Starry☆Sky | ナノ
桜の花びらが一片、またひとひら、風に吹かれて舞っては散っていく。つい最近満開になったと知らせがあった桜の木も、今ではその姿を少しずつ変えていた。
きっと、桜が大好きな彼はこの光景を見て寂しく思うのだろう。
そう思うと、胸がキュッと締め付けられる感覚がした。


汝、愛を望んで得たものを答えよ


でもそれは、今この瞬間に限ったことではない。
今日この日を迎えてからずっとある感覚だ。

今朝、「行きたいところがある。」と言った一樹。せっかくの誕生日だから一樹が希望することは何でも叶えてあげたいと思っていた私は、すぐに頷いた。
だけどまさか、向かう場所がご両親が眠るお墓とは思わなかった。

一樹のご両親は、まだ一樹が小学生だった頃に事故で亡くなった。
そして、それを星詠みの力で予知していた一樹はご両親の未来を変えることができなかった。

それは、星月学園に通っていたころに聞いた、一樹の過去。

影を落としながら話す一樹を見て、思わず抱きしめてしまったことはよく覚えている。そして、それからずっと一樹の前ではご両親の話は避けてきた。
話すことで、また寂しい思いを、辛い思いをさせてしまうのではないかと思ったから。

だからこそ、まさか誕生日にこの場所に一樹が来たいと言うなんて思わなかった。

「もうすぐだね。」
「そうだな。前にここに来たのは、俺たちの結婚報告だったか。」
「うん。」
「なんだかあっという間だな。」

そう言って、また桜並木の桜を見上げた一樹。その表情は、なんだか少し嬉しそうにも見えて、私は小さな疑問符を思い浮かべた。

だって、一樹がそんな表情をみせるなんて思わなかったから。

そういえば、前に結婚報告に来たときは緊張してしまってあまり一樹の表情をよく見ていなかった気がする。そのときも、こういう表情をしていたのかな。
もしそうだったのであれば、どうしてだろう?

なんとなく、繋いでいた手に少し力を込めてみる。そうすれば、桜を見上げていた一樹の顔がこちらに向けられた。

「ん?」

その表情はやっぱり嬉しそうで、目尻が柔らかく緩んだその表情は私が大好きな表情だった。

なんだか一樹が嬉しそうだと思って、なんて言ったら一樹はどう思うんだろう?そう考えていたら、一樹が「ははっ。」と声を出して笑った。

「急にどうしたの?」
「いや?名前のことが好きだなと思って。」
「ありがとう…?」

思いがけない一樹の発言に首を傾げるしかなく、私の頭の中は疑問符でいっぱいになる。今日ここに来た理由といい、一樹の表情の意味といい、今の発言といい、今日は分からないことだらけだ。

それらを問うのは簡単なことなのかもしれないし、きっと一樹ならその答えを全て教えてくれる。それは、二人が一緒に歩んできた時間が、そして重ねてきた想いが確かなものだから。

だけど、それができないのは私が一樹ときちんと向き合うことができていないからなのかもしれない。それをすることで、一樹を傷つけてしまうのが怖いと思っている。

だって、できることならずっと笑っていてほしいから。

悲しい表情も、寂しい思いもしてほしくない。貴方をそうさせるものから出来る限り貴方のことを守りたい。そう思うのは、私のエゴなのかもしれない。

でも、好きな人にそう思うことはきっと当然で、それと同時に間違いであることももう知っているはず。だからこそ、そういった目をそむけたくなるようなことこそ分かち合っていけるように、一樹と一緒になりたいって思ったんだ。

だから、私は思い切って思っていたことを口にした。

「…今日の一樹、なんだか嬉しそう。」
「…そう、だな。お前のおかげだ。」
「え?」
「お、着いたぞ。」

気づけば、私たちは一樹のご両親が眠るお墓の前に来ていた。そして一樹は、スルリと繋いでいた手を離すと持っていた花束をそこに供えた。

そのまま、両の掌を合わせて目を閉じる。一樹の言葉の意味がうまく理解できていなかった私も、つられて同じように手を合わせて目を閉じた。

一樹のお父さん、お母さん。今日は、一樹の誕生日です。一樹を生んでくれて、ありがとうございます。そうでなければ、私たちは出逢うことができなかった。結ばれることが、なかったと思います。
…だけど、同時にこうも思うんです。お二人が今も一樹の隣にいたら、きっと私と一樹は出逢うことはなかったけれど、今よりも幸せだったんじゃないかって。

一樹のご両親に挨拶をしながら、そうか、と思う。だって、気づいてしまったから。こんなのは、私のエゴでも何でもない。私は、一樹を幸せにできる自信がないんだ。

出逢って良かったと、そう思ってもらえる自信がない。

そう、思ったときだった。

「父さん、母さん。…俺、強くなりたかったんだ。」
「…?」
「ずっと、弱さは敵だと思っていた。だからこそ、強くなりたいと思った。誰かを好きになることは、弱さに繋がる…。俺には弱くなっている時間はなかったし、それに恋愛や恋人だって柄じゃないってずっと思っていたから。」
「………。」
「だが、名前と出逢った。」
「一樹…。」
「自分一人で立ち続けられない奴が、誰かを好きになるなんて許されないと、そう思っていた。支え合う関係を望んでしまえば、なし崩しに弱くなっていくだけだから。だが、名前と出逢って分かったんだ。自分の弱さを認められない奴もまた弱いと…。」
「………。」
「だから、俺はこれまでの自分を壊したくなった。これからの時間を、人生を、名前と共有したいってそう心から思ったから。」
「っ…。」
「こうして名前と出逢って、そしてそう思うことができたのも、父さんと母さんのおかげだ。…俺を、生んでくれてありがとう。」

目から零れ落ちるそれは、自分で思うよりもずっと温かいものだった。

いつだって一樹は、自分の想いを真っ直ぐに伝えてくれる。それを照れくさいと本当は思っていることも知っているけど、それでも彼は想いを言葉にしてくれていた。

好きだよと、愛してると、出逢って良かったと…ずっと一樹はそう言ってくれていたのに、それを信じることができなかったのは、私の弱さから。
でも、その弱さは決して否定したいものじゃなくて、その弱さも全部一樹が受け止めてくれるから、だからこそ私も弱い一樹も、強くなろうとしている一樹も、そして強くなった一樹も、私の全てをつかって受け止めたいと思った。

だから私たちは、これから先の長い時間を、人生を一緒に共有していくことを選んだんだよね。

「私、自信がなかった。一樹に出逢えて良かったって思ってもらえる自信が。一樹を…幸せにできる自信が。」
「………。」
「でも、そんなのは一樹にはお見通しだったんだね。」
「…俺は、そんな名前だから好きになったんだ。真剣に俺と向き合って、そう悩んでくれる名前だからこそ。」
「一樹…。」
「だからこそ、今日ここで父さんと母さんに、そして名前に伝えることに意味があると思ったんだ。それに…二人にこうして感謝をしたことがなかったからな。」
「………。」
「ずっと、後悔ばかりしていた。どうして二人を救えなかったのかと。どうして未来を変えることができなかったのかと。二人がいなくなったのは俺のせいなのに、どうして俺のことを置いていなくなってしまったのかと、二人を責めたこともあった。」
「でも、一樹は変わったね。だから今日ここに来たんでしょ?」
「ああ。これまでの気持ちがなくなったわけでも過去のことになったわけでもない。だが、それを全てお前が受け止めてくれたから。一人で抱えるには重すぎたそれを、お前と二人で分かち合って、そして支え合って…だからこそ、俺の中に新しい感情が生まれた。両親への感謝と、そして未来への希望だ。」

私のことを真っ直ぐ見つめてそう告げた一樹はとても晴れやかな顔をしていて、そういえば、かつて体育館の壇上で生徒会長になると宣言したときの一樹も、こんな表情をしていたことを思い出した。

一樹が私の弱さを全て受け入れてくれたのと同じように、私も一樹の全てを受け入れたから。そうやって二人で弱さを分かち合って支え合うことができたからこそ、その分心に『空白』が生まれた。新しい感情が芽吹く『空白』が。
そこがきっと、お互いにいま色鮮やかな感情で満たされている。それがきっともっとふえていけば、私たちはどこまでだって強くなれる。二人だからこそ。

もちろん、きっとこの先も弱さに蝕まれていくことはあるだろう。だけどそのときもこうして二人で乗り越えていくことができる。

そのために私がいて、そして貴方がいてくれるから。

「私も、一樹が生まれてきてくれて、そして出逢うことができて良かった。…一樹のことを生んでくださって、本当にありがとうございます。」

一樹のご両親が眠るお墓に向かって、そう言ってお辞儀をする。そうすれば、私は強い力で引き寄せられ、気づけば一樹の腕の中にいた。

「一樹…?」
「っ…。」

私の背と頭に掌を添えて、ぎゅっと強い力で二人の間にあるものをなくそうとする一樹。その肩は少しだけ震えていて、だからこそ私も一樹の背に自分の腕を回して少しの間目を閉じた。

聞こえてくる一樹の息遣いが、漏れる声が、自分の瞳じゃないものから零れたそれが、全てが愛しかったから。

しばらくして、目を開ける。
そうすれば、一樹の背中越しに満開の桜並木が見えた。

「綺麗…。」

思わずそう呟けば、一樹は少しだけ力を緩めて私と同じように桜並木に視線を向けた。

「二人に、俺たちの想いが届くといいな。」
「届いているよ。ぜったいに。」
「…ありがとう、名前。…愛してる。」
「私も、愛してるよ。」

ゆっくりと顔を近づけて唇を柔らかく重ね合わせれば、ふわりと二人を包み込むようにして吹いた優しい春風。
その春風が連れて来てくれた桜の花びらが、するりと頬を撫でた。

「…また今度、結婚式の招待状持ってこようね。」
「そうだな。…来てくれるといいな。」
「絶対に来てくれるよ。一樹のご両親だもん。」
「名前にとっても、だろ?」
「…そう、だね。歓迎してもらえているかな?」
「当たり前だろ。俺が選んだ人なんだから。」
「そっかぁ…。嬉しい。」

そんな言葉を交わして、私たちはまた手を繋いで歩いてきた道を戻る。

きっとこの先も、桜が散るその姿をみて寂しく思うことはあるかもしれない。だけど、それと同時に今日のことも思い出す。そうすれば、心が温かくなるから。

どうか一樹にとっても、今日という日がこの先の貴方を守ってくれる思い出になりますように。

「お誕生日おめでとう、一樹。」
「ああ、…ありがとう。」


20210419
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