Starry☆Sky | ナノ
最近、身体がおかしい。一つのことだけが思考を支配し、何にも手が付けられなくなる。かと思えば、頭がぼーっとして集中できないときもある。それに、心臓の動悸が激しくなるときがあるんだ。

バクバク、バクバク、と。

今まで経験したことのない鼓動の速さ。そのせいなのかは分からないが、どこか熱っぽくて怠く感じる。

それに、まるで心臓が喉から飛び出してしまいそうな苦しさに襲われて息ができなくなるんだ。…俺の身体は、一体どうなってしまったんだろう。何か、悪い病気なのだろうか。

だが、病気と決めつけるのはまだ早い。
なぜなら、この症状はある条件を満たさないと現れないからだ。

その条件には、一人の人物が関係している。
名字名前。西洋占星術科に所属している女子生徒だ。

彼女と出逢ったのは、二年前の入学式。その日、俺は寝坊してしまったせいで慌てて学生寮から入学式の行われる体育館へと向かっていた。そのとき俺が走った道は、桜並木が真っ直ぐ伸びたグラウンド沿いの道。その桜並木が終わる場所に、体育館はあった。そしてそこに、彼女がいたんだ。

ゆらり、ふわりと舞う桜の花びら。
それを見上げながら、花びらと同じように舞う彼女。

彼女はまるで、桜の花びらそのものだった。

視界が、言葉が、心が、彼女によって奪われてしまった俺は、その場に突っ立ってただ彼女のことを見つめていることしかできなかった。そんな俺に気づいた彼女が、俺に微笑みかけて問うた。

「あなたも、桜が好きなの?」
「あ、ああ…」
「……一緒だね」

それが、彼女…名前との、出逢い。それから俺たちは、毎日のように二人で桜の木を見上げた。

薄紅色の花々が咲き誇る春も、若々しい新緑が輝く夏も、黄金色の葉が風に揺れる秋も、そして、純白の雪によって木々が染め上げられた冬も…。

そうやって彼女と時間を過ごすうちに、少しずつ現れた症状。何にも手が付けられなくなるほどの怠さや、激しい動悸、息苦しさ。そのうち日常的に表れたのは身体の怠さだけで、動悸や息苦しさはなぜか名前と一緒にいるときだけ感じた。

なぜこんなことになってしまったのか、原因は分からない。ただ、この症状がこれ以上重くなると…もしかしたら、命に関わるかもしれない。

俺は、死んでしまうのだろうか。

嫌だ、嫌だ。俺は死にたくない。やりたいことだってたくさんあるし、やらなければならないことだってある。それに、まだ名前と一緒にいたい。だから、俺はー…。

俺はこの症状の原因が分かるまで、名前と距離を置くことにした。

「最近の一樹、忙しそうだね」
「…そうか?」
「うん…。あ、ねぇ!今日は一緒に桜の木を見に行ける?」
「っ…悪い。今日は、生徒会の仕事が…」
「そう…」

そうやって俺は、彼女の誘いを断り続けた。何度も、何度も。するとどうだろう。怠さや動悸、息切れなどといった症状はなくなりつつあるが、その代わりに別の症状が現れた。

それは、痛み。今まで経験したことのない心臓の痛みが、俺を襲うようになったんだ。

ズキン、ズキン、と痛む心臓。その痛みのせいで、眠れない夜だってあった。それでも、名前のことを考えればその痛みは和らいだ。

俺の心臓は一体、どうしてしまったんだろう。名前と一緒にいれば動悸は激しくなり、名前と一緒にいなければ激しい痛みに襲われる。やはり、何かの病気なのだろうか。そう思って図書館で調べてみたが、そういった症状の病気は一つも見つからなかった。

俺は、怖くなった。

もしかしたら、まだ誰もかかったことのない病気なのかもしれない。だったらきっと、治療法もないだろう。それならば、俺は死を待つのみなのだろうか。

その恐怖が俺を蝕み、俺は塞ぎ込むようになった。
生徒会室でただ一人、放課後の時間を過ごす。
そんな日々が続いた。

そして今日も俺は、胸に抱えた恐怖と戦いながら生徒会室で一人過ごす。

「っ…」

怖くて、怖くて、それでも溢れそうになる涙を止めることに必死で。頭の中で、名前の笑顔を思い描いてはなんとかその恐怖に耐えようとしていた。

そのときだった。ガララッと生徒会室の扉が開き、その先に名前が現れた。

「…一樹の様子が気になって、来ちゃった」
「名前…」

そう言って、名前は生徒会室に足を踏み入れて俺が座るソファに座った。そして、心配そうに俺の顔を覗き込む。

その瞬間、俺の心臓はドクンッと大きな音を立てる。ああ、だめだ。またこの症状だ。だが、その症状に対する恐怖よりも、名前が俺のことを心配してここに来てくれたことに対する嬉しさの方が大きかった。

きっと、こいつなら俺が抱える恐怖を分かってくれるかもしれない。そう思った俺は、ここ最近の出来事を名前に話すことにした。

「名前…俺、おかしいんだ」
「おかしいって?」
「っ、自分でも、よく、分からな、っく、て…」

唇が震え、言葉が上手く紡ぎだせない。視界がぼやけて、名前の顔がはっきり見えない。

そして、ぽたり、ぽたりと溢れ出した涙。制服の裾でそれを必死に拭っても、涙は止めどなく溢れてくる。そんな俺を見て、名前はそっと俺を抱き寄せた。

「…ここ最近、一樹が一人で何かを抱え込んでいる気がしてずっと心配していたの」
「ひぅ、っ…ふ、」
「大丈夫、大丈夫だよ…」

そう言いながら、俺の背中を優しくさすってくれる名前。そのおかげか、俺の涙は少しずつ止まっていく。それでもやっぱり、心臓だけはドクドクと激しく脈を打っていた。

「…俺、心臓の病気かもしれないんだ」
「っ…!?心臓、の?」
「ああ…」

それを聞いた名前は、俺を抱きしめる力を緩めて顔を覗き込んでくる。その瞳は、信じられないとでも言うかのように大きく見開かれていた。

その顔を見ると、キュッと心臓が握りしめられるような感覚がした。っ、なんだこれは…。今まで、こんな症状なかったのに。そのことを不安に思いながらも、俺は話を続けた。

「心臓が、痛いの?」
「心臓の動悸が激しいときもあるし、酷く痛むときもあるんだ…」
「それは毎日?」
「いや…」
「運動をした後とか?」
「違う…」
「それじゃあ、どんなときに?」

どんな、ときに…。それを、名前に言ってしまっていいのだろうか?お前と一緒にいるときに動悸が激しくなって、お前と一緒にいないと心臓が痛むなんて言って、名前は嫌な思いをしないだろうか?

だって、これじゃあまるで名前のせいで症状が現れるって言っているようなもんだろ?

…だが、このままじゃ俺は死んでしまうかもしれない。それなら、死んでしまう前にこいつに全てを伝えておきたかった。

「っ、お前が…」
「私?」
「お前が一緒にいると動悸がして、お前がいないと痛むんだ」
「…それ、って……」
「っ…やっぱり、心臓の病気なのか?」

ぱちくり、と瞬きをした名前。そして、その次の瞬間にはクスクスと笑い始めた。

その様子を見て、俺はポカーンと口を開けてしまう。だってまさか、笑われるとは思っていなかったから。だが、名前がこうして笑っているということは、俺はそれほど重い病気ではないということなのだろうか?

そして名前は、俺の髪を撫でながらそっと口を開いた。

「…私も、一樹と同じ病気なの」
「っ…お前も!?」
「うん…。私の心臓の音、聞いてみて?」

まさか、名前も俺と同じ病気だったなんて…!慌てて俺は、自分の耳を名前の心臓に押し当てる。そうすれば、俺とほぼ同じ速さで脈を打つ心臓の音が聞こえた。

「私も、ね?一樹と一緒にいると動悸が早くなるし、一樹が一緒にいないと心臓が痛くなるの」
「…治る、のか?」
「うーん…。分からない」
「なっ!?」
「だってこれは、恋だから」
「こ、い…?」
「一樹は、恋を知らないの?」

恋って、あれだろ?誰かを好きになる気持ち、だ。だが、俺は誰かを好きになったこともなければ、誰かに好きになってもらったこともない。

だとしたら俺は恋という言葉こそは知っていても、それがどんなものなのかは知らないってことになる。だが、俺の抱えるこの症状を恋と呼ぶのだとすればー…。

俺は名前に、恋している。

「心臓の動悸が早くなるのは、好きって気持ちが溢れそうになるから。心臓が痛くなるのは、逢えなくて寂しいって思うからだよ」
「…そう、だったのか」

俺がずっと怯えていたこの症状は、恋の症状。それが分かった途端、俺の心臓はドクドクとした激しい動悸から、トクントクンと少し駆け足の優しいものへと変わった。

そしてその動悸がだんだん名前の動悸と重なり合い、心地良い音を生み出す。その音に、俺は目を閉じて耳を傾ける。ただこうして名前の心音を聞いているだけで、ここまで安心できるとは驚きだ。

「…一樹は、この症状が治ってほしかったの?」
「いや…ただ、怖かったんだ。このまま原因が分からずに死んじまうんじゃないかって、お前と一生離れることになるんじゃないかって」
「ふふっ、大丈夫よ。恋で人は死なないから」
「いや…」

恋で人は死なない、と言った名前の言葉を否定する。そうすれば、彼女は俺の髪を撫でる手を止めた。

「名前とずっと一緒にいれば、心臓の動悸は激しいものから優しいものへ変わる。だがお前と離れてしまえば、俺は今まで経験した以上の痛みに襲われて死んじまう…」
「…そうだね。恋って、そういう病気だわ」

そして名前は、またクスクスを笑い声を漏らした。その表情が見たくて、俺は目を開けて彼女の顔を見上げた。

そうすれば名前は柔らかい笑みを向け、その顔をそっと近づけて俺の唇に自分の唇を重ねた。名前のその行為で俺の心臓はまたドクンと音を立てたが、今度は不思議と恐怖を感じなかった。そして、恐怖の代わりに込み上げてきたもの。

それは、愛おしさだった。


20151104 title by リラン
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