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服装よしっ!髪型よしっ!リップもはみでてないっ!

今日は、大学生になった一樹会長と久しぶりのデートです!

半年前、会長は星月学園を卒業した。今までは、生徒会室に行けばいつだって会長に会うことができたのに、今はこうして待ち合わせをしないと会うことができない。

最初は、会長に会えないことがとても寂しかったけど、こうやってたまに会うと、とても幸せな気持ちになれて、こうして待ち合わせして会うのも悪くないって思えるようになった。

だけど、三週間ぶりの一樹会長。久しぶりのデートに気合が入るのもおかしくない。

一樹会長は、大学が夏季休暇に入ると同時に、海外へ放浪の旅に出てしまった。ずっと、自分の目で見たことがないものを見てみたいって言っていたから、こうしてふらりと旅立ってしまう会長を応援してきたけど…やっぱり、寂しいものは寂しいんです。

だから、今日はずっと一緒にいてもらおっと!!

気合を入れてガッツポーズしたら、「ブフッ」と後ろから誰かの笑い声が聞こえた。

振り返らなくたって、誰だか分かる。だって、今のあたしは冷や汗が止まらない。こんなところを、まさか、一樹会長本人に見られるなんて…!

「か、一樹会長…」
「おう。待たせたな!」

ニカッを歯を見せて笑う一樹会長の笑顔が眩しいです!!

それに、機械越しにしか聞けなかった声が、こうして直接聞くだけで脳内に甘くジーンと響き渡った。

「えっと、見てましたか…?」
「ん、何をだ?」
「えっ、その、あの、それは…」
「お前が身だしなみを確認していたことか?」
「っ…!」

恥ずかしい姿を、ばっちりと見られてしまった。だ、だって、やっぱり気になるんです。大学生である一樹会長の隣を歩くのに、相応しいかどうか。

だって、ただでさえ会長は大人っぽい。星月学園の生徒だったときから大人っぽかったのに、大学生になってからはさらに大人になってしまって、会長と高校生であるあたしの間には見えない壁ができてしまっているように思えてならない。

子どもと大人の壁。乗り越えようとしても、乗り越えられないその壁は、いつもあたしを不安にさせる。

だから、せめて見た目だけでも大人に見えるようにっていろいろ努力していた。そんな姿を会長に見られるなんて、一生の不覚です…!

「俺のためなんだろ?」
「ふぇっ!?」
「俺のために可愛くなろうとしてくれているなら、俺は素直に嬉しいぞ」

その言葉に、キュウウンッと心臓が締め付けられる。

何も言えなくて、口をパクパクすることしかできないあたし。そんなあたしを見て、一樹会長は笑いながら頭を撫でてくれた。

「会長には、敵いません…」
「はっはっは!父ちゃんに勝とうとするなんて、100万年早いぞ〜」

勝負しているわけじゃないんですけどね…。でもやっぱり、会長は今日もかっこいいなぁ…。

会長の私服なんて、もう何回も見ているはずなのにまだ慣れない。やっぱり、制服の姿を一番多く見ているせいなのかな?あ、でも、制服を着た一樹会長もかっこよかったな。その姿は、もう見ることができないけど…。

心がぐちゃぐちゃした私をよそに、会長は私の手を取って歩き出す。つられて、私も前に進んだ。

そうだ。今日は久しぶりのデートなんだ!暗いことなんか考えちゃダメッ!!笑顔でいなくちゃ。気持ちを切り替えたあたしは笑顔で、会長に、「今日はどこに行くんですか?」と話しかけた。

「せっかくだから、海にでも行くか?」
「海ですか?」
「シーズンはもう終わっちまったが、泳ぐことはできなくても、足を少し浸すくらいはできるだろ」
「まだ夏ですもんねー」

8月の終わりといっても、まだまだ熱い夏は続いていた。そういえば、夏休みに入ってからまだ一度も海に行っていなかった。

今年初めての海。その初めてを、一樹会長と一緒に行けるのが嬉しい。

海に着くまでの間は、会長が海外で何を見て、何を体験してきたのか聞いたり、私が生徒会でどんなことがあったのかを話したりして歩いた。

そうやってしばらく歩いていれば、目の前に広がる青。

太陽の光が降り注いでキラキラと光る海の青。真っ白な雲が浮かぶ空の青。そして海と空の境である地平線は、白く輝いていた。

「うわぁ…!会長、海ですよ!海!」
「そんなにはしゃがなくても、分かってるって」
「でも、ほらっ!すごく綺麗」

久しぶりの海に感動して、砂浜を走り回るあたし。そんな風にはしゃぐあたしを、一樹会長は眩しそうに目を細めて見つめた。

肺一杯に空気を取り込めば、塩の匂いがする。砂浜で拾った貝殻に耳をあてれば、波の音がする。ああ、海だ。胸の奥から湧き上がる感情に、名前をつけることなんてできない。

それくらい、あたしは久しぶりの海に興奮していた。

「会長、足入れましょう!!足!」
「そうだな!服濡らすなよー」
「大丈夫ですよー!!」

履いていたサンダルを脱いで、パシャパシャと波を蹴り上げる。青い飛沫が跳ね上がって、あたしの心臓も跳ね上がる。

足首まで水につかれば、海の冷たさが夏の暑さを忘れさせてくれた。

「気持ち良いですね!」
「ああ。海なんて久しぶりに入ったぜ」
「会長も、海は久しぶりなんですか?」
「も、ってことは、名前もか?」
「はいっ!今年初めてです!」

水飛沫を上げて波の上を走り回れば、会長は笑いながら手の平で海の水をすくって、あたしにかけた。

「きゃっ!」
「ははっ、どうだ?冷たいか?」
「つ、冷たいけど…。むぅ〜お返しです!」
「うおっと!」

子どもみたいに、水を掛け合うあたしと会長。そんなあたしたちの笑い声が、真っ青な空に響き渡る。

この時間が、いつまでも続けばいいのに。そう、一瞬揺らいでしまった。

そのせいで、足がもつれる。あ、っと思った瞬間には、目の前に泣きたくなるくらい綺麗な青空が広がっていた。

「名前!!」

バッシャン。足がもつれてバランスが崩れてしまったあたし。そのあたしを助けようと手を伸ばした一樹会長。二人で、海の中に倒れこんでしまった。

「しょっぱ…」
「しょっぱって、お前なぁ…」

倒れた衝撃で頭が真っ白になってしまったあたしの口からは、素直な感想しか零れてこない。

それでも、目の前にある一樹会長の顔を見て、急いで状況を理解しようと脳みそがフル回転した。

「かかかかかか、一樹、かいちょ…」
「あーあ、濡れちまったな」
「いや、あの、その…ち、近いです」
「ん?」

どうやら、あたしのことを助けようとして手を伸ばした会長は、一緒に倒れこんでしまったらしい。そこまでは、理解できた。

だけど、そのせいで距離がいつもより近いのだ。会長に手をひっぱってもらったおかげで、海の中に全身が倒れることはなかった。それでも、バランスが崩れたあたしたちは座り込むような形で水に濡れてしまった。そして会長が自分の方へあたしを引き寄せたせいか、私の顔のすぐ目の前に会長の顔がある。

少し動けば、会長の唇とあたしの唇が触れてしまいそうな距離だった。

「はしゃぎすぎたお子様には、おしおきだ」
「へっ!?」

あたしの手を掴んだ方とは反対の手で、一樹会長は私の頬に触れた。そして重なった、二人の唇。

はむっと会長の唇であたしの上唇を吸われて、そして会長の舌が口内に侵入してくる。いつのまにか、頬に添えられた手は、私の後頭部を掴んでいた。

「かい、ちょっ…ん」
「っ、はぁ…おしおきにはならなかったみたいだな」
「ふ、ぇ…?」
「お前が、嬉しそうだから」

ニヤリ、と意地悪く笑った一樹会長。ああ、もうっ。やっぱり会長は大人で、あたしは子どもだ。

だけど、それでもいいと思った。会長には、敵わなくていい。

だって、会長の言葉一つで顔を真っ赤にするあたしは、まだまだ大人になれそうにないから。でも、そんな自分も悪くないと思った。

だから一樹会長。子どものあたしが大人になるまで、ちゃんと傍で見守っていてくださいね。もちろん、その先も。



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14/02/06