Starry☆Sky | ナノ
満開に咲き誇る桜の花々を見上げる君の横顔を見て、俺は一目惚れをした。

その横顔は、今日が入学式、ということで緊張していたのか頬をほんのりと赤く染めている。それでも、これから始まる新生活に期待しているのか口元は軽く緩んでいた。

その姿が、俺の視界を全て奪ったんだ。
もうこの視界には、彼女以外何も映らなかった。

それから俺は、彼女を見かけるたびにその姿をずっと目で追いかけ続けた。

夏の主役である太陽に負けないくらい輝いた笑顔も、秋の紅葉に美しく映える黒髪も、冬の星空と同じくらい煌めいたあの瞳も。

遠くから、見ているだけで良かった。

彼女が笑っていればそれで俺も幸せだったし、今さらお近づきになれるとも思っていなかった。

なぜなら俺は神話科で、彼女は西洋占星術科だからだ。そりゃあ、話せるもんなら話してみたい。だが生憎、俺は西洋占星術科に友達がいない。それ以外の科だったらなんとかなったのに、なんで西洋占星術科なんだよ…。

だからこうして、片思いのまま一年が過ぎようとしていた。

そしてまた、彼女に一目惚れした春が巡ってくる。桜の木々の蕾がふっくらと膨らみ、その開花を今か今かと待ち望んでいるこの季節。俺の恋愛は何の進展もないままに、俺は二年生になろうとしていた。

「あー…分っかんねー」

その日俺は、春休み明けに行われるテストの対策をするために図書館に足を運んでいた。

高校生である俺には青春や恋愛を謳歌することも大切だが、学業も大切ってわけ。つーか、このテストで赤点取ったら一週間部活に参加できずに補習だからな。何だ何でも、赤点だけは避けたい。

で、こうして階段を上ってすぐにある机に教科書を開いて、問題に取り組んでいるわけだが…。

春の陽気のせいか、どうにも眠い。つーか、さっきから欠伸が止まらない。そのせいで集中できねーし、気を抜けばすぐにでも夢の世界だ。
ったく、わざわざ寮の自室じゃなく図書館まで来たってのに。これじゃあ、どこに行ったって勉強には集中できねーな。

そう思って、机に項垂れたときだった。

誰かが、階段を上ってくる。
コツコツ、とヒールの音を鳴らしながら。

それは、俺が一目惚れしたあの子だった。さっきから、彼女とかあの子とか言っているが、名前くらいは知っている。名字名前…さん。
星月学園に二人しかいない女子生徒のうちの一人なんだ。その名前はすぐに噂になって、耳に入ってきた。

その噂ってのも、物珍しさに流れてきた噂だったら良かったんだがー…。俺の耳に入ってきたその噂は、とんでもない美少女が入学したってものだった。

それもそうか。今こうして階段を上ってきた姿だけでも、絵になるくらい綺麗なんだ。何冊かある教科書を抱える手とは逆の手で、サラリと髪を耳にかけるその仕草。あー…ダメだ。心臓が痛い。

名字さんが視界に入ると、いつもこうだ。
心臓の鼓動がありえないくらい早くなって、痛くなるんだ。

見てるだけでこれなんだから、話しかけたらどうなんだよ…。そのせいもあって、俺は彼女に声をかけることができない。だからこうして、俺は彼女の姿をこっそり視界に入れることしかできないんだ。

…どこ、座んだろ。
席はいっぱいあるんだから、俺の隣には来ないか。
あ、キョロキョロしてる。
可愛い。
…え、ちょ、ま、こっち見…!

バチッ、と彼女と目が合った。その瞬間、身体中に電流でも走ったかのような錯覚に襲われる。そして名字さんは、俺と目が合った瞬間に何を驚いたのか、手に持っていた教科書を全部落として目を大きく見開いた。

「あ…!」
「あ、」

…これは、どうやったって無視することができないイベントだろ。まさか神様が、俺にプレゼントしてくれたのか?

そう思うくらいタイミングのいいイベントで、俺は自然な動作で席から離れて名字さんに駆け寄り、そして彼女が落とした教科書を拾った。

「あ、その、ごめんなさい…!」
「いや、えっと…気にすんな」

…やっべー。俺いま、名字さんと話してる。

ただ目で追いかけているだけだったとき、もし話すことができたら、と脳内で何回もシミュレーションした。だが、今となってはそんなの関係ないんだ。

何回もしたはずのシミュレーションは、真っ白になった頭では何の役にも立たない。むしろ話すことができた感動で、なんか泣きそうだし…。俺、これ以上ここにいたら死ぬかもしれない。

それでも、平静を装って拾った教科書を彼女に渡す。そうすれば、いつも俺が遠くから見ていた笑顔で微笑んでくれた。

「ありがとう、犬飼くん」
「あ、ああ。どういたしまして」

やばいやばいやばい。名字さんに、名前呼ばれた。え、ちょ、本当に今日はどうしたんだよ。こんなに幸せでいいのか!?やっぱり俺、今日死ぬのか…!?

犬飼くんて、名字さんが犬飼くんって…!…って、え?

「どうして、俺の名前…?」
「っ!」

それは、口から出てきた素直な疑問だった。いやだって、最初にも言ったように俺は神話科で名字さんは西洋占星術科だ。接点なんて、これっぽちもない。

唯一共通の友人と言えば夜久くらいだが、あいつを介して関わったこともないし…。じゃあ、どうして彼女は俺の名前を?

「あ、あの、えっと…そう、月子!」
「夜久が?」
「つ、月子が話してるの聞いて、それで…」
「ああ、なるほど」

なんだ。そういうことか。大方、夜久が弓道部の話を名字さんにしてそのときに俺の名前が出てきたのだろう。

…少しでも期待した俺が、馬鹿みてーじゃん。
名字さんが、もしかして俺と同じじゃないかって。

まぁ、そうだよな。片や学園のマドンナ的存在で、片やどこにでもいる一般生徒。これじゃあ、お姫様と農民って感じだな。

「い、犬飼くんもお勉強?」
「もうすぐテストだから、一応」

図書館で勉強しているという知的なポイントをアピールすべく、俺はかけている眼鏡をクイッと上げる。だが、その手は少し震えていて不自然極まりない。

つーか俺、弓道部じゃ3バカって呼ばれてて頭はそれほど良くねーし…。知的っつたら、金久保部長とか宮地のことを言うだろ。だからここで知的アピールしても意味ないんだが、それでも名字さんの前でかっこつけようとしている自分がいた。

「あのっ!」
「ん?」
「私も、一緒に勉強していいかな…?」

語尾の方が徐々に小さくなったその言葉も、俺の耳にははっきり届いた。っ、やばい、鏡なんて見なくても、自分の顔が赤いのが分かる。

きっと今日は、俺の人生で一番幸せな日なんだ。所謂、幸福のピークってやつ?だが、この後どんな不幸があったって、俺は乗り越えられる自信がある。これでもかってくらいの幸せを、味わってしまったのだから。

「俺で、良ければ…」
「…えへへっ。私、犬飼くんとずっとこうしてお話ししてみたかったの」
「っ…!」

これって、期待すんなって方が無理じゃね?だって、名字さんの頬は赤く染まっていて、その声は震えていて…。そういう俺も、彼女以上に頬を赤く染めているわけだけど。

片思い歴1年の今日、俺、犬飼隆文はようやく好きな人と話すことができました。


20150918 title by リラン
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