪くて…」
「名前が?」
「えっと…」

何から話したらいいのか分からなくて、頭が混乱する。だって、こんな醜い感情を一樹に知られたくない。だけど、颯斗くんが誤解されたままでいるのも嫌だ。

こみ上げてくる感情が、喉に引っかかって上手く口から出せなくなる。口から感情が出るよりも先に、目から感情が涙となって出てきた。

「なっ!?もしかして、俺のせいか…?」

その言葉に、ブンブンと私は大きく首を左右に振る。一樹のせいじゃない。私が、ダメなの。一樹のことをちゃんと信じることのできない私が。だから、一樹は何も悪くない。

一人泣き続ける私を見て、一樹は最初どうしたらいいか分からずにただひたすらに私の頭を撫でていたけど、次の瞬間には、私のことを抱きしめた。そして私の耳元で吹き込むように小さな声で囁いた。

「なぁ、大事な女が目の前で泣いているのに何もできないのは嫌なんだ。ゆっくりでいいから、名前が泣いている理由を俺に教えてくれないか…?」
「っ、聞いても…嫌いにならない?」
「なるかよ。お前のことをこんなにも愛しているのに」

その言葉に、喉に引っかかっていた感情が全て溶け出して、流れ出した。

一樹が月子ちゃんの頭を優しく撫でていたのが嫌だったことも、月子ちゃんのことをお姫さま抱っこしたことに心臓が痛くなったことも、私以外に優しくしているところを見ると嫉妬してしまうことも、全部話した。

その間、一樹はずっと私のことを抱きしめながら、そして時々相槌を打ちながら、黙って話を聞いてくれた。

全部を話し終わったとき、一樹は私が言ったことに対して何かを言う前に、「こっちに来てくれ」と言って、私の手を引いた。

そして、自分がいつも座っている生徒会長の椅子に腰を下ろして、そのままの体勢で私の膝の裏に腕を伸ばして私を抱え上げた。

「か、一樹…!?」
「これも、お姫さま抱っこだろ?」

若草色の瞳に、優しい熱を込めて私を見つめた一樹。思いのほか近い距離に、心臓が跳ね踊る。

「こんなことを言ったら怒るかもしれないが、正直に言うと…嬉しかった」
「え?」
「だって、お前が嫉妬してくれるだけ、俺は愛されているんだろ?」

なんて、そんなことを自信たっぷりな笑顔で言う一樹。

一樹って、凄い。素直にそう思ってしまった。だって、私の中では醜かった感情が、一樹の中では愛という感情に変わったから。私の中にあったドロドロとしたものが、一樹の中にそのままのドロドロした状態で伝わるんじゃなくて、とても優しいものに変わった。

きっと、それは一樹の心が優しいから。そして、一樹の心が私のことを愛してくれているから。

「それに、俺だって颯斗に嫉妬した」
「一樹も?」
「さっきまで、名前の辛い気持ちは俺よりも颯斗の方が分かっていた。そのことにどうしようもなく嫉妬している」

さっきの優しい笑顔とは変わって、真剣な顔をしてまるで私に訴えかけるようにして告げられた一樹の気持ち。

「だから、これは俺に嫉妬させたお仕置き。それと、お前を泣かせちまったお詫びな」
「何をっ、ん」

後頭部を一樹の大きな手の平で押さえられて、お互いの唇がピッタリと重なり合う。それからはもう、されるがままに私は一樹からの熱い愛を受け取る。

これからもきっと、お互いに嫉妬してしまうことはあると思う。その度に、私たちはきっとこうやって自分の中にある醜い感情をお互いの中で熱い愛に変えるためにキスをするんだ。



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14/03/25